第13話 3日目 冒険者Fランクから昇格試練

 3日目、今日が昇格条件の最終日だ。

 俺は早く寝たので体調万全だ。

 チアキママが作ってくれた朝飯がウマイ。


 しかし、わからないのが……。

 チアキママと師匠は妙に肌の色つやが良い。


 解せぬ……。


 昨晩何かあったのだろうか?


 チアキママはお昼に、とミートパイを作ってくれた。

 しかし、俺でなく師匠にミートパイを渡した。


 解せぬ……。


 だが俺はまだ12才の子供だ。

 ここは子供らしい発言にとどめておこう。


「夜、何か物音がしていた気がするけど……、おかあさん、師匠、知りませんか?」


 ギクウゥゥゥゥゥゥ!

 と、空間を捻じ曲げそうな位の音が聞こえた気がしました。


 チアキママは真っ赤になり。

 師匠は目が泳いでいます。


 ああ、さわやかな良い朝だ。



 *



「師匠、いますね!」


「ああ、いるな!」


 ダンジョンの入り口前に若い冒険者が集まっている。

 首から下げているギルドカードはみんな鉄製のアイアンカード、Eランクだ。


 みんな眠そうだ。グッタリとしている。

 一晩中ダンジョンの前で張り込んでたのかね~。俺達を探しまくってたのかね~。

 ププ、お気の毒様~。


「ヒロト、なんか人数が増えてないか?」


 確かに!

 昨日は12人だったが……。

 ああ、18人いる。


「6人増えましたね。18人いますよ。まあ、でも、予定通りにヒロトルートから2階へ降りていきます」


「その過程で、まく、と」


 師匠が嬉しそうに笑っている。

 悪だくみ大好き星人だな。


「ええ、みんなアイアンカード……、Eランクですから【マッピング】スキル持ちはいないでしょう」


「ご愁傷様と彼らに伝えたいね」


 8の鐘(午前8時)が丁度鳴っている。

 ここから1時間で連中をまいて、タミーマウスの討伐に入る予定だ。

 さてと、あいつらに挨拶してやるか……。


「みんなおはよう。今日は通常ルートを外れて、地図に載ってないダンジョンの奥に入るから」


「……」


 連中が恨みがましい視線で俺を睨んで来た。

 寝不足の原因が俺だと思っているだろうね。

 ふふ、俺が原因だけど。


「しっかり付いて来てね。俺達に、はぐれたらダンジョン内で遭難するからさ」


「ハッタリだ!」

「Fランのクセに!」

「生意気言ってんじゃねぇ!」


 おー、おー、怒ってる、怒ってる。

 いつまでその勢いが続けられるかな。


 俺は罵声を背中に浴びながら、師匠と一緒にダンジョンに入った。

 入り口から1階層への階段を降りて行く。


 カツ! カツ! カツ! カツ!


 ガツ! ガツ! ガツ! ガツ!


 後ろの足音が凄いな。

 妨害役全員が付いて来てるな。


 1階層の広場は、朝一なのに相変わらず人が多い。

 そんな中、大人数を引き連れて降りて来た俺達を見て、普通の冒険者達がギョッっとしている。

 驚かせて申し訳ない。


「じゃあ、ここから俺達違うルートだから」


 後ろから付いて来た連中に軽く挨拶して、1階層の広場から左の通路に入る。

 こっちは地図に書いてない方だ。

 左の通路に入った瞬間、俺と師匠は走り出した。

 一気にダンジョンの奥へ進んでいく。  


「ちょ!」

「えっ! そっち!」

「早く追え! 追うぞ!」


 後ろで動揺した声が聞こえる。

 そりゃそうだ。

 広場から左へ行く通路なんて、普通は通らない。


 後ろを振り向くとかなりの人数が、追って来たらしい。

 12、3人ってとこかな。


「意外と追って来たな」


 後ろを振り向きながら師匠がノンビリした声を出した。


「広場から左へ真っ直ぐですからね。引き返しやすいですから」


「じゃ、そろそろジグザグで行くか?」


「そうですね」


 俺と師匠は右に曲がった。


「曲がったぞ!」

「右だ! 右!」


 後ろから、ちゃんと追って来ているね。

 まだまだ元気。


「その元気がいつまで続くかな……」


 俺と師匠は、右、左、右、左とジグザグに進む。

 どんどんダンジョンの奥へ突き進んでいく。

 1階層とは言え、地図に書いていないエリアだ。


 追跡してくる連中は、徐々に心細くなったみたいだ。

 追跡するスピードが落ちている。

 中には立ち止まって、地図を出し方向を確認する奴も出て来た。


「師匠、そろそろ。フフフ」


「そうだな。ムフッ」


 俺と師匠は、左、左、左、左と曲がって、追跡している連中の後ろに出た。

 俺達を見失い、現在地を見失い、連中は慌てている。


「クソッ! あいつらどこだ!」

「なあ、戻った方が良くないか?」

「一旦入り口まで下がろう」


 お! 大分弱気な奴らが増えたみたいだな。

 俺と師匠は【忍び足】で足音を殺して、後ろから近付いた。

 そして、俺達はいきなり連中の背後から声を掛けた。


「あれ! 何やってるの?」


「やあ! 君達! どうしたのかなぁ?」




「うああああああ!」

「ひゃあぁぁぁぁ!」




 クククク!

 驚いてるよ!

 びっくりしてるよ!


 俺と師匠は腹を抱えて笑い出した。

 ヒヒイ! ヒヒヒ! ヒヒヒヒ!


 あー面白い。

 連中の驚いた顔、俺達は幽霊じゃないっつーの。

 そんな、恐ろしい物を見る様な目をするなよ。

 ブフフフ!


「さあ、ヒロト! もっともっと奥へ行こうか!」


「はい、師匠」


 俺達は腰を抜かした連中の間をゆっくりと歩いた。

 だが、俺は優しく、親切なジェントルマンだ。

 12才に見えても中身は大人……。

 追跡して来た連中は、まだ冒険者になりたての子供だ。


 俺は振り向いて教えてやった。


「いいかい? 入り口に戻るなら、そこを右に曲がれ。そうすれば、人通りの多い通路に出られる。人の多い通路に出たら右。それで入り口に戻れる」


 連中は顔を見合わせたり、キョロキョロしている。


「じゃあな」


 俺達はゆっくりと通路の奥の方へ進む。

 後ろから声が聞こえる。


 追跡を中断して戻るか。

 追跡を続行するか。

 もめてるみたいだ。


 後ろを振り返ると、7人が俺達を追跡して来た。


「ヒロト、まだ7人来てるな」


「意外と多いですね。。根性があると言うか……」


「まあ、ギルドマスターのハゲールにキツク言われたんだろう」


「気の毒と言えば気の毒ですが……」


 そして俺達はまた左右と通路をシグザグに曲がって走りながら2階層への階段へ向かった。

 ヒロトルートの階段を降りる頃には、追ってくる者はいなくなっていた。



 *



「はい! 50匹討伐です! 3日間の合計討伐数は112匹! おめでとう! ヒロト君、これでEランクだよ!」


 ギルド受付のジュリさんが、笑顔で俺を祝ってくれた。


 追跡者をまいた後、俺は2階層の奥の方でタミーマウスを狩った。

 師匠から教わったチーズレーションの罠で50匹を討伐した。

 師匠は昼飯にミートパイを食べる時だけ起きてきたが、それ以外は寝ていた。


 なぜそんなに眠いのですか?

 と試しに聞いてみたが、ムニャムニャ言って良く聞き取れなかった。

 まあ、その事は放っておこう。


 とにかく、3日間で2階層以下で100匹以上の討伐、と言う条件はクリア出来た。

 これでEランク! アイアンカードだ!

 木製のFランクカードとは、グッバイ!


「ギルドカード更新してあげるね!」


 ジュリさんが、俺の木製のギルドカードを鉄製のギルドカードに取り換えてくれた。

 これでもうFランとは言わせん。


「なあ、ハゲール、生きてる? 息してる?」


「……」


 隣では師匠がハゲールをからかっている。

 ハゲールは、苦虫どころか、正露丸を一瓶噛み潰した様な顔をしている。


「くやしい? ねえ、くやしいの?」


「ダ、ダグ先輩!」


「ん~、何かな~?」


「お、お願いがあります……」


 ハゲールがプルプルと震えている。

 ざまあないな。


「実は……、ヒロトについて行った冒険者が5人戻って来ません」


 そりゃ、そうだろう。

 今日は結構深い所まで入った。

【マッピング】スキルがなきゃ遭難するよ。


「ハゲール! オマエが妨害なんて余計な事するからだよ。自業自得、あーあ、これは問題だな~♪ ギルドの本部に報告だな~♪」


「クッ……。そこで捜索が必要ですが、【マッピング】スキルを持っている人間がいません。ダグ先輩に捜査をお願いしたいのですが……」


「いやだ~♪ 俺、疲れてるモーン♪」


「そんな! 先輩しかいないんですよ! 【マッピング】スキル持ちは!」


 師匠はニヤニヤとしながら、右手を丸めて親指でクイクイっと俺を指した。


「ヒロトは、【マッピング】スキル持ちだぜ。ヒロトに頼めよ♪」


「な! コイツが【マッピング】!?」


 ハゲールは、目を丸くして驚いた。

 まあ、驚くわな。

 つい数日前まで、Fランだ、なんだと俺をバカにしていた訳だからね。


 俺は黙ってスキルボードに手を載せた。

 師匠はスキルボードに映し出された俺のスキル【マッピング】を指で叩いた。


 それを見てハゲールは心底驚いた様だ。

 目だけでなく口も大きく開いている。


 そんなハゲールを見て、師匠が楽しそうにしている。


「ハゲール♪ ほ~ら、【マッピング】スキル持ちの冒険者が目の前にいるよ~♪」


「う……。グ……。わ、わかりました」


 ハゲールは師匠に捜査を依頼するのをあきらめたようだ。

 ガックリ肩を落としている。


 それから、俺に向かってギロギロと威嚇するように目を向けた。

 腕を組んで、偉そうに命令をして来た。


「オイ! 貴様! ダンジョンに行って5人連れて来い!」


 ふーん、そういう態度取るんだ?

 ふふ、悔しから? 悔しいよね?

 でもね。タダじゃやってあげないよ。


「1人あたり銀貨3枚、3万ゴルド。5人で15万ゴルドでお引き受けいたします」


 これは昨日師匠と打ち合わせておいた妥当な金額だ。

 ダンジョンで行方不明者の捜索をするのは命がけなので、探す階層によるが数十万ゴルドの依頼金額が相場らしい。

 今回は危険度の低い1階層なので、1人3万ゴルドとお手軽な金額にした。


 だが、それでも。

 ハゲールにとっては、俺が金を取る、と言い出したのは予想外、心外だったらしい。

 顔を真っ赤にして怒り出した。


「貴様! 見習いの分際で調子に乗るな! 俺の恩を忘れたか!」


 俺は冷ややかにハゲールの顔を見ていた。

 数日前なら俺もハゲールの剣幕にビビッってしまっただろう。


 だけど、俺はもう見習いじゃない。

 これからシンディを取り戻すためには、大金を稼いでいかなきゃならない。


 その為には冒険者としてなめられてはいけない。

 タダで仕事を請負うなんて論外だ。


 ここでギルドマスターのハゲールとの関係を、普通の冒険者とギルドマスターの関係にしなくてはならない。

 俺は冷静に、冷たい声でハゲールに話し出した。


「ギルドマスター、申し上げたい事があります」


「う……、な、なんだ」


 俺の冷たい気配に押されて、ハゲールは静かになった。

 元々頭の良い人なんだろう。

 空気が読める。


「俺は現在Eランクの冒険者です。見習いのFランクではありません」


「そ、それは、そうだ」


「なら、俺を普通の冒険者として扱って下さい。他の人と同じように」


「う……、わかった……」


「次に、恩とおっしゃてましたが、俺はそうは思っていません。誰もやりたがらないルート仕事を、俺に押し付けていただけでしょう。違いますか?」


「いや、そういう訳じゃないが……」


「少なくとも俺はそう思っていました。だからギルドマスターに恩は無いと俺は思っています」


「……」


「だから、無料で仕事をする事はありません。きちんとギルドから報酬と依頼を出して下さい。そうすれば、行方不明者のダンジョン内捜索をお引き受けします。次のDランク昇格につながりますしね」


 言えた! ちゃんと言えた! 良かった!

 俺は出来るだけ冷静に話していたけど、途中で声が震えてしまった。

 Fランとバカにされていた事や毎回ルート仕事に追いやられていた辛い事を、話ながら思い出してしまった。


 師匠が黙って背中をさすってくれた。

 先程までのおちゃらけた雰囲気は消えて、厳しい目でハゲールを見ている。

 ハゲールは居心地が悪るそうにモジモジとしていたが、やがて口を開いた。


「わかった。ギルドからヒロトに正式に依頼する。15万ゴルドで5人の行方不明者を捜索してくれ。依頼書はジュリにすぐ作らせる」


 ハゲールは改まった口調でちゃんと俺に依頼を出し、すぐにジュリさんに指示を出し依頼書を作らせた。

 念の為、もう一つ確認しておこう。


「これからは俺が1人でダンジョンに入っても、構わないですよね?」


「ああ、Eランク冒険者なんだから問題ないだろう」


 ハゲールは、俺に答えると奥の方へ引っ込んでしまった。

 俺はジュリさんから依頼書を受けとるとすぐにダンジョンに潜った。


 およそ2時間で行方不明者を連れて戻り依頼を達成。

 銀貨15枚を受け取った。


 師匠はギルドで俺の帰りを待っていてくれた。

 俺の顔をなんとも嬉しそうな顔で見て、いたずらっぽく俺に問い掛けて来た。


「もう、ルーキーなんて呼べないかな?」


「まだEランクですよ。ルーキーでお願いします」

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