第56話 さよならサクラ

 俺とサクラが意識潜入で話している間に、セレーネは水晶玉で魔法適性のチェックをしていた。


 緑色の大きな光が、水晶玉に浮かんでいる。

 風属性の魔法適性が大だ。

 セレーネは、【風の精霊の加護】持ちだからな。


「ヒロトもやってみなよ~」


 俺に水晶玉が渡された。

 水晶玉に意識を集中する。


 やった!

 光だ!


 大き目の光の玉が、2つも輝いている!

 黄色とピンクの光だ!


 ん!? 黄色とピンク?

 これ何属性なんだ?


 サクラとセレーネも、マジマジと水晶玉を見ている。


「ヒロトさん、光り輝きましたが色が……」


「なんだろうね~。マスタードと桃?」


 セレーネ! そんな訳ないだろう!

 マスタード属性の魔法とか、桃属性の魔法とか、聞いた事ないぞ!


 ジュリさんは、必死に説明書を読んでいる。


「他の色は……、紫色なら、雷魔法。水色なら、氷魔法。グレーは、召喚魔法。……と書いてあるけれど、黄色とピンクは、説明書に書いてないわね…」


 ジュリさんは、違う水晶玉を持って来た。

 俺は違う水晶玉でも試して見たが、結果は同じだった。

 水晶玉の故障ではない。


 ジュリさんは、非常に大雑把なフォローをして来た。


「まあ、何か魔法が使えるって事で、良かったわね! 王都の第2ギルドが研究機関だから、報告しておくわね」


 そんなので、良いんですか……。

 黄色……、カレー属性……。


 カレー属性魔法、ナン・バレット!

 カレー属性魔法、カツカレー・ウォール!


 ないな……。

 気にするは、やめよう。


 ジュリさんは、話を進めようとした。


「それで、サクラちゃんのジョブは、神官で良い?」


 俺とサクラは、顔を見合わせた。

 サクラは下を向いてしまったので、俺が対応する事にした。


「サクラは、ちょっと……、その……。最近、魔法に自信を失くしているんですよ。【スリープ】の効きが悪くてですね。試しに【ヒール】を習ってみてから、ジョブを決めても良いですか?」


 俺は、無理矢理な言い訳をした。

 悪魔のサクラが、聖なる光魔法を使えるとは思えない。


 だけど、物は試しだ。

 回復魔法【ヒール】を習ってみて、いけそうなら儲けモノだ。


「良いわよ。じゃあ、今のうちに神殿に行って来たら? 神官に教わってみてね。セレーネちゃんの風属性魔法は、教えてくれる先生を探しておくわね」


「お願いします」


 その後、俺たちは細々とした用事を済ませて神殿に向かった。



 神殿は街の南側にある。

 神殿と言うよりは、教会くらいの大きさで、木造りの質素な建物だ。


 神殿に入ると神官が、迎えてくれた。

 年配の優しそうな人だ。


「良くいらっしゃいました。本日は、どのようなご用ですか?」


「【ヒール】を教わりに、冒険者ギルドから来ました」


「なるほど。でしたら、まず神様に祈りを捧げましょう」


 俺たち3人は、神殿の中央に祀られている神像の前に進んだ。

 膝をつき両手を組んで、目を閉じる。


 神官が祝詞のりとを唱えだした。


「おお、偉大なる神々よ。我らに愛と勇気と英知を与えられた事に、感謝いたします。我らの祈りと感謝を、どうぞお受け取り下さい」


 神官の祈りが終わると、俺は違う空間にいた。


「どこだ、ここ?」


 周りには白い霧のような、雲のようなフワフワした物が立ち込めている。

 どこからか、声が聞こえる。


 いや、声と言うよりも、頭に直接響く感じだ。

 サクラの【意識潜入】みたいだ。


(ありがとう。私の子供を連れて来てくれて)


(子供? 何の事だ?)


 目の前に、サクラともう一人女性が現れた。


 優しそうな品のある中年の女性だ。

 ギリシア神話に出て来そうな白い服を着ている。


 サクラはいつもの女子高生制服姿で、宙に浮いている。

 だが、いつもはグレーの背中の羽が、今は真っ白だ。


(私は、アプロディタ。人間は、私を神と呼びます)


 俺は事情がのみ込めず、サクラとアプロディタの顔をキョロキョロと見た。

 アプロディタが、話しを続ける。


(この子は、私の子供です)


 アプロディタは、サクラの頭を優しく撫でた。

 サクラは、嬉しそうに甘えた顔をしている。


(あの……。サクラは、悪魔だと思うのですが……)


(この子は赤ん坊の時に、天界から落ちたのです。長らく行方不明でした)


(すると……。サクラは天界から地獄まで落ちて、地獄で悪魔として育ったと?)


(そのようです。神殿に連れて来てくれたので、私の目にとまりました。ありがとう)


(それは、良かったです)


 なるほどな。

 どうりでサクラは、悪魔っぽくないハズだ。

 悪魔として仕事をしても、うまく行くはずがない。


(するとサクラは、アプロディタ様の子供だから……神なのですか?)


(いえ。神ではなく、天使です)


 天使か!

 スキル【飛行】が出来て、光魔法の適性が大きい。

 なるほど、納得だ。


 続けて、アプロディタは、俺に重大な事を告げた。


(お礼代わりに、一つ教えてあげます。あなたは、呪われていますよ)


 呪い?

 突然の指摘に、俺は戸惑った。


(でも、ステータスには【呪い】と表示されて、いなかったですよ?)


(ステータスに、全ての事象が、表される訳ではありません)


(誰の呪いですか?)


(それは、わかりません。でも、強烈な呪いですよ)


 俺は、アプロディタからの呪い宣告に考え込んでしまった。


 そうだな。

 言われてみれば、レベルがまったく上がらないとか……おかしいもんな。

 それが呪いの影響なら納得出来る。


 でも、誰の呪いなんだ?

 強烈な呪い?

 心当たりがないぞ……。


 俺が考え込んでいると、アプロディタが一方的に告げて来た。


(この子は、天界に連れて帰ります)


(えっ!?)


 連れて帰る?

 サクラをか?

 親子なんだし、サクラは天使だからか?


 アプロディタが言う事は、当然の事なのかもしれない。

 でも、俺は居ても立っても居られない気持ちになった。


 サクラが、いなくなる?

 そんな事は、想像もしなかった。


 サクラが俺に微笑む。


(ヒロトさん、ありがとう。ちょっと、行ってきます)


(待って! サクラ! 待ってよ!)


 周りの白い霧、雲のような物が急速に動いて行く。

 アプロディタの体が薄くなり、消えた。


 サクラの体も薄くなっていく。

 サクラの気配が遠ざかって行くのがわかる。


 サクラとの付き合いは短い。

 だが、期間が問題じゃない。


 俺たちは、お互い人に話せない事を、話し合った仲じゃないか。


 俺は、地獄帰りで転生者だ。

 その事は、サクラしか知らない。


 サクラがダメ悪魔だった事を、俺に話してくれた時、嬉しい気がした。

 まさか、別れが来るなんて思っていなかった。


 俺は【神速】でサクラを追いかけようとした。

 だが、出来なかった。


 今いるのは、現実世界じゃないみたいだ。

 動く事が出来ない。


 サクラの姿が消えた。

 サクラの声が、俺の意識に語り掛けて来た。


(ふふ。わたし、サクラって名前が気に入ってますよ)


 俺は、サクラと過ごした日々を思い出していた。

 サクラの笑顔、大暴れした時のヤンチャな雄叫び、膝枕した時に覗き込んで来た時の顔……。


 俺は、いつの間にか泣いていた。

 泣いて、サクラに懇願していた。


(ずっと、一緒に居ようよ! 一緒に居てくれよ!)


(ふふ。ありがとうございます)


 サクラの最後の言葉が、頭の中に響いた。



 目を開けると、木の床が見えた。

 床は、俺の涙で濡れていた。


 左を見ると、セレーネがいた。

 右を見ると、そこにいるはずのサクラが、いなかった。


 そこには、サクラのマジックバッグと冒険者カードだけが、残されていた。

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