人間ダイヤモンド

朝霧

天斗少年は愛されたがりであるらしいがそんなの知るか

 天斗少年は愛されたがりであるらしい。

 叔父の結婚によりできてしまった同年齢の義弟についてそんな評価を私はつけた。

 天斗少年は美少年だった、ヒトに興味を持たない私でも『おー、なんか綺麗だなー』と思う程度には。

 まあ、この前苦労して手に入れたスフェーンに比べてしまえば、足元にも及ばないが。

 天斗少年は妖艶な天使、みたいな安っぽいキャッチフレーズが似合いそうな見た目と雰囲気の少年だった。

 だからどうした、と言ってしまえばそれまでではあるのだけど。

 フィクションなら美しい義弟ができてドキドキしちゃう!? みたいなお話が一本書けそうだけど、現実でそんな幻想は起こらない。

 私がヒトに無関心でなければそういうことも起こり得たのかもしれないけど、まあありえない。

 そんな展開はちっとも望んでいない。

 だから無関心を突き通すことにした。

 何が起こっても放っておくことにした。

 と言っても家庭内の雰囲気を悪くはしたくなかったので、何かを話しかけられたら受け答えくらいはしていたけど。

 だいぶそっけない対応をしているにもかかわらず、天斗少年は裏のありそうな満面の笑顔で私に話しかけてきた。

 どうやら天斗少年は私に好印象を抱いて欲しいらしい。

 私個人のことが気に入ってるからとかそういうんじゃなくて、自分が愛されて当然だから、という信念に従っているのだろうけど。

 こんな私が言うのもなんだけど、アレはおそらく一種の病気だ。

 愛してもらえないと精神が追い込まれるタイプの病気、可哀想にとは思うけど、だからどうした私にゃ関係ない。

 だから、偶然家で二人きりになってしまった時に面と向かってこう言った。

『私はヒトには興味がないから、君の望むような反応はできない』

『それでも私のその反応が気に食わないと言うのなら、それによって精神的に不調が出るというのなら、私のことを人間だと思わないでもらっていい』

 そんな事を淡々と伝えると、天斗少年は初めて天使の笑顔の仮面を脱ぎ捨てたのだった。

 愛されたがりの少年の素顔はとんでもなく不機嫌そうで、妙に人間じみていた。


 死んでしまった両親の遺品であるタンザナイトの原石を見ていたら、部屋のドアが叩かれた。

 どうぞと声をかけると、シャワーを浴びたばかりらしく髪を濡らした天斗少年が部屋の中にズカズカと入ってきて、勝手にベッドに横たわる。

 ベッドが湿気るからやめて欲しい、せめて髪を乾かしてこい。

「またそんなもの見てんの?」

 そんな石より僕の方が美しいのに、という高慢ちきな言葉に私はうんざりと溜息をついた。

「君にとってはただの青紫の石なんだろうけど、私にとってこれは両親が残してくれた美しいもののうちの一つだからな。ヒトより石が美しいと感じる私にとっては君よりも美しいものだ」

 天斗少年は基本的に誰に対しても素敵な笑顔の天使君を演じているのだけど、一部の人間に対してはこういう高慢ちきな本性をさらけ出す。

 私が知っているだけで天斗少年が自分の本性をさらけ出すのは私と彼の古い友人、それから年齢不詳のオネェさんだけだった。

 実の母親である私の義母に対しても天使君を演じているのだから、その俳優精神には感服する。

 疲れないのかな?

 石よりも美しくないといわれたことに天斗少年はどうやらとても機嫌を損ねたらしい。

 可愛らしいお顔をぶーすかと歪めていらっしゃる。

「まあ、そう怒るな。私一人の評価で君が信じる君の美しさは何一つ変わらないのだから。というかなあ、私みたいに感覚がずれた人間は君が思っているよりもきっと多い。そんな人間に遭遇するたびにそんな風にぶすくれてたら君の精神が持たないだろうよ。ちょうどいい機会だから私で慣れておけばいい」

 好みなんて人によって好き好きだ、美醜の捉え方も千差万別。

 今のうちに美しいもの扱いされない感覚に慣れておかないとこの愛されたがりの少年は遠からず自滅するだろう。

 なんて義弟の将来を思っての発言をしてみたのだけれど、天斗少年は未だにぶすくれたままだった。

 プライドの高い人間って面倒だなって思った。

「……ご忠告どうも」

「大したことではないよ」

 それでもこちらが多少は向こうを慮っていることは察したのか、しぶしぶと礼をいわれた。

「それにしても本当にそんな石ころの方が本気で僕より美しいって思ってるの?」

「ああ」

 即答したらショックを受けたような顔をされた、何故だ。

 こっちの好みのことは散々伝えたはずなのだけど、何故今更ショックを受ける。

「……僕のことは美しくないと?」

「ヒトの中では美しい造形をしている方だとは思っているぞ」

 そう言ったら多少機嫌が良くなったらしい、演技をしていない時にしては珍しく目がキラキラしている。

「ヒトの中では美しいと思う?」

「ああ。最初に会った時も綺麗だとは思ったし」

 天斗少年の目がさらに輝きを増した。

 きらんきらんだった。

 プライドが高いくせに案外ちょろくて、お義姉さんちょっと心配。

 

「それにしてもさー、ヒト嫌いだとしてもさー、ちょっとこの状況はどうかと思うんだよね?」

「ん? 別に私はヒトが嫌いなわけじゃないぞ? 無関心なだけだ」

 好きでもないが嫌いでもない、というと天斗少年は溜息をついた。

「無関心っていっても無関心すぎない? 僕がさっきまで何やってたのかくらいはわかってるんでしょ?」

「ああ。盛り上がってたらしいからな。ここまで声が聞こえてきたぞ」

 だからどうしたと首をかしげると天斗少年はもう一度溜息をついた。

「ほんとうに、何やってたのか理解してる?」

「ああ」

「…………何も思わないの?」

「別に?」

 というかそういう意味で叔父さんが結婚したの知ってるし。

 お義母さんは叔父さんのお金が目的で、叔父さんは天斗少年が目的で。

 そういう利害の一致での結婚だろうということは言われなくてもわかっていた。

「叔父さんがそういう趣味なのは引き取られた時から知ってたからな。引き取られた時に『少女は私の性的対象とはなりえないから色々と安心するがいい。というか姪っ子に対してそんな感情は絶対に持ち得ないからな、フハハハハ』って。色々とズレているけど、こっちを慮っての言葉だったんだろうな、アレは」

 別の親戚から性的虐待を受けそうになったことのある幼少の私を慮っての言葉だったのだろうと、今になって思う。

「……あの人、そんなオープンな変態だったの」

「私に対しては割と。まあ幼女趣味のおっさんに引き取られて強姦とかされるよりは何十倍もマシだったとは思う。あの人、性癖は普通の人とはズレてるし人としてどうかと思うところはあるけれど、私の面倒は真っ当に見てくれたから」

 衣食住もちゃんとしてるし、虐待とかなかったし、私の将来のこととかも結構真面目に考えてくれてるみたいだし。

 私にとって、叔父さんは性癖がおかしいだけの真っ当な保護者だった。

 そこいらの毒親を持つ子供たちに比べたら、私は随分恵まれているのだと思う。

「……最初から知ってたとして、それでも本当に何も思わなかったの? いやだとか、気持ち悪いだとか」

「特に何も。当人たちが好きでやってるのであれば私が何を思ったところで意味ないし。……君がもし嫌がっているようであれば何かしら思うところはあったのだろうけど、君も好きでやってるんだろう?」

 ならばお好きにどうぞとしか思わない、他人の事情に私は深く足を突っ込む気はないのだ。

 そんな煩わしいことをするくらいなら石を眺めていた方がよほど有意義だ。

「…………」

 天斗少年は何も言わなかった、変人を見るような顔でこちらを眺めているだけだった。

「私は基本的に私が巻き込まれなければ何も思わないし干渉するつもりもない。そういう方が互いに気楽だろう?」

「……やっぱり変な奴」

「変な奴なのはお互い様だろう?」

「お前もどっかのネジが外れてるんだね。まともじゃない、異常だ」

「その方が君にとっても都合がいいだろう?」

「…………」

 また天斗少年は黙り込む。

 それにしても今日はやけに突っかかってくるな。

 煩わしい。

 そろそろこの問答を終わらせてもらえないだろうかと思っていたら、天斗少年はまた口を開いた。

「お前がヒトに対して本当に無関心な異常者なのがよくわかった」

「ご理解いただけたのなら幸いだ」

「その上で一つだけ質問をしたい。……お前みたいなヒトに無関心な奴がもしもヒトを愛するようになるとしたら、何がきっかけになると思う?」

「そんなん聞いてどうする?」

「……今後の参考にする。ヒトに興味のない人間が、どうすればヒトを愛するようになるのか知りたい」

 切実な顔で天斗少年はそう言った。

 確かに誰からも愛されたい天斗少年にとっては切実に知りたいことなんだろう。

「ほうほう。なるほどなあ……結論を先に言おうか、答えは『ありえない』だ」

 分かりきった答えを言うと、天斗少年は小さく息を飲んだ。

「興味を持てないものに関心は持てない、関心を持てないから好意を持つ事も出来ない。持とうと努力しても無理なんだ。人間の性根っていうものは変えようとしたところでそう簡単に変わることができないから。うん、だから私みたいなヒトに無関心な奴がヒトを愛する可能性ってやつはほぼ0だろうね」

「……じゃあ、お前は一生、誰のことも愛さないの? 何があっても? どれだけ愛されたとしても?」

 ショックを受けたような顔で天斗少年は聞いてきた。

「まあそうなるな。それでも万が一を語るとするのなら……万が一私がヒトを愛するとするのなら、そのヒトがダイヤモンドになった時だけだよ」

「何言ってんの? 人が石になるとかどんなファンタジーだし」

 冗談を言ったと思われたらしく、天斗少年はまたむくれだした。

 まあ、半分冗談みたいなものではあるのだけど。

 それでもファンタジー要素は一個もないのでそれだけは訂正することにした。

「……ああ、知らないのか。人間を材料にダイヤモンドが作れるんだよ。髪とか骨に含まれる炭素に人工的に高圧と高温をかければダイヤモンドの出来上がり」

 ギュギュッと空気を圧縮するような動作をしながらそう言うと、天斗少年は珍しくほほうと感心したような表情をした。

「へえ……そんなことができるんだ……」

「基本的に遺骨とか遺髪から作るものでな。故人をしのぶために作るものであるらしい」

 ダイヤモンド葬と呼ばれるらしいとかうんちくを語ってみるが、私も実はそれほど詳しいわけではなかったり。

 天斗少年はしばらく感心したような顔をしていたけど、少しして何かを考え込むような小難しい表情を浮かべた。

 そのままその表情のまま、黙り込んで動かない。

 何か思うことでもあったのだろうか、と特に気にすることなく視線をタンザナイトに戻した。

 向こうが会話する意思がなくなったというのなら、こちらから会話を続ける意味がないからだ。

 しばらくタンザナイトの青紫に夢中になっていたら、不意にすぐ近くから声が聞こえてきた。

「じゃあ僕が死んでダイヤモンドになったら愛してくれる? 僕が何よりも美しいって、認める?」

 椅子に座った私の顔を、床にしゃがみ込んだ天斗少年が上目遣いで見上げてくる。

 真っ当な性癖の人間が見たら多分悶えそうなその顔に、特になんとも思わないまま返答を返すことにした。

「それに是と答えてお前が死んだら色々と面倒だから回答は控えておこう」

 素っ気なく答えると天斗少年は微妙な顔をした。

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