目覚めたら不思議がリアルな現実だった

あやちん

第1話*亨は目を覚ました

 目が覚めたら世界が変わってた。


 そんな不思議なこと、あるはずがない? 普通、常識的に考えれば誰もがそう言うだろう。物語や映画じゃあるまいし、そんなことが起こるはずないではないか。しかし、世界は広い。宇宙の果ては今をもって計り知れるものではない。今認識してる世界以外にも存在する世界もあるかも知れない。


 そんな世の中、この一瞬先にでも何が起こるかなんて誰がわかるものだろう?


 わかるはずがない。


 だからこんな出来事もきっとあり得る話なのかも知れない――。




 彼の名前は木下亨きのしたとおる


 ちょっと冗談っぽく聞こえるその名前は、とおるの飲み会での軽い自虐ネタである。

 それはともかく。どこにでもある街。どこにでもある家庭の次男として、普通に暮らし、大学を出て、中小企業ではあるものの、それなりの技術をもつ設計屋として仕事をしている、平凡を絵にかいたような男である。歳はとうとう三十歳となり、親からは早く結婚しろとうるさく言われているのが鬱陶うっとうしく感じるくらいのちょっと甲斐性なしの男でもある。


「やれやれ、今日も一日よく頑張った俺。ご褒美のイッパイ飲んで寝るとするか!」


 スマホゲーに課金するのが唯一の趣味というとおるは、貯金だけはいっぱしの額を持つ、仕事バカである。帰りはいつも遅くなるものの、それなりに満足感を覚えているので不満はない、今時珍しいほど無欲な男だともいえる。晩酌の缶ビールとコンビニ弁当を食べながらスマホゲーに勤しむ。そしてお風呂に入って寝る。それだけで満足なのである。


「おやすみ~」


 亨はいつものように眠りについた。何も変わったことなどない。ごく普通の一日がごく普通に終わった。それだけだった。それだけのはずだった――。




「……つめてっ!」


 顔面になにか冷たいものが落ちたようで、亨は不意に目が覚めた。


「ふぁ~、……まだ夜かな? ずいぶん暗いな。って、あれ? なんか声おかしくね……、風邪かな?」


 まどろみの中、亨は目が覚めた。覚めたもののあたりの様子がいつもと違う。それに自分自身にも、どうにも得も言われぬ違和感がある。……そうぼんやり考えてるうちに覚めてきた頭と、暗さに慣れてきた目であたりをふと見回した。


「はぇ? ど、どこ、ここ。な、なんなのこれ? ……俺の部屋、部屋じゃねぇじゃん! どうなってんだよ、これっ!」


 部屋じゃない。それどころか家の中ですら無かった。


 一見すると、本やTVで見た石炭とか鉱石なんかの採掘現場のように思える。それもかなり昔風だ。素掘りのトンネル沿いにかなり広い間隔でランプのようなものが吊るされてる。先を見れば、いくつか枝分かれもしているようだが暗すぎて確認は無理だった。

 亨はそんなトンネルの天井が高くなっている場所で、上への足場が組んである、その下で倒れ込むように横たわっていたようだ。


「落ちたのかな……、いつっ」


 上をのぞき見ようとしたところで頭に鋭い痛みを覚え、思わず手を当てれば、手のひらにべっとりと血が付いた。時間が立っているのか、出血は止まっているようだ。


「なに、この怪我? もう、なんだよ一体。なんでこんなとこに居んだよ? なんで怪我してんだよっ? ……そ、それに、それにっ、なんでこんな、こ、こ、こんな姿になってるんだよ~~~っ!」



 亨の姿は小さな女の子、そのものだった。



 寝床に着く前の亨は日本人のごく一般的な成人男性だった。身長175cmほどのちょっとお腹のでっぱりが気になりだした三十歳の平凡な男だった。


 今の姿は違う。もみじのように小さな手。声は、小さな子特有の舌足らずで高く甘ったれた声音だ。身長もたぶんかなり低い。感覚的には120cmもない気がする。髪の毛もそれなりに長いようだが束ねてあるので動きの邪魔にはならなさそうだ。前に垂れてきている髪を見る限り、黒髪ではなさそうで、かなり明るい色合いだ。肌の色もそうだがうす暗く判断がつかない。顔はもう言わずもがな、全く不明だ。

 服装は生地が厚めの長袖のシャツに、膝丈のバルーンパンツで、皮っぽいミドルブーツをはいてるようだ。何もかも覚えのない……、わけのわからない状況。そして先ほどから亨の頭の中でグルぐるグルぐると記憶の渦が渦巻いていた。頭がはっきりすればするほど、それは酷くなってきた。


「ああくそっ、もう、なんだよこれ! 頭いたすぎだろっ……。くぅ、ファナ、ファナって? それがお……れ……」


 そして亨はその痛みに耐えられなくなり、再び意識を失った。





「……ウーゴ、いたぞっ、ここにいるぞ!」


 無骨な男たちが倒れている亨の周りに集まっていた。その中でひと際大きな男が亨のかたわらで腰をおとし、心配げに声を掛ける。


「……ファナ、ファナ! 大丈夫か。しっかりしろっ」



 しかし、ファナと呼びかける男の声が、気を失った亨の耳に入ることはもうしばらくの間……、ないのだった――。

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