第3話 猛特訓ど真ん中

 その後、制作会社から書面が送られてきた。収録中に自分が怪我や死亡をしても、テレビ局や制作会社には、一切の関係がございませんとの内容である。


「なんなのよこれ!? ふざけんなってーのっ!」


 学校職員室宛てに届けられたそれの、一方的な契約内容に不満を洩らした望は、くしゅくしゅに丸めて机横のゴミ箱へ投げ捨てる。


「大日向先生、本当にプロレスをするんですか?」


 いつの間にかそばに立っていた同僚の英語教師・皆川みながわ雪見ゆきみが心配そうに、けれども、興味深い様子でたずねてくる。


「するわけないじゃない! 嫁入りまえの大切な身体に傷でもついたら、いったい誰がどう保証してくれるのよ!?」


 そうヒステリックに叫んで答える先輩教師に、雪見はなにも言葉をかけられず、眉根を八の字に寄せ、ただ見下ろしていた。


 しかし、ことはそう上手くいかなかった。


 噂はまたたく間に校内に広まり、さらには近隣へ、町内すべてに広まっていったのである。

 挙げ句の果てには、市長の耳にも届いてしまい、とうとう望が勤務する女子高に市長直々の激励の電話が掛かってきてしまう。


「あの……いえ、その……はい。…………がんばります」


 かくして、女子高等学校の数学教師が、女子プロレス世界王者と対決するための猛特訓が始まった。



     *



「違う! ひなむー、もっとそこは軽快に! そう! イエス!」


 廃部になったワンダーホーゲル部の部室を改造した部屋で、マットレスを敷いて放課後に受け身の練習を重ねる。それが望の日課となっていた。


「ね……ねえ、上原さん。もう受け身はいいんじゃない? そろそろほかのことを……」

「のん! プロレスの基本は、受け身とロープワーク。そこからすべてが始まるとですよ!」

「いや、マットレスだけじゃロープワークできないし!」


 事態を聞きつけた上原茉優が、自らプロレスコーチとして名乗りをあげていた。

 望は不安ではあったが、わらをも掴む思いでそれを渋々承諾し、今日こんにちに至る。

 練習着もなぜか、紺色ブルマーの体操服だった。胸元の名札には、大きく手書きで〝大日向〟と書かれている。

 せめて〝ひなむー〟とか、〝おおひなた〟と書いてくれればネタとして笑いにもなったであろうが、これではガチな匂いがして笑いにすらならない。


「ねえ、上原さん……いまさらだけど、どうしてブルマー姿で練習をしなくちゃ──」

「あっ、気にしないでください。あたしの目の保養ですから。違う! もっと股をひらいて!」

「やっぱり!? つか、絶対に股はこれ以上ひらくつもりはないからね!? 誰得なのよ!」

「あたしです」


 さびれた部室に、32歳独身教師の怒声が響きわたる。


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