呪いの赤い頭巾

朝霧

赤い頭巾

 とある辺境の村に、赤ずきんと呼ばれる少女が住んでいました。

 赤ずきんとはその村にしかない特殊な役割を背負った少女の事を指します。

 その村には古くから伝わる呪われた赤い頭巾がありました。

 その赤い頭巾は誰も被らなければ何の変哲も無い頭巾ですが、少女が被ると『魔なるもの』を引き寄せてしまう呪いを持っていました。

 赤ずきんとは、その赤い頭巾を被り、魔なるものを自分自身に引き寄せそれを狩る役割を担う少女のことを指します。

 なので赤ずきんには村で最も強い少女が選ばれるのです。

 

 数えて何代目になるのかわかりませんが、現赤ずきんである少女は村から少し離れた森の中にある小屋に住んでいます。

 赤ずきんの役割は魔なるものが村に訪れぬよう、自らに魔なるものを引き寄せ狩る存在です。

 ですから歴代の赤ずきんと同様に、現赤ずきんである彼女もまた村から少し離れた場所に住んでいるのです。

 現赤ずきんは元々村の生まれではなく、ちょうど赤ずきんが代替わりするその時に村に流れ着いた余所者でした。

 彼女は村に永住する権利を得る代わりに、大人の女性になるまでの3年間赤ずきんとしての役割を担うことになったのです。

「そろそろ、仕事」

 赤ずきんは赤い頭巾を被って見回りを始めます。

 森の中は特に異変もなく、今日は何だか平和そうな雰囲気です。

 しかし、油断してはなりません。

 赤い頭巾の効果は強力です、いつ魔なるものが現れてもおかしくはありません。

 赤ずきんは気を引き締めます。

 そんな時、赤ずきんの背後で何かが動く気配が。

 赤ずきんは腰の短刀に手を伸ばしながら振り返ります。

 しかしそこにいたのは魔なるものではなく、一人の青年でした。

 青い目の、何を考えているのかよくわからない表情の薄い青年です。

「驚かさないで……」

 腰に伸ばした手を引っ込めて、赤ずきんはホッと息をしました。

 その青年は赤ずきんとは旧知の仲で、彼女と一緒にこの村に流れ着いたのです。

 青年は何も言わずにずんずんと赤ずきんのもとまで歩いてきて、彼女の頭に手を伸ばします。

「脱げ」

「え、ちょっ……やめ……」

 青年は赤ずきんの赤い頭巾を無理矢理脱がそうとしました。

 赤ずきんは驚きながらも抵抗しました。

「いいからさっさと脱げ」

「待って……やめて……」

 赤ずきんはいやいやと抵抗しますが、青年はやめようとはしません。

 この村で最も強い少女は間違いなく赤ずきんでしたが、村で一番強いのは彼なのです。

 実は村どころかこの国で最も強い五人のうちの一人でもあったりします。

 抵抗むなしく赤ずきんの赤い頭巾が脱がされようとした直前、彼らの、正確にいうと青年の背後から叫び声が上がりました。

「こらーー!! 何やってるんですか!?」

 叫び声をあげたのは白いコートを羽織った小柄な人物。

 彼女は赤ずきん達よりも半年ほど後、つい最近村に流れ着いた少女でした。

 現赤ずきんの次に強い少女であるため、現赤ずきんが引退した後、次代の赤ずきんになることが決まっている少女です。

「真っ昼間から何やってるんですか!!? このクソ男!!」

 白い少女は若干顔を赤らめて叫びました、どうやらあらぬ誤解をしているようです。

「何って、この頭巾脱がせようとしてるだけだけど」

 あっけらかんと答えた青年に、白い少女はしばし考え込み。

 自分がとんでもない誤解をしていたことに気付いて、顔を真っ赤にしました。

「え……ええ、ああそういう……いえいえわかってましたし……」

 誤魔化しにかかった白い少女を青年は冷めた目で見つめました。

「そ、そもそもあなたが悪いんです!! なんだって赤ずきんから赤い頭巾を取り上げようとしてるんです!?」

 それじゃあ赤ずきんじゃなくなっちゃうでしょう、と白い少女は叫びます。

「だって、赤いから」

「はあ!?」

「赤は、身につけさせたくない」

 そう言って暗い影を見せた青年に、白い少女はある事を思い出しました。

 赤ずきんと青年は、かつてとある犯罪組織に所属していました。

 その組織の首魁の男の目の色は赤。

 赤は、赤ずきんを奴隷のように扱い虐げていたあの男の色でした。

「……えええ……そういう理由ですか?」

 てっきり彼女が魔なるものをおびき寄せる囮役をやらされていることが不満であるのかと考えていたのですが、意外な理由に白い少女は目を白黒させました。

 よく考えれば、こんな辺境に蔓延る魔なるもの達ではどう頑張っても赤ずきんには傷一つつけられないでしょう。

 青年よりも弱いですが、赤ずきんだって結構強いのです。

「……だからと言って、その赤い頭巾を取り上げる事は……うーん、ちょいとお待ちを」

 と、白い少女は言って軽い足取りで現赤ずきんの前に立ち、赤い頭巾を睨みつけるように注視しました。

「あ、あの……どうしたの……?」

 注視されて若干挙動不審になった赤ずきんが困惑の声を上げた頃、白い少女は「なるほどそういう仕組みか」と小さくつぶやきました。

「……ああ、すみません。この赤い頭巾の仕組みをちょっと解析してました。元々なんの変哲もない赤い頭巾に魔寄せの術式が組まれてるだけですねこれ」

 それは今も昔も魔法具の製作を生業とする白い少女だからこそわかったことでした。

「……だからなんだ?」

 青年の疑問に少女は飄々と答えます。

「つまり、別にこれは赤い色である必要はないのです。ぶっちゃけ別の色で染めてもなんの問題もありません」

「なら今すぐ変えろ」

「こ、これは元々この村の物。勝手に色を変えるわけにはいきません」

 青年の言葉に白い少女は慌てた様子でそう言いました。

 その後、青年は現赤ずきんを連れて村長の家へ。

「……というわけで、色を変える許可を」

 軽く殺意を放ちながらそう言った青年に、村長は伝統がどうやらとか、村人が納得するかどうか……などと言ってマゴマゴとしていましたが。

「……わかった、許可しよう」

 結局、国で最も強い五人のうちの一人である青年の圧に耐えきれなかった村長は、しぶしぶ赤い頭巾の染色を許可したのです。

 こうして、赤い頭巾は染色され、青い頭巾に生まれ変わることとなりました。

「ついでに色々付け足してもいいですか?」

 染色を依頼された白い少女は村長を含めた村の偉い人に、赤い頭巾の効果はそのままに様々な機能を付け足す事を提案しました。

 できるものなら頼むと村長達に依頼された白い少女は、張り切って赤い頭巾の染色と改造に取り掛かりました。

 若干やりすぎました……と、身につけた人の魔法の威力を高め、ある程度の敵の攻撃を無効化し、ついでに自動回復の機能まで付け足された青い頭巾が赤ずきんに渡されたのは、青年が村長に頭巾の色を変えるように脅……いえ、提案した1週間後のことでした。

 その後、この村で頭巾をかぶり、魔なるものを引き寄せて狩る役割を担う少女の事は青ずきんと呼ばれることになりました。

 青ずきんが青ずきんとしての役目を終えた後、青い頭巾は白い少女に受け継がれました。

 そして青い頭巾は常に白い色を身につけている白い少女の手によって、今度は白色に染め直されました。

 そのため頭巾をかぶる少女の事を今度は白ずきんと呼ぶようになりました。

 白ずきんの次代の少女が今度はまた別の色にしてほしいと頼んだため、いつしか呪いの頭巾はその時かぶる少女の好きな色へ毎回染め直されることになりました。

 さて、青ずきんのその後に関してですが、彼女は役目を終えた後青年と結婚し、幸せな一生を送ったと言われています。

 めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪いの赤い頭巾 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ