第4話 約束のランニング・エルボー
試合当日。
番組収録は、学校の体育館で行われた。
中央には白いマットのリングが設置され、そのまわりのパイプ椅子には、全校生徒や教職員がざわめいてすわっていた。
そんな中で、カメラマンや番組スタッフ、美幸の所属するプロレス団体の関係者数名が異彩を放つ。
「さあ、いよいよ始まります令和の大決戦。まさにプロレス・ファンタジー、世界王者と高校教師の闘いであります。実況は
「よろしくッス。ゴー・トゥ・ヘェェェロォ(地獄に堕ちろ)!」
実況席から急に立ち上がり、悪魔のような形相で右手人差し指をテレビカメラに向かって突き出す薫子。隣にすわるアナウンサーは真顔ではあったが、真後ろの生徒たちは苦笑いでそれを見守っていた。
すると突然、体育館が暗転する。
しばらくしてから吹奏楽部の演奏が始まり、体育館の出入り口に照明があてられる。館内に流れているのは、望の入場テーマ曲だ。
『ひなむー、ボマ・イェ(ヤツを殺せ)♪ ひなむー、ボマ・イェ(ヤツを殺せ)♪』
出入り口に立ち込めるドライアイスの白煙が、照明の光で七色に輝く。全校生徒の手拍子も相まって、まさにお祭り騒ぎの中での入場であった。
「さあ、なぜか紺色ブルマー姿で先導するのは、2年C組の上原茉優さんです。テーマ曲の合成サンプリング音声も彼女の声で……おおっと!? 竹刀です! 上原さんがなぜか、竹刀で観客席の女子生徒たちに襲いかかります!」
「大ベテランの悪役レスラーみたいで、とても素人の動きじゃないッスね」
「続いて入場するのは本日の主役、大日向望32歳! 大日向先生のコスチュームもブルマーの体操服ですが、その色は
「うわぁ……紺よりも形が鮮明になっちゃうから、
「ええ。かつて昭和の時代、実際に体育の授業で着用されていたのが信じられません。声を大にして叫びたい、カムバック昭和!」
段差の短い階段をのぼり、セカンドロープをくぐろうと突き出されたお尻に観客の視線が集まる。もちろん、上原茉優は真下から荒い息づかいでそれを観賞していた。
リングインを終えてから間もなくして、今度は館内にテンポの速いEDMの曲が盛大に鳴り響く。現世界王者・カグヤ(倉科美幸)の登場だ。
「世界最高水準、アメリカン・プロレスの頂点に立つ〝狂喜乱舞の絶対女王〟が、まさか、まさかの、日本の女子高等学校体育館に降臨!」
純白のバタフライマスクを装着し、銀色のスパンコールが刺繍されたド派手なガウンを羽織ったカグヤが、黄金に輝くチャンピオンベルトを両手で掲げながらリングへと進む。
(望……いよいよこの時が……これでわたしは、次のステージに………………って、えっ?)
気がつけばセカンドロープに腰掛けた上原茉優が、トップロープを持ち上げてカグヤを招き入れようとしていた。
(この子……誰? てゆーか、竹刀持ってるし! 隠してるつもりかもしれないけど、バッチリ見えてるし! 小刻みに剣先を揺らしてタイミング見計らってるし! メッチャ可愛らしくほほ笑んでるけど、不意討ち喰らわせるつもりだよね!? ロープくぐったら背中をバシーンって叩くんだよね!? いま「大丈夫」って口パクで言ったけど、絶対にウソだよね!?)
「ああっと!? 竹刀だ! 上原さんが絶対女王の背中を容赦なく滅多打ちだ!」
最前列でドン引く同級生たち。
学生服のジャケットやプリーツスカートには、折れた竹刀の破片が降りそそぐ。凶器が完全にぶっ壊れるや否や、上原茉優は「やっべ!」とつぶやき、リング外へ逃げ出した。
「もぉぉぉ! 大丈夫って言ったじゃーん!」
カグヤが苦悶の表情で叫びながら、バタフライマスクとガウンをリング下に脱ぎ捨てる。と、その時──
「でやぁ!」「痛ッ?!」
背後から全速力で走ってきた望が、無防備なカグヤの後頭部にエルボーを決める!
「なんと、聖職者なのに奇襲攻撃! 師弟そろって卑怯モノだぁ!」
「なんなんスかね、この学校。社会不適合者の専門学校かよ」
そしてここでようやく、試合開始のゴングが打ち鳴らされた。
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