3

ぱちり


《999》が目を覚ましたのは、耳に響く音でも陽射しの暑さでもなく、鼻腔に入り込んだ砂で息苦しさを覚えたからだった

それがどういう感覚なのかもわからないまま、彼女は体を起こす。頭上から定期的になにかが聞こえていることは分かったが、それが聴覚をもとに認識しているものだとはわかっていない。そもそも、彼女には、遥か頭上で同じ姿をした者が小競り合いをしていることも理解していない


言葉を話すことも、表情を動かす事もなく、ただただ、彼女は静かに体を起こして音に反応するように頭上を見上げた。同時に、強く輝く光が目に入り目を眇める。反射的な行動ではあったが、頭上で小競り合いをしている二人は、その反射行動すら物珍しそうに眺めていた


「ツヴァイ! 彼女は誰に教わるでもなく、眩しさを感じて瞳を閉じたよ!」


「そうだな。どうやら、その辺りは、解明しきれていない本能的部分。といったところだろう。それより、他の奴らはどこに行った? まさか、ここを私たち二人に任せるつもりではないだろうな」


「そのまさかだよ。彼らは、別のモノを見に行ったさ」


苛立ちを募らせるアインに、肩を竦めながら答えたツヴァイは、手元の画面に素早く情報を書き込んでいく。二人しかいない室内は静まり返り、機械音だけが響いていた。


数分経ち、ふとアインがモニターを見ると、目を覚ました娘が目を眇めながらもじっと頭上を見上げたままでいる事に気が付いた。目覚めたのはいいが、他の者を起こす。自発的に動く。といった事は出来ないのだろう。と判断し、音声を流す準備に入る

機材を調整し、システムを起動させていく。これから流れるのはアインやツヴァイの声ではなく予めプログラムされたものだ


「神はいかにして生命に知恵を与えたかが、分かるってことだ」


「私の仮説ではうまくいかない。知能がある程度育っていないと学習は出来ないはずだ。神託。というものがあるとしたら、それは生命体にどのような方法で伝えたかも検証できるだろう」


淡々と、事務的に返答をしながらも手を動かすことは忘れない


「Case1。起動開始」


「Case1 起動開始します」


アインの声に答えて、滑らかな発音でコンピューターが返答する


「隣の男性を起こしてください。999そこの娘。アナタの隣で眠っている男性を起こしてください。隣の男性を起こして下さい」


天から聞こえる音

それに反応は示すが、娘が動くことは無い。せいぜい、耳を澄ませ、音のする方角に首を動かす事しかできない。その事実に安堵しつつ、学習とは耳で始めるものか目で始めるものかについての仮説を立てていく。本来、こういった研究は行われていたはずなのだが、生憎とそれらは全て消失している。

彼らは、口伝のように伝わった概念的なものと言語。それと、ここにある機械だけで文明を築いていた。否、居住地域をここに定めざるを得なかったというべきだろうか


人工的に作られた農園や牧場で育ったものは、農畜産用のロボットが育成から収穫までを行い、飲み水は除染され安全が確認されたものが循環式に提供されている


することはなく、健康的な最低限度の生活のみが保障された世界。人工保育機で産まれ、遺伝子を採取され、一定期間生きて死ぬ。そうしてまた、生まれて生きる。生きているというよりも、生産管理されている。と言った方が正しく伝わるであろう日常に、人々は退屈を持て余していた。そうなってくると何故、ここには自分たちしかいないのか。何故、記録が残っていないのか。何故、何故……と、疑問が浮かんで来る。

その疑問を解消しようと、様々な検証が行われることとなった


遺伝子を採取された者の中で、無作為に選んだ4名を特殊な檻の中に入れる

こちらからは見えても、中にいる者には風景にしか見えない造りの檻に入れて、生まれる前から知っている。伝えられてきた信仰。というものについて、どのように信仰が芽生え、どうやって信仰を植え付けたのか。その工程を検証する。それが、4人が入れられた檻の目的であった


だが、やっているアイン達ですら、先人達から機械について学び、言葉を学び、旧社会の出来事を学んだ

全ては伝聞。伝聞でしか残らなかった理由すら定かではない。文字という概念があり、記録媒体があるのにも関わらず、何故残っていないのか

それは、先人達の言っている神の御業ではないか。と、彼らは考えているのだ


しかし、神など見たことが無いため信じようがない。そのため、神を信じた先人達がどのように識ったかを知りたいと考えたのだ


無作為に選んだ4人は初め、赤子であった

しかし、目覚める前に檻の中で果ててしまうのだ

何度も繰り返した結果。成人間近の個体が良いと結論付けることができた

2人ではなく4人である理由としては、各個体が意思を持った際にコミュニケーションをより取れるように。との配慮だ。実験が終わり次第檻から出す予定でいる事もあり、あまり少なすぎない方がよく、また、管理のしやすさから少人数であることを求めたことでこの人数で落ち着いた


機械の声は一定の秒数を開けては同じ言葉を繰り返している。しかし、一向に娘は動く気配がない。記憶も、知識も消されただ体だけが大人になっている個体には、到底言葉を理解する能力はない

ただただ、黙って音の在処を探るように顔を動かすばかりだ

そこで、アインは音声のみで理解させるという方法を諦め、別の方法を探る事にした。自身が生まれた際に行われた、最もわかりやすい方法を選択する。これで伝わらなかったらどうしよう。心の中ではそう思っていたが、それを感じさせない落ち着きでプログラムに指示を書き込んでいく。アナログと言われているが、口頭や精神干渉による指示の出し方より、よほど伝えやすい。と、アイン自身は思っていた

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