第26話 侵入 2
「大集合だな」
センタービルを遠目に確認した那須平は嘆息する。
集合場所にはここを一直線に駆け抜ければたどり着くが、そう簡単にはいかなさそうだ。
「がっちりセンタービルは守ってるってわけか。まあ、そうじゃないと俺の名前を出した意味はないけどな」
「どうするの? 私がどうにかかく乱する?」
「そんなことをしたらイヅナが死ぬだろうが」
那須平は、壁ごしに隠れて状況を確認する。
一番から五十番まで、守護隊の食糧捕獲班と物資回収班が勢ぞろいだ。誰もが同じ深緑の防護服に身を包み、片手には小銃や三段式の鉄棒を手にしている。
だが、真剣度合いは大きく違う。片やあくびをしている者もいれば緊張感を滲ませている者もいる。
上から降ろされている情報が違うのだろう。
事実を聞かされても逃げない忠誠心のあるやつだけに教えてるな。
那須平はそう考えて小さく笑った。
「あなたの指示でいくつか守護隊の部屋を回ってきたけど、どうも全員招集がかかったらしいわ。私が那須平の隣にいることもばれてると思う。私、招集がかかったらいつも最初に駆けつけてたから」
イヅナが那須平の下からのぞき込み、潜めた声で言った。
「そうか。となると、イヅナを囮にするのは無理だな。俺が来ると分かれば楽園議会のやつらは絶対に自分の周りの守りを固めるとは思ってたが予想以上だ」
「この状態でどうやって突破するの――っ!?」
イヅナが背後で小石を踏み割った足音に振り返った。流れるような動きでホルスターに手を伸ばし、銀色の銃口を構える。
と同時に、「大丈夫だ。援軍だ」という那須平の言葉に、全身を脱力させた。
「どなた?」
「北の島のリーダー、永留雄吾(ながとめゆうご)。愛称は、おやっさん。俺が落ちたときに随分世話になった人だ」
「そう呼ぶやつはだいぶ減ってきたがな。おやっさんというよりおじいさん扱いが多くてな」
那須平の紹介に、永留がにかっと健康そうな笑みを見せた。胸には防弾チョッキを身につけ、ナイフを二本。片手には小銃といういで立ちだ。背中にはライフル銃をたすき掛けにしている。
「来てくれて助かったよ。正直、ここを突破するのは厳しくて」
「お前んとこの嬢ちゃんたちにあそこまで頼まれたからには気張らんとな。砂の世界が始まって以来の大事件でもある。那須平が落ちてきてから、まさか本当にこうなるとは思っていなかった」
「おやっさんが、色々と融通してくれたおかげだよ」
浅黒い肌に玉のような汗を浮かべた永留は、茶色い短髪をかき上げ表情を引き締めた。
「那須平、最初に謝っておくが、やはり南の島を巻き込むことにした」
「その判断はおやっさんに任せるって言ったのは俺だ。別に謝る必要はねえよ。理由は?」
「この島が次に進むためには、北だけでやると、色々と根深い問題になる。砂の島はたいていは北か南派閥のどっちかに入ってる」
「北だけでやると、妬まれる……か」
「そういうことだ。南の戦力はたぶんうちと同じくらいだろう。こういう大事件には最初から協力を頼んでおいた方がいい」
「で、あとは協力しましょうってことね。了解」
那須平は納得がいったと頷いた。
永留がイヅナを一瞥し、「よろしくな」とつぶやく。
「守護隊のゲートを手当たり次第に開けてきた理由がこの人たちなの?」
「そうだ。おやっさん、何人か来てるのか?」
「後ろにな」
永留が人差し指で後ろを示す。
小さな口笛が短く一度鳴った。返事をしたようだ。
「で、状況は? 初めてみたが、あれがセンタービルか?」
「正解。あの高層部分に楽園議会とやらが陣取ってやがると思うんだが……タワーごと破壊は無理だよな?」
「無茶言うな」
「だよな……」
「那須平は、どうするつもりなんだ?」
永留が鋭い視線を向けた。
「俺は今から別行動をとる」
「例の別行動?」
「そうだ。言っていたとおり俺にしかできない仕事だ」
那須平が瞳に光を湛えて見返した。
永留が背負っているリュックを一瞥し、ため息を吐いた。
「好きにしろ。では、こっちは俺たちが引き受ける。今回ばかりは南も協力してくれるし、何とかなるだろう。在庫も大放出だ」
「おやっさんところの在庫の放出は怖いな……」
「ここに来るまでに二人ほど守護隊を見たが、素人に毛が生えた程度だ。殺すが構わないな?」
「任せるよ」
「よし、では――っと、岩峰だ」
「間に合ったか……」
二郎が荒々しく息を吐いて膝をついた。顔色が悪い。
イヅナが不安そうな顔で駆け寄った。
「岩峰、大丈夫? 頭から血が出てるわ。まさか銃じゃないわよね? うん、この程度の治療ならここでもできるわ。任せて」
「いや大丈夫だ。俺のミスで島民に殴られただけだ。問題ない」
イヅナの怖々伸ばされた手を「心配させてすまない」と優しく押し返し、二郎が膝を押さえて立ち上がった。そして瞳に再び力を込めた。
「なっさん、どうなってる?」
那須平が指で丸を作る。
「予定通りだ。おやっさんも、南の島も来てくれたらしい。四十一番もあそこの集団に混じってる。けど、ゲートは少し遠い。じっさん、残りの仕掛けは?」
二郎が一つ頷き、中身を失って平らになったカバンに手を入れた。取り出したのは小さな筒が連なった導火線の伸びた物体。爆竹だ。
「これ一つだ。集めてた花火も火薬も全部使った。アザラシ瓶も空だ」
「大盤振る舞いさせて悪いな」
「……足りるか?」
「やるしかないでしょ。爆竹をくれ。おやっさん、始めても構わないかい?」
「いつでもいい。普段ぬるま湯に浸かってるぼんくら共に腕の差を見せてやる」
挑戦的な笑みを浮かべる永留に那須平が微笑み返した。
二郎から爆竹を受け取る。そのまま真っ直ぐな瞳をイヅナに向けた。
「火をつけたら、思いっきりあいつらの後方に投げてくれ。たぶんイヅナが一番飛距離が出る」
「私……が?」
「腕の出力は俺よりイヅナの方が上だ。頼む。あいつらの注意が引き付けられたと思ったら、俺たちは四十一番ゲートに走る。いいな」
だんだんと那須平の表情が強張る中、イヅナは二郎の顔を一瞥して頷いた。
「いくぞ。タイミングはイヅナに任せる。じっさんもいいか?」
「ああ」
イヅナは大きく息を吸った。
敵に見えない位置から全力で投げなければいけないのだ。見当違いの場所に投げれば失敗するかもしれない。
再び二郎を見た。白髪の片側を真っ赤に染めた男は、無言でうなずいた。優しい笑顔だ。
「火を」
那須平がライターで点火した。ぼっと導火線が明滅した。
イヅナはとんっと一歩大きく踏み出す。そして、半透明のドームに覆われた天空へ爆竹を投げた。
高い放物線を描きながら、狙い通り、敵の防衛網の奥にそれが落ちた。と同時に弾け出す無数の火薬と鳴り響く破裂音。
瞬く間に守護隊に動揺が走った。
「今だっ!」
永留の合図とともに、三人が駆け出した。北の島の人間がざっと前に突進する。どこに隠れていたのか、別の方向からも銃声が鳴り響き始めた。
***
「センタービルに下がれ! 敵が多い。三班は別れた敵を追えっ!」
野太い声がすぐさま反応した。
那須平が「ちっ」と舌打ちする。だが、歩みを止めるわけにはいかない。わずかに時間は稼いだ。
背後から乾いた銃声が断続的に続いた。
しかし、小銃の射程は短いうえ、遮蔽物の合間を縫って逃げる的を狙うのは難しい。
イヅナは唇をかみしめながら安全のために二郎の背後を陣取る。多少の銃弾なら彼女の体は平気だ。
永遠とも思える時間。多数の敵が背後から迫りくる光景は、どれだけ訓練しても絶望感には抗えない。
最も疲弊していた二郎の速度が落ちた。
だが、
「大丈夫。絶対に私が助けるから!」
隣に一瞬並んだイヅナの声に、二郎が目を見開く。歯を食いしばり、足を送る。
「がんばって、がんばって!」
祈るように言ったイヅナは再び下がって背後を振り向いた。敵を苛立たし気に睨みながら、こちらも乱暴に小銃を弾いた。
「邪魔するなっ!」
イヅナは高らかに吠えた。力が無限に湧いてくるような感覚だった。
「そこだっ! じっさん、飛び込め!」
先頭を走る那須平が、ショットガンを放った。
扉が穴だらけになり、転がり込むように体を飛び込ませる。息も絶え絶えの二郎が続き、イヅナが扉の前で威嚇射撃を行う。
那須平が、荒々しく隣のゲート部屋に跳びこむ。
そこに――
見慣れない男が、小銃を構えて待ち受けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます