第44話 ハゲールの約束と嘆き

 俺たちは、10階層のボス、オオヒクイドリに勝利した!

 だが、帰路が大変だった。


 ルドルのダンジョンには、転移の魔方陣がない。

 だから、1階層づつ、順番に上って行かなくてはならなかった。


 地上に出て、冒険者ギルドに到着したのは、夜8時の鐘が鳴るちょっと前だった。

 3人とも、クタクタに疲れていた。

 受付のお姉さんに、俺が話しかける。


「すいません。ヒロトのパーティーですが、ジュリさんは?」


「今日は、早番だから、もう帰りましたよ」


「そうですか。ハゲールさんは?」


「ギルドマスターは、出かけてます。今日は戻らないです」


 師匠の留守中、俺は朝晩、ジュリさんか、ギルドマスターのハゲールに、報告をする事になっている。


「じゃあ、伝言をお願いします。俺はヒロトです。俺のパーティーは10階層のボスを討伐して、無事帰還しました。以上です」


「え!? 10階層のボス!? あなた達が、ダンジョン踏破をして来たの?」


 冒険者ギルドの中がざわついた。

 だが、そんな事に構っていられない程、俺達は疲れていた。


「はい。オオヒクイドリとか、獲物がわんさかありますが、明日の朝又来るので、精算はその時に……。今日は疲れたので、帰って寝ます」


「ああ、はい。わかりました。お疲れ様でした」


 俺達3人は、出口に向かう。

 背中越しに声が聞こえた。

 噂好きな冒険者たちが、早速俺たちを噂にしだした。


「おい、ウソだろ?」

「10階層のボスは、オオヒクイドリだぜ? あいつら素材は持ってたか?」

「明日の朝、持ってくるらしいぜ」

「マジか? まだ、あいつらガキじゃねえか!」



 もう、すっかり辺りは、暗くなっていた。

 夏だが、夜になると涼しくて、ルドルの街は過ごしやすい。


 3人で家に向かって歩く。

 街外れに来ると、カエルの鳴き声が聞こえて来た。


 俺は、ボソリとつぶやいた。


「疲れたね」


 サクラが続いた。


「疲れましたね」


 セレーネも続いた。


「疲れ切ったよ」


 それから、また3人で無言で家まで歩いた。


 家では、チアキママが晩御飯を用意して、待っていてくれた。

 俺達3人は、黙々とメシを食い、倒れるように寝てしまった。


 *


 ――翌朝。

 

 冒険者ギルドには、9時頃着いた。

 俺たちは、ロビーの冒険者やギルド職員から、一斉に視線を向けられた。

 ザワッとした空気が伝わってくる。


 受付カウンターでは、ジュリさんと……。

 ギルドマスターのハゲールが、お待ちかねだ。


「ヒロト! 10階層のボスを討伐したと報告を聞いたぞ!」


 ハゲールは、俺と目が合うと、両腕を組み威圧して来る感じで、話し始めた。

 どうも、ハゲールの口ぶりは、俺のダンジョン踏破を疑っているらしい。


「ええ。ボスのオオヒクイドリを持ってますよ。まだ、解体してないので、裏の解体場で出します」


 俺は淡々とハゲールに答える。

 10階層まで行って、倒して、帰って来たのは事実だ。

 誇張も、抑揚も必要ない。


 ハゲールは、グッ、っと眉間にシワを寄せた。

 指で受付カウンターを、トントンと叩きながら話を続けた。


「それと、訓練場で随分暴れたと聞くがな?」


「相手が絡んで来たので。降りかかる火の粉は、いつ、何時なんどきでも、拳で払いのけますよ」


 俺も、グッっと眉間にシワを寄せて、周囲を威圧するように答えた。

 ロビーの冒険者たちが、小声で話しているのが聞こえてくる。


「何があった?」

「ヒロトのヤツが、訓練場で……」

「腕を斬り落としただと!?」

「間違いない。腕を再生してるところを見たぜ……」


 ハゲールは、黙って俺をにらんでいる。

 だが、ここでヘコヘコしてしまっては、いけない。


 昨日、無理して10階層まで行って来たのは、俺たちがナメられないようにする為であり、冒険者として、パーティーとしての名を上げる為だ。


 ハゲールは立場上、小言の一言でも言いたいのだろう。

 俺は、それを受け入れる訳にはいかない。


 俺は、からまれた。

 からんで来た相手を、痛めつけた。


 また、からまれれば、また、やる。

 それだけだ。


 この件で、俺は誰にも、絶対に頭を下げない。


 俺は、そんな気持ちを込めて、ハゲールをにらみ返す。

 しばらくして、ハゲールの方が折れた。


「ふん! 昨日の事は、いいさ。訓練中の事だからな! ギルドマスターたる私の関知する所ではない。さて、解体場でオオヒクイドリを見せて貰おう。来い!」


 ハゲール、ジュリさんと俺たち3人は、裏の解体場に移動した。

 後ろから、ロビーにいた冒険者や手の空いたギルド職員が、野次馬で付いて来る。


 解体場には、解体担当、ブッチャーのミルコさんが待っていた。


「いよー! ヒロト! オオヒクイドリだってな!」


「ミルコさん。他にも色々獲物があるので、今日は、よろしくお願いします」


「ほう! 腕が鳴るね!」


 俺とミルコさんを中心に、人の輪が出来た。

 野次馬が多い。


 獲物の大きさを知っているセレーネとサクラが、みんなを下がらせる。


「もっと下がってくださーい!」


「2メートル越えだから、下がって! 出せないから! もっと下がって!」


 ハゲールとジュリさんも一緒になって、場内整理をした。


「よし! ヒロト! ここに出せ!」


 俺はマジックバッグから、オオヒクイドリを取り出した。

 空いたスペースにオオヒクイドリの巨体が横たわる。


 周りの野次馬が、騒ぎ出した。


「うおおお!」

「デカイ!」

「初めて見た!」


 セレーネとサクラは、野次馬が驚く様子を見てご機嫌だ。


「みんなびっくりしてるね~」


「平伏せ! 平伏すが良いぞ!」


 ミルコさんとハゲールが、座り込んでオオヒクイドリをチェックしている。


「コンディションは、良いですね」


「うーむ。少し大きな個体じゃないか?」


「ですね。久しぶりの水揚げですから、成長していたのかもしれません」


「よし! 商人ギルドに、すぐ連絡を入れよう」


 ハゲールが立ち上がり、宣言した。


「ヒロト達の戦果を確認した! 10階層のボス、オオヒクイドリで間違いない。ヒロトのパーティーは、ルドルのダンジョン踏破を達成した。ギルドマスターとして、これを認める」


 解体場は、ちょっとした騒ぎになった。

 野次馬達が口々に囃し立てる。


「おおお!」

「ヒロトも、やるもんだな」

「あの2人の女の子も新人だろ?」


「最年少記録か?」

「お貴族様の大人連れなら、年齢一桁の記録があったと思うが……」

「あの3人のように、若手だけで踏破したのは初だな」

「実質、最年少踏破記録だな」


 サクラの狙い通りになっている。

 これで俺たち3人に、ちょっかいをかけて来るヤツは、減るだろう。


 俺が周りの反応に満足していると、ハゲールが違う話をふってきた。


「……ところでヒロト」


「何ですか?」


「オマエ……、今、マジックバッグから、オオヒクイドリを出したよな?」


「……」


「それ、ギルドの備品……? では、ないよな? 形が違う」


「ええ、これは俺の私物ですよ」


「私物? それ、どこで手に入れたんだ?」


 野次馬の話し声が、ピタリと止んだ。

 儲け話になるかもしれない、と俺とハゲールの会話に耳をそばだてている。


 マジックバッグは、高価なアイテムだ。

 それを、俺が持っている。


 年齢的にも、冒険者のランク的にも、俺が高価なマジックバッグを金を出して買うのは不自然だ。

 となれば、ダンジョンで見つけた! とみんな考えている。


 野次馬冒険者たちの熱い視線が、俺に注がれる。

 欲まみれで、ギラギラしている。


「いや……。それは、ちょっと……」


 俺は、とっさに即答を避けた。

 だが、ハゲールは、じっとりとした目で俺を見ている。


「ダンジョンで……、出たんだろ?」


「いや、まあ……」


「どこの階層だ?」


「まあ、それは、ちょっと……」


 野次馬からのプレッシャーが凄い。

 だけど、ダンジョンの精霊から貰ったと話すのは……。

 ヒロトルートや精霊ルートが、バレる事になるから避けたいな。


「教えてくれたら、オオヒクイドリの解体費用は、サービスするぞ」


「えっ!? 無料ですか?」


「そうだ。他に獲物があるなら、それも解体費用を無料にしてやるぞ。だから! 階層を教えろ!」


 なんだ?

 なぜハゲールは、この情報にこんなに固執するんだ。

 俺が困惑していると、受付のジュリさんが耳打ちしてきた。


「ヒロト君。そのマジックバックがダンジョンの宝箱から出たのなら、ルドルのダンジョンの良い宣伝になるのよ。だから、教えてあげて」


 そうか。

 良いアイテムが出たとなれば、ルドルのダンジョンの良い宣伝になる訳か。


 なら、細かな事情は省いて教えちゃうか。

 解体費もタダになるみたいだし。


「4階層の隠し部屋です。金色の宝箱から出ました」


 俺が、マジックバッグの出所を教えると、一斉に冒険者達が動いた。


「4階層で金箱だと!?」

「隠し部屋だ!」

「マッピングのスキル持ちを探せ!」

「紙とペンだ! 急げ!」


 解体場は、大騒ぎになり、冒険者達は次々にダンジョンへ向かった。

 5分もすると、冒険者達はいなくなった。


 俺とセレーネとサクラは、お互い目配せをして苦笑した。

 確かに、4階層でマジックバッグを手に入れた。

 だけど、あれはダンジョンの精霊が、特別にプレゼントしてくれたものだ。

 あいつらは、空振りになるだろうが……。

 まあ、それはそれで……。


「じゃあ、ギルドマスター。本当に、解体費用は無料にして貰えるんですね?」


「ああ。約束だからな。他の獲物も出して行けよ」


「わかりました! セレーネ、サクラ、獲物を出そう!」


 俺達三人は、次々に獲物をマジックバックから取り出した。

 ダンジョンボア、ダンジョンバット、ジャイアントバットなどなど。


 すぐに場所がなくなり、俺達は訓練場の方に獲物を出し始めた。

 ハゲールが焦った様な声を出した。


「お、おい! まだあるのか!」


「はい。それは、行きの分です。これから帰りの分も出します」


「な! なに~!」


「いや~、無料なんて大助かりですよ~! ハゲールさん、ありがとうございます!」


 セレーネとサクラも笑顔で、ハゲールにお礼を述べた。


「ありがとうございまーす」


「感謝です! ギルドマスター!」


 ハゲールの嘆き声が、解体場に響き渡った。


「そんなのありかー!」

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