リフレイン

朝霧

もう二度と会えない代わりに、ねがいごとを

 それは今から7年前の出来事。

 自分がまだ"ようせい"と呼ばれる存在を認識できた頃の話。

 夕暮れ時"ようせい"たちを追いかけて、いつの間にかたどり着いたのは、見知らぬ建物の中。

 その建物の、その部屋の前までどうやってたどり着いたのか、どうやって行ったのかは、全く思い出せない。

 ただ、気がついたらそこにいた。

 その部屋の中を覗き込むと、中には陰鬱そうな女が一人いた。

 年齢は高校生か、中学生くらい。

 ざんばらにされたような短い黒髪の女だった。

 その頰には青痣が、全体的に薄汚れた黒い制服の所々に、白い汚れが付いている。

 陰鬱そうな女はその部屋の中を無表情で見渡した。

 自分の方にも目を向けたが、その女は自分の存在には気付かなかったようだ。

「さようなら」

 女はそう言った。

 陰鬱な見た目や雰囲気には似合わない、軽やかな声だった。

「さようなら」

 もう一度女がそう言った後、女の体は崩れ落ちた。

 その時に赤が混じった銀色が女の手の中で瞬いた。

「あ……」

 女の小さな手のひらの中には赤い液で汚れたナイフが。

 黒い制服からそれを汚しているのと同じ液が。

「さようなら」

 女はそう言って、自分の腹にナイフを突き刺し、勢いよく引っこ抜いた。

「さようなら」

 引っこ抜いたナイフをもう一度腹へ。

「さようなら」

 もう一度。

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

 ザクザクと、狂ったように。

「もうやめろ!!」

 叫んで女に駆け寄った、だけど女はこちらを見もしない。

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

 自分を刺し続ける女を止めようと、自分は女に手を伸ばした。

 だけど、自分の手のひらは女の体をすり抜けた。

「――え?」

 わけがわからないうちに、女は自分の腹を刺し続ける。

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

「さようなら」

 そして、女はナイフを取り落とした。

 女の腹は真っ赤に染まってぐちゃぐちゃになっていた。

 自分は悲鳴をあげていたけど、女はやはり無反応。

 だけど小さく口を動かして、ほんの少しだけ笑いながら。

「ばいばい、――君」

「え?」

 女が呟いたのは確かに自分の名前だった。

 どういうことだと女の顔を見た。

 だけど、女はそれきり何も言わなかった。

 物言わぬ女の顔を見つめていたら、どこかから声が聞こえてきた。

『忘れちゃダメだよ。覚えていてね』

『今度は、助けられるといいね』

 聞こえてきた声は無邪気にそう言った。

 それは聞き慣れた"ようせい"達の声だった。

 だけど、姿はどこにもない。

『さようなら、ぼくらのともだち』

 その声を最後に、気が付いたら家の前にいた。

 その日以降、自分は二度と"ようせい"の姿を見ることができなくなった。


 "ようせい"達の姿が見えなくなった5年後、小学6年生になった時、自分は親の仕事の都合でとある田舎町に引っ越すことになった。

 そして中学に上がる時、自分は衝撃を受けた。

 ――その中学の女子生徒の制服が自分が"ようせい"を最後に見たあの日に見た女が着ていた制服と同じものだったのだ。

 そして入学式が終わって教室に入った後、それを遥かにしのぐ衝撃を受けた。

 自分の隣の席に座ったのは、あの日の陰鬱な女だったのだ。

 と言っても髪は鬱陶しいほど長くて、制服は真新しいものだったが。

「……なにか?」

 思わず凝視していた自分に女は困惑しているようだ。

 その声はあの日聞いた軽やかな声と別物の、小さくて聞き取りにくい、見た目にふさわしいひどく陰鬱な声だったが。

 なんでもないと首を横に振って、慌てて前を向いた。

『さようなら』

 あの日聞いた声が、脳裏に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リフレイン 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ