有名なセリフを吐くよりもとにかくゲームがしたい

朝霧

馴れ初めらしきもの

 他所の国の聖女のクローンだろうと仕事場での扱いが多少悪かろうが、時々上司からセクハラじみたパワハラを受けようと、ゲームくらいはするのです。

 プライベートはある程度自由で、ある程度のお給金をもらうことができている私は、ゲームという手軽な現実逃避の道具にのめり込みました。

 最近はまっているのは通信機のアプリであるとある大作でした。

 おそらく今日の夜に新しいイベントが始まるようなので、私は残業など発生しないように手早く仕事を終えて帰路につきました。

 わくわく。

 家に帰ったら雑務をすぐに終わらせて、時間があれば仮眠もとってイベントに挑みましょう。

 なんて思っていたら、後ろから声をかけられてしまいました。

 上司のような棘のある声ではなく、先輩方のような汚物を扱うような声でもなく、フラットな感じの声でした。

 振り返るとやはり同僚さんでした。

「何でしょうか?」

「お前に頼みたいことがあるんだけど」

「…………時間がかかる要件なら、日を改めるか別の方に頼んでもらえるとありがたいのですが」

 上司にこんなことを言ったら確実に半殺しにされますが、同僚さんはそういうことをするような方ではないので遠慮なくやんわりと断りの言葉を述べました。

「大して時間はかからないし、お前にしか頼めないことだから。忙しいなら手短に済ませるよ」

 ちょいちょいと手招きされて、大通りのすぐ脇にある路地裏の入り口へ。

 こんな道の往来で立ち話すれば他の通行人の邪魔になりますからね、特に警戒はせずについていきました。

「それで、なんでしょうか? ご存知の通り私は大した力のない偽人間ですが、こんなのに一体何を……?」

 誰も手が空いていないから消去法で私に頼らざるを得ない、というのであればまだ分かるのですが、私にしか頼めない案件ってなんでしょうか?

 確かに私が普段皮肉を込めて使っている鏡魔法は少しばかり物珍しい効果を持つものもあるのですが……この人の役に立つようなものではないような気がします。

「付き合って」

 同僚さんはその一言だけ言って私の顔を見つめました。

 手短に済ませると言っていましたが、さすがに短すぎると思うのですが。

「ええと……何に付き合えばよいのでしょうか?」

 無難に買い物でしょうか?

 最近多いですもんね、おひとりさまいくつまでっていうセール品。

「何って……ああ、そういうことじゃなくて」

「ではなんなのです?」

 同僚さんは少し考えた後、簡潔にこんなことをのたまりました。

「恋人になって」

「…………えっと?」

 ちょっと意味のわからないことを言われたので、私はフリーズしました。

 何をいっているのでしょうか。

 私は聖女のクローンそれも出来損ないなのですが、そんなのに『恋人』になれ、と?

 意味がわかりませんねだって好かれる要素なんかゼロですもの――今何時です?

 時間は無駄にしたくないので、フリーズしている暇などないのです。

 わからないものはわからないと素直に聞いてしまうのが、一番手っ取り早くて面倒のないことですので。

「どうして私なんかに恋人になって欲しいのですか?」

「上司と本気の殺し合いをしてみたいから」

 よくわからない回答が返ってきました。

 わくわくしたような恍惚とした顔でそんな回答をされても、意味がよくわかりません。

 わくわくしてるのはこの人が生粋の戦闘狂だからという理由なのでしょうけど、それ以外はさっぱり。

 私の頭が悪いのでしょうか?

「……因果関係が見えないのですが?」

 上司と本気の殺し合いをするために、私を恋人にする理由と意味がわかりません。

 殺し合いたいならお好きな時に斬りかかればそれで良いのでは?

 どんな理由があるにしても私を巻き込まないでいただきたいものです。

 私だって、暇ではないのです。

「だって絶対に怒るじゃん、あいつ」

「私があなたの恋人になれば、ですか? 怒らないと思うのですけど……」

 だって私は聖女のクローン、しかも出来損ない。

 聖女と見た目がほぼ同じなだけで、聖女が使える特殊な能力など何一つ使うことができない欠陥品、人並み以上の魔力を持っているからとりあえず廃棄されなかっただけの使い捨てに何があろうと、あの上司が怒るとはにわかには考えにくいのです。

 死んだら嘲笑われそうですし、例えば輪姦されたところでなんとも思われなそうですし、犯人に対して悪趣味だなとか言いそうですし。

「絶対にキレると思うよ。だってお前聖女と同じ顔じゃん。惚れてる女と同じ顔同じ姿の女が自分以外の男の好きにされてるとわかったら、確実に理不尽なくらいキレると思う。――1回でいいからブチ切れたあいつと戦ってみたいんだよね、だってすごく楽しそうだろう? 想像するだけでゾクゾクする」

 少しだけ考えて、果たしてそうだろうかと考察を開始します。

 ……確かに気分のいい話ではないのかもしれませんが。

 いえ、ですがそれなら、そんなまどろっこしいことをしなくても……

「……そういうことならわざわざ偽物の私ではなく聖女を手篭めにした方が確実に怒り狂いますし、確実に殺しにかかってきますよ」

 私は考察の末に思いついた正論をかざしてみました。

 聖女をどうにかするには国境を越えてあの護衛の手を掻い潜って攫う必要がある、というすごく面倒な手順が必要ではあるのですけど、この戦闘狂いにとってはそれすら楽しいイベントになるのではないでしょうか?

 よって私に手を出す必要などありません、はい、論破。

 帰っていいですかね?

 しかし、何故か彼は顔を歪めました。

「あっちは触りたくない。お前は普通に触りたくなるからお前でいい」

「触りたくないって……」

 そんな理由がありますか?

 それにしてもあの聖女を触りたくないって。

 一応世界中の誰もが手に入れたがっている尊い方であるはずなのですがね、あの聖女は。

「あとわざわざ遠出するのも面倒だし」

「まあ……確かに面倒かもしれませんが……でもだからってこんなのをわざわざ……?」

「お前自分のことを随分駄目なやつだと思ってるみたいだけど、普通に可愛いし全然駄目でもないと思う」

「そりゃああの聖女と同じ顔同じ姿ですからね。顔は可愛いのは当然でしょうよ」

 性格と何一つあっていない自分のこの顔のことは好きではないのですが、あの聖女と同じ顔であるということもあって、自分がそこそこ可愛い顔つきをしているというのは仕方がないので理解しています。

「……まあそういうことでいいや。それで? 返事は?」

 今までの話で私がイエスと首を縦に振るとお思いなのでしょうかこの方は。

 ノーと首を横に振ろうとしたところで、彼はこんなことを言いだしました。

「もしも嫌だっていうんだったら、犯した後縦に割るけどそれでいいのなら断ってくれても構わないよ」

「……縦に……割る?」

 とんでもなく物騒なワードに頰がひきつりました。

「うん。縦に真っ二つ。気が向いたらバラバラに」

「なんでそんな物騒なことを……!!? というかなんでバラバラ……」

「あいつが次に怒りそうなことってそれくらいしか思い浮かばないから。お前も死姦とかされたくないだろう? とりあえず縦に割ってバラせばそういうことするような輩はいないだろうし」

 なんでいきなり死姦とかいうマニアックかつ物騒なワードが出てくるんでしょうか?

「発想が物騒すぎですよ……というかそれなら聖女を殺してくださいよ……!! そうすれば私を殺すよりも確実に世界が終わるレベルで怒り狂いますから」

「だから、あっちには触りたくないって言ってるじゃん、刀の錆にすらしたくない」

「どれだけ聖女のこと嫌いなんですかあなたは……!!」

 この人こんなに変な人でしたっけ?

 というか何故私でもないのにこんなにあの聖女を忌み嫌うのですか、意味がわかりません。

「昔はこんなに嫌いじゃなかったんだけどね、最近になってなんか嫌になてきた」

「そ、そうですか。何かあったんですか?」

「いや、何も……ただお前見てたらなんとなく?」

「なんで私じゃなくて聖女を嫌いになっているんですか? 普通偽物である私の方を嫌いになりそうなものですけど」

 何故偽物ではなく本物を嫌うのでしょうか。

 偽物の私を見て本物も嫌いになったというのならまだ分かるのですが、偽物の私だけ何故大丈夫なんでしょうか?

「だってお前は普通に可愛いのに、あの女は可愛げの一つもないじゃん。ツンとすましてて傲慢ちきで」

「ひえぇ……」

 仮にも聖女さま相手になんということを、彼女のファンと信者に聞かれたら血祭りにあげられそうな発言を、こうも臆面なく言ってのけるとは……

「まあ別にもうあの女のこととかどうでもよくない? さっさと答えてよ。恋人になるかならないか。お前だってそんなに時間ないんでしょう?」

「さっさととか言われましても……」

「恋人になってくれるんだったら、家まで送っていくよ。ついでに何か買ってあげる。いわゆるデートってやつだね」

 なんですかデッドオアデートとかうまいことでも言えばいいんですか私は。

 どうすればいいのでしょうか、私は。

 恋人にならなければ、強姦のちバラバラ死体。

 恋人になれば、あとあととんでもなく面倒臭そうなことになりそうですがとりあえず殺されずにはすむ。

 この人に私なんかが敵うわけないので死なずに済むのは後者だけ、ついでに早く帰れるのも後者でした。

「…………わかりました。あなたが納得するまではお付き合いしましょう。私もまだ死にたくはないので」

「そう、なら良かった」

 と、同僚さんは薄く微笑んでこちらに手を差し出してきました。

 これはまさかこの手を取れということなのでしょうか?

 おずおずと手をあげたら、ガシッと掴まれました。

 どうやら正解だったようで、そのまま恋人つなぎをされました。

 その後は、手を繋がされたまま家に帰りました。

 道中で家の近所にある老舗のプリン屋さんでプリンを買ってもらいました。

 半ばやってられるかと一番お高いのを指差したら、普通に買ってもらえたので少し悪いことをしたなと思いました。

 その後は普通に手を繋いだまま家まで送られて、彼は帰って行きました。

 部屋に上がった途端に疲れがどっときて、それでも夜のイベントのために頑張らなければと雑務をこなし、軽めの夕食を済ませた後プリンを食べながらイベントを待ちました。

 プリンはとても美味しかったです。

 良い卵と良い牛乳と良い香辛料を使っている味がする……とってもデリシャスでした。

 プリンを食べ終わったころにイベントが始まったので、明日の業務に差し支えがない程度まで進めて、寝ました。

 翌朝になって何故か何食わぬ顔で迎えに来た同僚さんの顔を見て、自分ちの場所を把握されてしまったことに今更のように気付きました。

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