植物が枯れる村

秋あがり

疾走する高級車といじけた田舎

 一応補装はされているが道幅が狭い田舎道を、黒塗りの高級車が疾走していく。高速道路と勘違いしているとしか思えない速度で。知人Sが運転するこの高級車の中で、俺はすでに車酔いしていた。このSは何が楽しいのか、鼻歌さえ歌い始める始末である。妙な加速と減速を繰り返し、ガタガタ大きく揺れながら走行しているのだから、こっちはたまったものではない。そもそも俺は乗り物酔いしやすいのだ。先刻からスピードを落とすように言い続けているが、Sは全く意に介さない。それどころか、

 「こういういじけたクソ田舎を五百万円以上もする車でぶっちぎるから意味があるんですよ」

 などと戯言まで吐いている始末。こいつはこの村を心底憎んでいるらしい。ちなみにこいつが「いじけたクソ田舎」と称したこの村は、俺とSが育った村である。この学区には小学校も中学校も一つしかないので、自動的に九年間同じ連中と過ごすことになる。しかも一学年一クラス。この村は過疎化が進み、人口が少ないのだ。俺は親の都合で中学卒業とともに引っ越したため、それ以降この村を訪れることはなかった。なぜかSは子供の頃からこの村のことが嫌いだったようだが、俺はその理由を知らない。

 橋をこえて少し進んで脇道に入り、淀んだ川沿いの道を進む。道幅はさらに狭くなり、蛇のように曲がりくねっている。さすがのSも先ほどよりスピードを落として運転しているが、それでも明らかに速度超過である。人が住んでいると思われる家はぽつんぽつんと見られる程度で、放置された田畑と空き家が目立つ。法定速度を無視して疾走するSの車の窓からはじっくりと景色を眺めることなどできないが、それでも植物の緑が少ないような気がした。秋という季節のせいか、この村の過疎化が深刻なせいか、それとも実際に必要以上に枯れているのか。しかしSを褒めるわけではないが、いじけた田舎とは上手い表現だと思った。

 この辺りは俺が昔住んでいた家から少し離れているが、それでも懐かしさのようなものがこみ上げてくる。しかし、それは他人事のような三人称の感情だ。俺にはこの村に対する思い入れのようなものがないらしい。Sのような憎悪はないが、好意的な感情もない。いい加減に車酔いがしんどくなってきた俺はぶっきらぼうにSへ問いかけた。

 「まだ目的地に着かないのか?」

 鼻歌を中断されたのが気に入らないのか、Dは原稿の棒読みのように、

 「もうすぐです」

 と抑揚のないトーンで返してくる。俺は助手席で思いきり後方に体重をのせて、窓から入ってくる風に身を任せた。

 さらに二、三分ほど車に揺られていただろうか。急に減速した車は、誰かの家の敷地へと勝手に入っていった。見たところ空き家ではないようだが、生活感に乏しい家だ。もちろんこいつの家ではない。その家の前にはすでに来客のものと思われる車が一台停められていた。Sの車に勝るとも劣らない高級車だ。すると家の中から一人の恰幅のいい老人が出てきて、こちらを一瞥してからその高級車に乗り込んだ。その老人を一言で例えるなら時代劇に登場する越後屋。ファーストインプレッションはあまりよろしくない。

 「嫌なじじいでしょう。この村の代表みたいな立場の人間ですが、ろくなものじゃない」

 と悪態をつきながらSは車を降りて勝手に家の裏へ回り、さらに小道をずかずか歩いていく。俺は誰かに見られてはいないかと心配になり、周囲に目を配りながらSの後を追った。小道の先には小さな畑が広がっていた。

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