第7話 掟破りの32歳
(このままじゃ、ひなむー先生が負けちゃう!)
望はなんとか立ち上りはしたが、虚ろな表情で足もともおぼつかない状態だった。
そんな彼女に、カグヤは右手の指を
「狙いを定めたカグヤが、ついに必殺の……ああっと! 上原さんが両足を引っ張って、カグヤを場外へ引きずり込んだぞ!?」
「スゲェよあの子、ナイスタイミング!」
場外に敷かれたマットレスの上に転がり落ちるカグヤ。
だが、上原茉優はなんの攻撃を加えることもなく、なぜか自分の体操着の上をカグヤに着せた。上半身が下着姿になったので、最前列の同級生が慌ててブレザーを被せる。
「このっ……テメェ、さっきから邪魔ばかりしやがって!」
「カグヤさん、相手は未成年ッスよ!? やめてください!」
起き上がったカグヤが怒り狂って掴みかかろうとするも、団体関係者たちに止められて仕方なくリングへと戻る。
「体育館は割れんばかりの大声援! それでも大日向は、いまだグロッキーだぁぁぁッ!」
リングの中央で、ゾンビのようにふらつきながら立つ望。ここがどこなのか、対峙する相手が誰なのか、望にはもうなにもわからない。ただ、大勢の観客と天井からの熱い照明を不快に感じていた。
「薫子さん、きょうの試合に向けて大日向先生は新必殺技を考案したと、学校関係者から情報が入っています」
「いや、そもそも必殺技があるのかよって話だし。それに、この状態じゃもう試合は……」
「カグヤの打点が高いドロップキック! 強引に立たせてからの……裏投げ! 二回、三回!」
されるがままの一方的な戦況に、歓声が悲鳴へと変わる。
「どうした望? 早く本気みせてよ」
「あぐ……ううっ……」
自分の髪を掴んで強引に立たせようとする相手がなにかを喋っている。目の前の着衣には、〝上原〟と太く大きくサインペンで書かれていた。
「上原……さん……」
生気が失われていた瞳に炎が宿る。
次の瞬間──
素早い動作でカグヤの首を左脇に抱えた望が彼女のコスチュームの腰部分を右手で掴み、そのままブレーンバスターの体勢で後ろへ投げ飛ばしながら尻餅を着く!
「ああっと!? ここで新必殺技〝32歳〟が炸裂だぁぁぁぁぁぁッ!」
「危ねぇぇぇぇ! いまの超ヤバい角度で落っこちたよ!」
鼓膜が破れそうなほどの大歓声が、白いリングを中心に渦巻く。続けざまに〝大ひなむーコール〟も巻き起こる。体育館内のボルテージは、まさに最高潮に達していた。
リング中央で倒れる両者。
朦朧とする意識のカグヤは、新人レスラー時代を思い出していた。
同期や先輩レスラーたちとの試合中、こうして倒れた時、天井のいくつもの照明が栄光の輝きにも見えていたあの頃を。
「ハハハハハ……」
欲しいものは、ここにあった。
見失って忘れていたことに気がついた。
リングで闘えるだけでいいじゃないか。
チャンピオンベルトや名声は、おまけでしかない。
晴れ晴れとした気持ちで、カグヤは軽快に飛び起きる。
いまだ横たわる望も早く立ち上がるようにと、笑顔で片足を白いマットに何度もリズミカルに叩きつけながら促す。
ダン、ダン、ダン、ダン!
同世代を鼓舞するリズム。
早く来い。
一緒に楽しもう。
それに応えるように、顔を伏せたままの望がとうとう立ち上がる。
本当にありがとう。
大日向望には、やっぱり感謝の気持ちしかない。
嫌な顔も見せずに、毎日プロレスごっこに付き合ってくれた。そんな恩人と形はどうあれ、こうしてプロレスができるなんて最高じゃないか。
微笑みながら小さくうなずくと、カグヤは右手の指を
「ああっと!? ここでチャンピオンの必殺技スターダスト・バレット(Vトリガーと同型の技)がついに炸裂かぁぁぁぁッ!?」
「絶対に決まっちゃうよ、これ! ひなむー、
完璧なタイミング、完璧な動き。
ロープに跳ね返り速度を増したカグヤが、それこそ弾丸となって戻ってくる。
「ひなむー先生ッ!」
リング下から聞こえた、誰よりも大きな叫び声。
するとその時、勝利が約束された絶対王者の目の前で、うつむいていた標的が静かに顔を上げる。
「上原さん………………やめなさぁぁぁぁぁぁぁぁいッッツ!!」
全速力で駆け寄ってくるカグヤの喉元に、鬼の形相で待ち構えていた望の左腕が光の速さですべり込む。
「──なっ?!」
一瞬のうちに背後を取られたカグヤが驚愕の表情を見せた頃には、大日向望の伝家の宝刀・魔性のチョークスリーパーがすでに完成していた。
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