第71話 エリクサーとスキル【スラッシュ】

「きゃああ! ヒロトさーん!」


「ぐもおお!」


 キングジャンプを切り捨てた! と、思った瞬間、サクラが上から落ちて来た。

 サクラのボディプレスを、顔面で受けてしまった。


 俺とサクラが、ひっからまって地面に倒れ込む。

 俺の顔面が、サクラの胸にめり込む。


 く、苦しい……。


 エリス姫と執事セバスチャンが、歓声を上げた。


「おおう! 見事じゃ!」


「お見事な剣筋です! 【スラッシュ】ですな!」


 うん? 【スラッシュ】?


 スキル【スラッシュ】は、【剣術】に付随するスキルで斬撃系だ。

 剣の斬撃の威力を、強化する。


 俺が、持っていなかったスキルだ。

 ステータス画面を開いて見ると、【スラッシュ】が追加されていた。


 どうやら新たに、このスキルを得たらしい。

 サクラが、上にのしかかりながら話しかけて来た。


「ふふ。ヒロトさん、【スラッシュ】カッコ良かったですよ」


「ありがとう。ところで、胸が顔に当たって、息が苦しい……」


「あ、ごめんなさい!」


 サクラが体を離した。

 今更、顔を赤らめている。


 浴びせ蹴りとかで、戦闘中は、いつも下着が丸見えなんだがな。

 自覚があるんだか、ないんだか。


 しかし、間に合って良かった。

 あのまま、サクラがキングジャンプに食われていたら、シャレにならなかった。


 セレーネが近寄って来て、俺の頭にゲンコツを落した。

 いかん、ご立腹だ。


「ヒロトは、今日ダメダメだよ! さっきは、ボーっとしてたし、あわてて前に出て、キングジャンプに攻撃かわされたし。最後はサクラの胸に、かじりついて何やってるの!」


「すいません」


 それについては、反省しかない。

 執事セバスチャンの支援魔法が珍しくて、戦闘中にウォッチャーになってしまった。


 セレーネは、腰に手をあてて頬を膨らませている。

 不謹慎ながら、可愛く感じる。


 エリス姫が助け舟を出してくれた。


「まあ、セレーネ、許してやったらどうじゃ? 最後は、キッチリ決めたからの。それより、ほれ! 宝箱がドロップしておるぞ!」


 キングジャンプの横に、銀色に光る宝箱が落ちている。

 銀箱だ! 低階層で銀箱は、珍しい。


 今回の共同探索で得た獲物の素材やドロップ品は、基本的にヒロトパーティーの所有になる契約をしている。

 宝箱からドロップしたアイテムの所有権は、俺たちにある。


 俺たちは、特別探索のボーナスが得られない。

 それを気にして、エリス姫が配慮してくれたのだ。


 俺はセレーネから逃げ、宝箱にダッシュした。

 必死でセレーネのご機嫌を取る。


「ホントだ! 銀箱だよ! ホラホラ! セレーネ! 開けてみなよ!」


 セレーネが、ジト目で近づいて来た。


「まったくもう! じゃあ、私が開けるよ!」


 セレーネが、バンと銀箱を開けた。

 何が出る?


 銀箱なら、アーティファクト――秘宝級――か、レア――希少級――が出る。

 かなり価値の高いアイテムが出そうだ。


 みんなで宝箱の中を覗き込む。

 宝箱の中は、濃い上品な緑色のラシャ張りだ。


 その真ん中に、綺麗なガラス瓶が1本、光を放っていた。

 やわらかい光で、見ていると心が癒される。


 執事セバスチャンが、唸り声を上げた。


「ぬう。これは……! エリクサーですな!」


「これがですか!?」


 俺は慌てて【鑑定】を発動して、光る瓶を【鑑定】する。


「間違いないですね。俺の【鑑定】結果も、エリクサーと出てます」


 サクラが、情報を補足する。


「エリクサーは、アーティファクト、秘宝級ですね。どんな怪我でも、病気でも、完全回復します。HPとMPが満タンになりますよ」


 執事セバスチャンが、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありませんが、このエリクサーは、こちらの取り分にしていただけないでしょうか?」


 俺たちは、サクラが回復魔法が使える。

 レベル的にエリクサーが必要なほど、強い敵と戦う事はない。


 エリス姫側が欲しいと言うなら、譲っても良いけれど……。

 ただ、契約では……基本的に俺たちヒロトパーティーに権利がある。


 セレーネも、サクラも、YESとも、NOとも、言えない微妙な顔をしている。

 ちょっと変な雰囲気になった。


「あの……、何か理由があるのですか?」


「はい。現在、オーランド王国王室には、エリクサーが2本ございます。王族が暗殺や重篤な病にかかった場合に、救命する為です」


「なるほど」


「ただ、エリス姫様は、現在王都から離れ、ここルドルで活動しております。万一の際にエリクサーを使用する事が出来ません」


 俺、セレーネ、サクラが、同時に納得した声を上げた。


「あー」

「あー」

「あー」


「もう、おわかりと思いますが、姫様に万一の事態が出来しゅったいした場合に備え、エリクサーを持っておきたいのです」


 俺、セレーネ、サクラは、目を見合わせた。

 セレーネとサクラが、軽くうなずいた。


「わかりました。そう言う事情なら、このエリクサーは、エリス姫の取り分で構いませんよ」


「ありがとうございます」


 執事セバスチャンが、丁寧なお辞儀をした。

 エリス姫は、嬉しそうにエリクサーを手に取った。


「ヒロト、セレーネ、サクラ、ありがとう」


 エリス姫は、ギュッとエリクサーを抱きしめた。

 とても嬉しそうな顔をしている。


 エリクサーは、売れば相当の値段が付くだろう。

 だが、幼馴染のシンディを奴隷商から買い戻す費用は、エリス姫が出してくれる。


 家を立て直す金は……。

 まあ、またボチボチ稼げば良いし、いざとなったら、エリス姫に相談にのってもらおう。


 俺たちは、キングジャンプをマジックバッグに収容して、転移部屋から地上に戻った。


 *


 特別依頼が出てから、4日目になった。

 精霊ルートの探索は、ハイペースで進んでいる。


 昼も夜も、どこかのパーティーが必ずダンジョンに潜っている。

 他所の街からやって来た冒険者も加わって、ボーナス100万ゴルドをめぐる争いは、激化している。


 1日目 夜 5階層クリア

 2日目 昼 6階層クリア

 2日目 夜 7階層クリア

 3日目 昼 8階層クリア

 3日目 夜 9階層クリア


 今日、4日目、冒険者たちは、10階層の探索をしている。


 俺たちは、1日1回、昼頃にダンジョンに潜っている。

 エリス姫のお供だ。


 新しい階層に一番乗りしたパーティーに、転移部屋から、新しい階層に連れて行ってもらう。


 新しい階層は、いつも混んでいる。

 だから、1階層戻って、ボスを倒したらお疲れ様って感じだ。



 エリス姫陣営とウォール・ニューヨークファミリー陣営との、冒険者の取り合いも続いている。

 なんと、エリス姫陣営が、かなり盛り返している。


 精霊ルートは、大人気だ。


 ギルドから提示された、魔物素材の買取価格が良い。

 風属性の魔石や利用できる素材が多く、ヒロトルートと同程度の価格だ。


 ニューヨークファミリー以外は、自由に入れる。

 他の街から来た冒険者も増えている。


 そして、ついに!

 ニューヨークファミリーから離脱する冒険者が出て来た。

 あの時のウォールの行動は裏目に出た。

 仲間でも、あっさり裏切って、殺害すると噂が流れた。


 ニューヨークファミリーに参加していた、E、Fランクの冒険者達は、どんどんファミリーを抜けて、こっちに来ている。

 ウォールの悪い噂とエリス姫の特別依頼が効いている。


 E、Fランクの冒険者でもポーター――荷物持ちの仕事が沢山ある。

 泊まり探索の場合は、荷物が増えるので、上位のパーティーがポーターを欲しがるのだ。

 パーティー丸ごとで、雇われている連中もいる。


 ポーターでは、ボーナスの100万ゴルドの分け前は無い。

 獲物の素材やドロップしたアイテムの権利もない。


 だが、ポーターでも特別報酬は出る。

 特別報酬+ポーターの報酬で、結構な稼ぎになっている。

 領主館の中には、ポーター仕事待ちの、E、Fランク冒険者がたむろしている。



 4の鐘が鳴っている。

 夕方4時だ。


 俺とサクラは、エリス姫に頼まれた見回り中だ。

 領主館敷地内の様子を見て、サクラがつぶやいた。


「いや~、凄いね~、日に日に人が増えているよね~」


「特別報酬を、値上げしたらしいよ」


「え? いくら?」


「今、2万8千ゴルドじゃないかな……」


「はあ?」


 サクラが、驚いて甲高い声を上げた。

 無理もないよね。


「ニューヨークファミリーも、日当を出すようになったんだよ。エリス姫の特別依頼より千ゴルド多くね」


「ほうほう」


「そしたら、エリス姫が、それより多く報酬を設定した。そうすると、ニューヨークファミリーが、それよりも高く設定して……」


「そのチキンレースみたいな、日当アップ合戦は何!?」


 そう、まさにチキンレース。

 どちらも降りられない。


「日当アップレースの結果、現在、2万8千ゴルドになりましたって事だよ」


「はあ~! バブル状態ですね……」


 まさに、バブルだ。

 ポーターのE、Fランクの冒険者もホクホク顔だ。


 俺たちは、領主館の外を一回りして、敷地の中を見回る。

 臨時の解体場が見えて来た。


「セレーネ、忙しそうだね」


「魔物の解体が早いですよね」


 セレーネは、空いた時間に解体担当ミルコさんの手伝いをしている。

 スキル【解体】持ちだから、魔物の解体速度がハンパじゃなく早い。


 特に、この時間帯、夕方は忙しい。

 屋台の店主達が、肉を買いに来る。


 夕方から冒険者たちが酒を飲み始めるので、肉はいくらあっても足りないらしい。


 ダンジョンから上がって来る冒険者が増えて来た。

 ジュリさんが、臨時のテントで冒険者たちをさばいている。



 すると、門の方から大きな声が聞こえて来た。


「通せ!」


「ダメだ! ニューヨークファミリーは、立ち入り禁止だ!」


 俺とサクラは、顔を見合わせた。

 ニューヨークファミリー?


 俺とサクラは、解体場を後にして門の方へ駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る