第57話 麻痺毒
俺は床に落ちたサクラの冒険者カードを拾い上げた。
せっかく、Cランクになったのに。
セレーネが、サクラのマジックバッグを床から拾い上げる。
キョロキョロと辺りを見回しながら、俺に聞く。
「サクラちゃんは?」
「……」
俺は硬い表情で、何も答える事が出来なかった。
神官が驚愕して聞いて来た。
「あの……、お連れ様が……。先ほど、天より強い光が、差し込みまして……。お連れ様は、その光に包まれて、天に昇っていらっしゃったのですが……」
そんな派手だったのか……。
神官がそんな事を見ていたのでは、誤魔化せない。
「実は……」
俺は、白い世界で女神アプロディタ様に出会った事。
サクラがアプロディタ様の子供で、天使だったと正直に話した。
そして、アプロディタ様と一緒にサクラは、天界に帰ったとも。
セレーネは、うつむいて無言でサクラのマジックバッグを握っている。
サクラとセレーネは仲が良かった。辛そうだ。
そんな中、神官が感極まって叫びだした。
「おお! 神よ! 神の御業! 神の奇跡を私は見たのですね!」
神の御業や神の奇跡か。
神官からすれば、それは感動的な出来事なのだろう。
だが、俺とセレーネは、そんな事よりも、サクラがいなくなってしまった事が大問題なのだ。
そんな、俺達の気持ちがわからない神官が続けた。
「これを本部に報告すれば! 私は! きっと王都の神殿長だ!」
やさしそうだった神官が、出世欲をむき出しにして歓喜する姿は、見るに堪えない。
俺とセレーネは、騒ぐ神官を放って神殿を出た。
俺とセレーネは、無言でルドルの街を歩いた。
どこに行くかは、決めていなかった。
ただ、立ち止まってしまうと、もう二度と歩けないような気がして、俺はムキになって歩いた。
しばらくすると、セレーネが話し出した。
「でも、私ね……、良かったと思うんだ。サクラちゃんが、お母さんに会えて……。良かった」
「……」
「それに天使って言うのも納得。サクラちゃん、飛ぶって言うより浮いていたもん」
「……」
「ね! ダンジョンに行こう! サクラちゃんが帰って来た時に、探索が進んでないとさ。なんかね」
セレーネは、なんとか自分の気持ちに決着をつけようとしている。
俺は、そんなセレーネの言葉にのっかってみる事にした。
「そうだな。転移部屋からヒロトルートの5階層に行ってみよう!」
こういう時は、じっとしているより何かした方が良い。
少なくとも、気が紛れる。
今の時間は、午後3時くらいだ。
まだ、ダンジョンにちょっと潜る事は出来る。
俺達は、冒険者ギルドに顔を出した。
転移部屋から5階層へ行く事を報告した。
ギルドとしても好都合だったらしい。
「5階層の魔物を確認してくれると助かるわ」
と、ジュリさんに頼まれた。
土木工事の間をすり抜けて、俺達は転移部屋に向かった。
そして、転移部屋から5階層へ転移した。
転移が終わり5階層につくと、セレーネが短く悲鳴を上げた。
「ヒロト! 人が倒れてる!」
転移部屋の20メートル位先に、4人の冒険者が倒れていた。
その周りには、蛇型の魔物が5匹いる。
蛇型の魔物は、それほど大きくない。
胴回りは、人間の女性の腕くらい。
転生前の世界でもいる蛇のサイズだ。
朱色の落ち着いた胴体色で、あまり、おどろおどろしい感じはない。
目は赤く、牙が鋭い。
セレーネは、腰から片手斧を抜いて、倒れている冒険者達に向かった。
「なんで、蛇なんかに! 大丈夫ですか~?」
俺は、蛇型の魔物を鑑定した。
「【鑑定】」
-------------------
アカオオマムシ
HP: 10/10
MP: 0
パワー:10
持久力:10
素早さ:10
魔力: 0
知力: 5
器用: 0
【麻痺毒】
-------------------
あっ! 【麻痺毒】と表示が出た。
鑑定を(超)にアップグレードしたからだろう。
俺は、セレーネに大声で怒鳴った。
「毒だ! セレーネ! 戻れ!」
「ええ!? 毒!? 毒蛇なの!?」
セレーネが、慌てて戻って来た。
「あれは、アカオオマムシだ。【麻痺毒】を持っている」
「ごめん。この辺りの山で毒蛇は出ないから油断したわ」
倒れている冒険者達も同じだろう。
「大きな蛇じゃないから大したことない。……と油断した所で、アカオオマムシに噛まれたのかな?」
「美味しそうな、蛇なんだけどね~。HPは残ってるのかな? ヒロト【鑑定】してみて」
セレーネは、蛇もいける口なんだな……。
俺は、冒険者達を鑑定してみた。
「まずいな。みんな残りHPが、半分を切っている」
「重症だね。私がアカオオマムシを矢で射倒すよ」
セレーネは、言うと同時に矢を放ちだした。
正確で素早い射撃で、アカオオマムシの頭部を射抜く。
俺は【神速】でアカオオマムシの少ない場所に移動した。
手近な冒険者を両手でつかむ。
鎧や剣を装備した冒険者は重い。
俺の力では、持ち上げられない。
仕方がないので、引きずって行く事にした。
スキル【神速】で転移魔方陣まで移動する。
転移魔方陣の中に、冒険者を放り込む。
スキル【神速】で引きずられて痛かったかもしれないが、【麻痺毒】で死ぬよりはマシだろう。
次を引きずってこようとすると、セレーネが驚いた声を上げた。
「奥から出て来た!」
倒れている冒険者のそばにいたアカオオマムシは、セレーネが矢で排除した。
だが、通路の奥の方から、10匹のアカオオマムシが出て来た。
「別集団に見つかったって事か……。やっかいだな」
アカオオマムシ自体は、HPが10と低く弱い。
だが、集団で襲ってきて【麻痺毒】ありだとやっかいだ。
セレーネのみたいに、弓矢で遠距離で仕留めれば怖くない。
この冒険者達は、遠距離アタッカーがパーティーにいなかったのだろう。
「晩御飯に丁度良いよ!」
セレーネは、食欲全開だ。
アカオオマムシ料理か……。
俺は遠慮させて欲しい。
セレーネは、新たに出て来たアカオオマムシに次々と矢を浴びせる。
俺は隙を見て冒険者を助け、倒したアカオオマムシを回収する。
セレーネの矢の雨で、すぐにアカオオマムシは排除された。
倒れていた冒険者は意識がない。
水をかけても、頬を叩いても意識がもどらない。
口から泡を吹き、痙攣している。
歯がカチカチと合わさる音が聞こえる。
「ダメだ! 地上に戻ろう!」
俺たちは、転移魔方陣に4人の麻痺した冒険者を放り込み、一緒に地上の転移部屋に転移した。
地上に戻ると大混乱になった。
道路工事をしている人達が、冒険者を洞窟から運び出した。
工事をしている人達の中には、F、Eランクの冒険者も含まれている。
彼らは、麻痺状態の4人の冒険者を見て、ちょっとしたパニックになった。
報告を受けた冒険者ギルドから、ハゲールと回復役のソベルさんが駆け付けて来た。
ソベルさんの解毒魔法と回復魔法で、4人は何とか一命をとりとめた。
俺とセレーネは、ハゲールに状況説明をした。
「ふむ。ヒロト、セレーネ良くやってくれた。こいつらは、抜け駆けしようとしたんだ」
「抜け駆け?」
「ああ。まだ、新ルートの5階層は、開放していない。人が増える前に探索して、一儲けしようとしたんだろう。こいつの顔に、見覚えはないか?」
ハゲールは、倒れ追ている冒険者を指さした。
目を瞑っていて、顔が真っ青だ。
だが、良く見てみると……。
「今日、一緒に探索した人だ!」
転移魔法陣は、転移先の階層に行った事がある人間がいないと転移出来ない。
だが、この人は、今日俺たちと一緒に5階層へ行ったから転移魔方陣が使える。
この人が他の3人を連れて、5階層へ行ったのだろう。
「問題は毒消しだな。ルドルの街には、毒消しの在庫がほとんどない。毒を持つ魔物は、今まで出なかったからな」
「困りましたね」
「いや、困らんぞ。アカオオマムシから、毒消しが作れる」
「それはラッキーですね!」
「そこで、ヒロトのパーティーに、ギルドから指名依頼だ。アカオオマムシを、どんどん納品してくれ」
ルドルには、弓使いがセレーネしかいない事もあって、俺たちが毒消しの材料になるアカオオマムシを集める事になった。
それは、良いのだ。
問題はだ!
セレーネが目をキラキラさせて喜んだ事だ。
「じゃあ、これから毎日、アカオオマムシで料理を作るね!」
こうして、女の子に初めて作ってもらった手料理が、蛇料理になった。
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