第37話 ダンジョンに不似合いな、双子の少女再び

「……トさん。ヒロトさん。起きて下さーい」


「うお!」


 ああ。寝てた。

 いや、違う。


 サクラの魔法【スリープ】の誤爆で、眠らされてしまったのだ。

 俺達のいる隠し部屋の中には、ダンジョンボアが、わんさかいる。


 俺は、急いで床から体を起こした。

 サクラは、ニコニコと笑いながら俺を見ている。


「どうなった!?」


「全部倒しておきましたよ」


「えっ?」


 部屋の中を見回すと、すでにダンジョンボアは倒されていた。

 口から舌を出して昇天しているダンジョンボアや、頭や口からから血を流してピクリともしないダンジョンボアが、部屋の中に倒れていた。


「えっと……。サクラ、お疲れ。ありがとう。セレーネも起こしてあげて」


「はーい」


 サクラは、フワフワと空に浮いて、まだ眠っているセレーネを起こしに向かった。

 俺は、倒れて息をしないダンジョンボアの間を歩いて、宝箱へ向かった。


 ダンジョンボアは、どれも頭に一撃を食らっている。

 それ以外は、打撃痕や剣の跡が見あたらない。


 いくら魔法で眠らせているとは言え、素手で一撃で仕留めるとは……。

 サクラは、タダ者じゃないな、と改めて思った。


 うん。彼女を怒らせてはいけない。

 サキュバらないように、気を付けよう。


「すごーい! これサクラちゃんが、全部殺ったの?」


「ふふ。ダンジョンボアなんぞ、ハエを叩くようなモンですよ」


 セレーネが目を覚まして、サクラの成果に驚いている。

 ウチの女子は血の気が多いな。

 一部、物騒な言葉使いが気になるが、スルーしておこう。


 さて、宝箱を開けますか。


「おーい、宝箱開けるよ~!」


「ヒロト待って! 見たい! 見たい!」

「ああ! わたしも見まーす!」


 2人に声を掛けると、こっちに駆け寄って来た。

 宝箱は木製で蓋がドーム型だ。鉄枠が角についてる。


 カギは……。

 かかってないね。


 蓋を開けると、中には古ぼけた装備品が入っていた。

 革鎧、革のヘルム、錆びた鉄のロングソード、などなど、2人分入っていた。


 革鎧や革のヘルムは、所々黒ずんでいる。

 血の跡だ。


 おそらく……。


 持ち主だった冒険者2人組は、この階層で迷って、この隠し部屋にたどり着いた。

 ところが、この部屋には大量のダンジョンボアが待ち構えていて、2人はここで力尽きた。


 そんなところだろう。


 先ほどの賑やかな空気は、もうない。

 3人とも無言になった。


 セレーネがポツリとつぶやいた。


「箱から出してあげようよ。おうちに帰してあげようよ」


「そうだな」

「そうしましょう」


 ショルダーバッグから、大き目の布袋を取り出した。

 革鎧や革のヘルムを、袋にしまう。


 ギルドカードも出て来た。

 一緒に袋にしまう。

 装備品を取り出すと、宝箱は白い煙になり消えてなくなった。


 その時、急に背後から声を掛けられた。




「何をしているの?」

「何をしているの?」




 サクラは、素早く空中に飛びあがった。

 セレーネが振り向きざまに、矢を抜いて弓につがえた。

 俺も思わずコルセアの剣を抜いた。


 振り返るとそこには、以前、1階層で会った双子の少女がいた。


 柔らかそうな黒のドレスに赤い靴、カールした髪。

 ダンジョンにふさわしくない上品な姿で、ダンジョンボアの死体の間に、無表情で双子の少女は立っていた。


「女……の……子……?」


 セレーネが、弓を下しながらつぶやいた。

 この状況に混乱をしている。


 あり得ない。

 剣も鎧も装備しないで。

 4階層の主要ルートから外れた隠し部屋に。

 双子の女の子が現れるなど。

 あり得ない。


 たぶん、セレーネは、そんな風に考えているだろう。

 俺も前に初めて双子に会った時は、動揺した。


 だが、2回目の今回は、登場にビックリしたけれど、気持ちは落ち着いている。

 正体も察しが付いている。


 たぶん、彼女たちは、ダンジョンその物。

 ダンジョンの意思、とでも言うべき存在だ。


 俺は剣を収めると双子に近づこうとした。

 空中で警戒していたサクラが、俺の前に降り立つ。


「ヒロトさん! 高エネルギー体です! 下がって!」


 サクラは、切羽詰まった声を出した。

 高エネルギー体か……、そうだろうな。


「大丈夫。彼女たちは知り合いだよ」


 サクラに声を掛けて、双子に向き合う。

 双子は前に会った時と同じ調子で、完璧にシンクロした口調で話しかけてくる。



「ここじゃない」

「ここじゃない」



 今度は俺に、何を伝えようとしているのだろう?

 双子は俺を、ジッと無表情に見つめる。



「あっちの方が、もっと良い物がある」

「あっちの方が、もっと良い物がある」



 あ!


 初めて双子が違う動きをした。

 片方は右の方を指さし、もう片方は左の方を指さした。


 俺は、彼女たちの言いたい事がわかった。

 こことは違うルート、ヒロトルートや彼女たちが案内してくれたもう一つの階段ルートを探索しろと言いたのだろう。


 俺は彼女たちと会話をする事にした。


「ありがとう。でも、あっちの方へは、行けないんだ」



「どうして?」

「どうして?」



 双子は表情を変えずに、シンクロして聞き返して来た。


 サクラは、まだ警戒していて、殺気が伝わってくる。

 双子はサクラの殺気を無視している。

 だが、緊迫した空気が、部屋の中に満ちている。


 今は、とにかく素早く動いちゃだめだ。

 俺はゆっくりと、話し続けた。


「理由は2つある。1つは、マジックバッグが、ないからだよ」



「マジックバッグ?」

「マジックバッグ?」



「そう。この獲物や荷物を持ち運ぶのが大変なんだ。俺達は人間だから、荷物を沢山持てないんだ」


 双子は視線を俺から外して、倒れたダンジョンボアや布袋を観察するように、ジックリと見ている。

 俺と双子の会話が成立しているのを見て、サクラが少し警戒を緩めたようだ。

 セレーネは、静かに、俺と双子の成り行きを見ている。


 双子は俺に視線を戻した。

 俺の言い分に納得したらしい。



「わかった。もう一つの理由は?」

「わかった。もう一つの理由は?」



「セレーネの矢だ。矢は消耗品だから、あっちの探索をするなら大量に用意しなきゃならない。けど、矢は高いんだ」


 これも本当だ。


 セレーネは、夜、使った矢の補修をしているが、全部を修理出来る訳じゃない。

 やじりがダメになったり、矢が折れてしまったり、矢羽が破損したりと、ロスも相当出る。


 ホーンラビット狩りの時は、稼ぎも大きかったが矢も相当買い込んだ。

 今後、下の階層を探索するのに、矢は頭の痛い問題だ。


 双子はセレーネを、ジッと見た。

 セレーネは、双子に見つめられて、居心地が悪そうにしている。


 ひょっとしたら、サクラの様に【意識潜入】しているのかもしれない。

 双子は、俺に視線を戻した。



「わかった。マジックバッグと矢が問題なのね」

「わかった。マジックバッグと矢が問題なのね」



「そうだ」


 双子は俺の背後を指さした。



「用意した。だから、あっちの方へ、探索に来て」

「用意した。だから、あっちの方へ、探索に来て」



 俺達が、振り向くと豪華な金色の宝箱があった。

 セレーネが宝箱に近づき、手で宝箱を軽く叩いた。


「さっき、装備品を取り出したら、宝箱は消えたよね?」


 サクラも驚いている。

 セレーネの隣に立って、宝箱を触っている。


「これは別のですね。さっきのは木の宝箱です。これは金の宝箱、金箱ですね」


 俺は双子の方に振り向きながら、礼を述べた。


「ありがとう! これで……」


 振り向くと、そこには、もう双子はいなかった。

 ダンジョンボアの死体の山が、ただ、そこにあるだけだった。

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