第3章 エンドコンテンツ

第10話 挑戦

 夢見荘の自分の部屋に帰ってきた鋼治は、大学の課題や次の授業で必要な調べ物などを必要最低限済ませた後、すぐにプラネットソーサラーオンラインにログインした。

 スティールフィストとなった彼が向かったのはマーケットだ。どのセーフシティからもポータルで行けるそこは、プレイヤー同士でアイテム売買をするために用意された場所である。ゲームの世界感では第3地球最大の商業都市という扱いになっている。

 ここではプレイヤーは自分の店を持つことが出来る。それで不要なアイテムや自分で作ったアイテムを他のプレイヤーに販売するのだ。

 大勢のプレイヤーが店を持ち、新規プレイヤーも次々と出店していくので、マーケットは常に拡大している。あてもなくぶらついて冷やかすならともかく、徒歩で目的の店に行こうとすると時間がかかりすぎるので、ポータルで目当ての店に直接行けるようになっている。

 スティールフィストがポータルの操作盤に「テキスターズ書店」と店名を入力すると数秒後にはその店に瞬間移動した。

 店に入ると定命族の男が本を棚に陳列している。


「久しぶりだな、ブイアイ」


 ブイアイと呼ばれた男はスティールフィストの姿に気がつくと意外そうな表情を浮かべた。


「珍しいな、お前が店に来るなんて。攻略本には頼らない主義じゃなかったのか?」

「絶対ってわけじゃないさ。自力じゃどうしようもないって感じたら素直に頼るよ」

「それで、何がほしんだ?」

「ゲームのテクニックについて書いた本はあるか? 動作補正系技能に頼らず戦うための練習方法とかを知りたいんだ」

「たしかスティールフィストのプレイスタイルは拳闘魔法使いだったよな。それならぴったりのがあるぜ」


 ブイアイは本棚から一冊の本を持ってくる。表紙には「ゲームに役立つリアルの格闘技術」と書かれており、まさに目当ての本であった。


「ダメ元で聞いてみたんだが、あったんだな」

「ああ。テキスターズに現実世界で格闘技やっている人がいてね、その人が書いてくれた」


 ブイアイから本を受け取ると表紙に金額と購入ボタンが浮かび上がってくる。値段はそう高くはなく、初心者でもクエストを1,2回こなせば稼げる程度の額だった。

 スティールフィストは迷わず購入ボタンを押した。すると所有権がテキスターズからスティールフィストへ移行し、本は彼のインベントリへ自動的に格納された。


「他にもなにか買ってくか?」

「そうだなぁ」


 一冊だけ買って帰るのはなんとも物足りない感じがしたので周囲の本棚を見渡すと、『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』の攻略本が陳列されているのを見つけた。


「このクエストの攻略本が出ていたんだな。これもテキスターズのメンバーが?」

「ああ。つい最近、凄腕のプレイヤーがうちに入ってくれてね。そいつがクエストをクリアしてくれたおかげで攻略本を書けた」


 ブイアイは「それも買うのか?」と尋ねる。

 一瞬、ピジョンブラッドの助けになるならばと思ったが、しかしスティールフィストは首を横に振った。


「いや、いいよ。必要ないだろうからな」


 彼女は自分ひとりでやると言ったのだ。それであれこれ面倒を見ようとするのは、単なる自己満足に過ぎない。

 それでもなお、もしかすると彼女がクエスト中に困って助言を求めるかもしれないという考えが脳裏をよぎったが、そんなのは単に自分が見栄を張りたいだけと、スティールフィストは愚かな考えをさっさと切り捨てた。

 ふとスティールフィストは自分の心に違和感を覚える。

 見栄? 人情のない自分がピジョンブラッドに対して何の見栄を張るというのか。

 とはいえ、それは小さなものだったので特に深くは考えなかった。


「じゃあな」

「おう、欲しい本があったらまた来てくれよな」


 結局、最初に買った一冊以外は特にほしいと思うものがなかった。ブイアイに別れを告げたスティールフィストは、攻略本を読むのでギルドホームへと戻った。

 ホーム内に入ると銃声が聞こえてきた。誰かが射撃室を使っているようだ。

 ギルドホームは単にメンバーたちの歓談の場だけではなく、システム側から用意された様々な便利機能を持つ。射撃場もその一つだ。

 射撃室を覗いてみるとでハイカラが銃の練習をしている姿が見えた。

 彼女の手には先のヘレナとの戦いで役立ったオーバーピストルが握られていた。

 射撃し、空薬莢を排出し、腰のベルトから次弾を取り出して装填し、そして構えて撃つ。それを何度も繰り返している。


「珍しいですねハイカラさんがこんな時間にログインしているのは」


 今は平日の午後だ。社会人の彼女は基本的に夜にログインしてくる。


「予定していた仕事が先方の都合でキャンセルになったから今日はお休み。ちょうどいいから動作補正系技能なしで銃を使えるよう練習しているんだ。前のクエストのときにそれを痛感したよ」

「あのときはギリギリでしたからね」

 あわや全滅寸前になったのはそもそもの原因は盾役と回復役がいなかったことだが、ハイカラがあのときよりも素早く強度反転弾を装弾できていれば多少の余裕を持ってヘレナを倒せたのも確かだ。

 スティールフィストと同じく、ハイカラもまた動作補正系技能のデメリットを感じるようになっていたようだ。あれは練習が不要な半面、熟達した動きには及ばない。

 腰のベルトにある弾丸がなくなったので、ハイカラは近くの弾薬箱から新しい弾丸を取り出す。そこには練習用の弾丸が収められており、ギルドホームの敷地外には持ち出せない代わりに無限に使える。


「俺も動作補正系技能なしで戦えるように練習するつもりです」

「あんたもかい?」


 ハイカラはベルトに弾丸を挿しながら言葉を続ける。


「やっぱりピジョンブラッドの戦いぶりを見ると、アタシ達もいろいろ練習しなきゃいけないって感じるね。あの子の足を引っ張るかもしれない」


 マジックセーバーを動作補正系技能なしで使いこなすだけでなく、パワードスーツのスラスターで縦横無尽に立ち回る素早さを持つピジョンブラッドは、強敵と戦うときには無くてはならない戦力の要となっている。そんな彼女の実力を十全に発揮させなければ、大会で好成績を残すことは不可能だろう。


「アタシ達はチームだ。ピジョンブラッドを頼りにすることはあっても、頼り切っちゃいけない」


 スティールフィストは「まったくです」とハイカラに同意した。


「あんたも頑張りな。ピジョンブラッドに気があるんだろう? 好きな子をがっかりさせちゃ駄目だよ」

「え……そう見えますかね?」


 スティールフィストの心に小さな動揺が生まれる。


「そうさ。例えば初心者だった頃のステンレスがうちに入ってきたときは、基本だけアドバイスして後は本人の自主性に任せていたけど、ピジョンブラッドに対しては初心者支援というよりも自分の方から積極的に関わりたがってるように見えたね」


 初心者だった頃のステンレスに対しては、彼女がゲームのことを理解してきたら積極的に手を貸すということはしなかった。

 ではピジョンブラッドはどうか。彼女が初心者を脱し、中級者となっても自分は関わろうとしていたとスティールフィストは気づく。


「うーん」


 スティールフィストは考え込んでしまう。客観的に見れば、たしかに自分のピジョンブラッドに対する振る舞いは好意があると見ても良い。しかし好かれたい欲と嫌われたくない恐怖を持たない自分が、誰かに好意を持つということがありうるのだろうか。

 人情が欠落しているスティールフィストは、正しいからという理由のみで誰かに手を貸したり、手助けをしていたりした。ならばピジョンブラッドに対してもそうではないか。彼女と積極的に関わろうとしたのは、そうするのが正しいからではないか。

 スティールフィストは結論を出せなかった。自分の中の感情を正しく把握できない。ピジョンブラッドと関わろうとするのは好意であるためか、はたまた純粋な正しさによるものかわからない。


「悩んでるようだね。ま、恋愛事なんてそんなもんさ。相談したくなったらアタシに言いな」

「まあ、その時はお願いします」

「あいよ。じゃ、アタシは練習続けるから」


 ハイカラが練習を再開したので、スティールフィストは邪魔にならないよう射撃室から立ち去り、ホーム内にある自分の私室へと戻る。

 ソファーに腰掛けてインベントリーから先程購入した攻略本を取り出す。ただ、すぐにそれを読まなかった。先程のハイカラの言葉をなぜそのまま認めてしまったのか気になってしまっていたからだ。

 どうしてもピジョンブラッドのことで頭が一杯になってしまう。


「いやいやそんな事考えている暇ないだろう」


 スティールフィストは気持ちを切り替えて決断的に攻略本を開き、内容を漏らさず頭に叩き込むことに専念する。

 それを読破した後、スティールフィストはスキルリセッターというアイテムを使って、これまで習得してきた技能や魔法のすべて初期化して使った強化ポイントを取り戻す。

 その後は、再び同じ技能と魔法を習得していくが、『格闘技』や『自動回避』、『自動防御』といった動作補正系技能だけは再取得しなかった。

 後は実際に練習をするだけだ。

 練習相手にはセーフシティ・エーケンの近くにいるソードマンを選んだ。このゲームで最も弱い敵キャラクターなのだが、技能に頼らず戦おうとすると想像以上に手強かった。突きや蹴りは空振りし、相手の攻撃はまともに食らってしまう。

 スティールフィストはソードマンがこんなに強い敵だったかと驚くが、自分が初心者だった頃は離れた場所から炎の魔法で一方的に攻撃していただけだったのを思い出す。

 初心者は必ず安全な遠距離からの攻撃で敵を倒すのを心がけ、接近戦をするのは動作補正系技能を習得してからというのが定石だった。スティールフィストもその定石に従って、自分のプレイヤーキャラクターを育てて、準備が整ってから拳闘魔法使いのプレイスタイルに切り替えていた。


 つまり、自分本来の技量のみでソードマンと戦うのは今が初めてなのだ。

 動作補正系技能なしでの接近戦の難しさは想像できていたが、こうして実感として思い知るとますますピジョンブラッドの凄さがわかる。

 少しでも彼女に追いつけるよう、スティールフィストは無心でソードマンを相手に戦い続ける。本を読んで学んだ正しい型というのを意識しなければならなかったので、とっさの防御や回避はまだまだだが、それでも拳を当てる程度は出来るようになってきた。

 サイバースペースで行うことなので肉体的疲労は存在しないが、精神的疲労は感じる。しばらくして小休止しようと思ったときは、すでに数時間が過ぎていた。自分にこれほどまでの集中力があったのかと、スティールフィストは少し驚いた。



 鳩美はプラネットソーサラーオンラインにログインしてピジョンブラッドとなった。

 いよいよあのクエストに挑戦するのだと思うと、緊張とはまた別の気持ちで体が引き締まるような感覚があった。

 クエストに挑戦するに当たり、ピジョンブラッドはまず装備を新調するため、鋼椿はがねつばきという装備品メーカーの直営店に足を運んだ。

 鋼椿は全盛時代から生きている不老族と機人族によって運営されている企業で、一流の職人たちによって装備が作られているという世界観設定をもつ。

 ゲーム上において、それらの装備は接近戦に特化したパラメータ設定がされており、ピジョンブラッドは自分に合ったものがあると考えてここを訪れた。

 今の装備に性能の不足を感じてはいないが、クエストをクリアするためには真空地帯を突破する必要があるので、それに対応できる装備が新たに必要だ。

 このゲームでは高価の物や希少な物さえあればそれで良しというわけではなく、状況に応じて装備を使い分ける必要がある。

 始めたばかりの頃は、スティールフィストの助言なしでは何を選ぶべきかわからなかったが、今ではだいぶ知識を得ている。選ぶべきなのは『極限環境適応』の能力がついている装備だ。

 この能力をついている装備を身に着けていれば、高熱地帯や放射線汚染地帯のような生身では危険な場所でも活動できるようになる。もちろん、今回挑むことになる真空地帯でも問題ない。

 売り場に並ぶパワードスーツの性能表を一つ一つ確認していくと、目当ての能力を持つ物を見つけた。

 シャドウツバキと名付けられたそのパワードスーツは、防御力や身体能力の上昇値は今使っているパワードメイド服と同等で、価格も予算内。現状では最もベストな一品だ。

 品質は五段階のうち四段階目の高性能等級で、NPCから購入できる中で最も良い。これより優れている伝説等級は、高難易度ダンジョンから手に入れるか、ハイカラのような高レベルの生産特化プレイヤーに作ってもらうしかない。


「メイドの次は忍者か……だいぶ魔法使いから離れちゃったわね」


 ピジョンブラッドはシャドウツバキを見て思わず苦笑いする。

 その外見は忍者を連想させるデザインなのだ。これに限らず、意外と奇抜なデザインの防具は多い。このゲームの世界において、プレイヤーは魔法使いであるのだが、そのことを忘れてしまいそうだ。

 シャドウツバキを購入して装着した後は、消耗品類の補充だ。頻繁に使うようなものは、セーフシティの各所にある自販機で買える。

 そうして準備は整った。

 次にピジョンブラッドが訪れたのはまたしても企業だ。

 ソーサラーフレンド社の本社ビル。ここの社員という設定のNPCがクエストの舞台となる場所まで連れて行ってくれるらしい。

 NPCは研究室にいる。ここの研究室は普通の企業と違って新商品を開発しているわけではない。そもそもソーサラーフレンド社は厳密に言えば創業以来一度も新商品を販売したことはないのだ。

 もともとは全盛時代を研究する考古学者たちが研究費を捻出するため、発掘した全盛時代の技術を元に、当時の製品を再生産して売り出したのが始まりだ。

 そのため研究室で行われているのは商品開発ではなく考古学研究なのだ。

 目的のNPCは研究室に入ってすぐ見つかった。彼を注視すると、歴史学者ウィリアムとキャラクター名が表示される。耳が尖っているので不老族だ。


「なんだね君は。私は忙しんだ。研究の邪魔だからさっさと帰りたまえ」


 ウィリアムはピジョンブラッドを見るなり露骨に顔をしかめながら刺々しい言葉をぶつけてきた。絵に描いたような神経質な学者といったキャラクターだ。

 これが現実ならば、おそらくはピジョンブラッドを無視してそのまま自分の仕事に没頭するのだろうが、彼は実在の人物ではなくクエストに必要な登場人物だ。

 ウィリアムが睨みつけたままで止まると、彼の前に『暗号化された座標データを見せますか? はい/いいえ』という選択肢が出現した。

 当然、ピジョンブラッドは「はい」に人差し指で触れる。

 ピジョンブラッドのメニューデバイスから、ウィリアムが持っているタブレットにデータが転送された直後、彼の態度が急変する。


「R.I.O.T.ラボラトリーの座標データだと!? あの伝説の研究所は実在していたのか!」


 ウィリアムは想像以上に驚いていた。


「暗号化されているが復号できそうだ」


 ウィリアムはタブレットを近くにあったコンピュータに接続し、暗号を解除する。


「なんと! 第三地球圏内にあったのか! すごい、すごいぞ! R.I.O.T.ラボラトリーが実在したと証明できる!」


 まるで子供のように瞳をキラキラさせていたウィリアムだが、ピジョンブラッドの存在に気がつくと冷静さを取り戻す。


「あー、その、失礼。貴重な情報の適用に感謝する」


 バツが悪そうなウィリアムは、今度は落ち着いた様子でピジョンブラッドに話しかける。


「R.I.O.T.ラボラトリーは歴史上、初めて科学と魔法の両立を研究した組織だ。彼らは自分たちの技術の悪用を恐れて表社会とは距離をおいていたため、活動記録がほとんど残されておらず今となっては空想上の存在と思われているほどだ。しかし、君の持ってきた座標データが実在証明の手がかりになってくれた。いきなりで悪いのだが、君が優秀な魔法使いであると見込んで、私とともにデータが示す場所に行ってくれないだろうか?」

「ええ、いいわよ」


 ピジョンブラッドはうなずいた。NPCに話しかけるのは無意味とはいえ、返事くらいはしないとちょっぴり居心地が悪い。


「移動手段は心配しなくていい、私が個人的に所有している宇宙船が一隻ある。ついてきてくれ」


 ピジョンブラッドはウィリアムの案内で研究所のすぐ隣りにある個人用宇宙船の発着場へ向かった。

 ウィリアムの宇宙船は比較的小型でだいぶ年季が入っており、持ち主が長年に渡って愛用してきたとわかる。


「これが私の愛機だ。さあどうぞ」


 乗り込むと中は用途のわからない機材で溢れていて、狭い機内が更に窮屈となっている。外から見たとき、定員は十人くらいだろうかと思っていたが、座れるのは操縦席と助手席の二人分だけだ。


「機材にはさわらないでくれ。宇宙船は私物だが、機材は会社の備品なんでね。壊れたら私が始末書を書くハメになる」


 実際はただのオブジェクトで、舞台劇の書き割りはみたいなものなのだが、ピジョンブラッドは機材に触れないよう、体を縮こまらせて座った。


「準備はできたな? さあ、出発するぞ。歴史的発見が私を待っている!」


 ウィリアムは高揚した様子で操縦席に座り、宇宙船を発進させた。

  空に飛び上がった宇宙船は十数秒後に目的地へ瞬間移動する。さすがに悠長に移動していては、ゲームにならない。


「ついたぞ。第三地球からおよそ30万キロ離れた地点だ」


 窓の外にはピジョンブラッドたちが乗っているのよりも何百倍も巨大な宇宙船があった。


「あの宇宙船こそR.I.O.T.ラボラトリーそのものだ。彼らは世間から身を隠すため、定期的に移動していたらしい」


 ウィリアムは宇宙船をR.I.O.T.ラボラトリーに接近させる。近づくことでより一層その巨大な存在感を目の当たりにする。

 遠くからではわからなかったが、R.I.O.T.ラボラトリーの側面には港のような箇所があった。おそらくは自分よりも小さな宇宙船を受け入れるための設備だろう。ウィリアムもそこを目指して舵をとっていた。

 そして、ついにR.I.O.T.ラボラトリーの内部に到着した。


「私は船から君をサポートする。これは第三地球の人類にとって極めて重要な調査となる。気を引き締めていくように」


 いよいよクエストが本格的に始まった。

 宇宙船から降りたとたん、ふわりとした無重力の感覚がピジョンブラッドの全身を支配する。

 同時に、自分の呼吸を除く一切の音が消えさる。

 この世界は人工重力が当たり前の技術として確立されているが、放棄されたR.I.O.T.ラボラトリーには人工重力もなければ空気もなかった。

 現実世界ならば一般人はまず体験しないであろう宇宙という環境。それがクエストの最初の障害として静かにピジョンブラッドへ立ちはだかる。

 宇宙遊泳とは言うが、水中を泳ぐのとは全くの別物だった。先へ進むことよりもまず慣れるべきだと判断したピジョンブラッドは、発着場でかるく練習することにした。


「わわっ!」


 向きを変えようとパワードスーツのスラスターをほんの僅か吹かしたつもりだったが、体がくるりと回転してしまった。重力というものは想像以上に物体の動きを制限していたのだと、それが無くなって初めて実感する。

 それでも数度の練習でどうにか感覚はつかめてきた。少しも進めず、にっちもさっちもいかないという無様を晒すことはないだろう。

 船内の照明は消えているが、シャドウツバキのヘルメットにある角部分が発光するおかげでなんとか視界は確保できている。

 目の前には大きな扉がある。明らかに外側から破壊されたとわかる痕跡があった。ピジョンブラッドはいつ敵が現れても対応できるよう、マジックセーバーを握りしめながら扉をくぐった。

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