24.親子と若き英雄





「何だか騒がしいと思ったら、火が消えてるや」


「きっと、今来てる軍の人が消してくれたんだよ!」



シャイニール王国軍第4番隊の隊員たちが、鎮火済みの百貨店へと入っていったのとほぼ同じタイミングで、ファイとウィン、そして2人と嬉しそうに手を繋いでいるライナが、少し離れた所にある建設中のビルの中から出てきた。



「………ライナ?………ライナッ!!」


「あ、ママだ!ママ〜!!」



ライナと同じ黄色髪の女性が、愛娘の無事な姿を見てあまりにも嬉しかったのか、涙を浮かべながらこちらへ駆け寄ってくる。

しかし、その駆け寄る足は覚束なく、顔も心なしか窶れているように見えた。



「………ライナ!!わたしの大事なライナ………ごめんね、ママが少し目を離したばっかりに………」



同じく母親の方へと駆け寄ってくるライナを両手でしっかりと受け止めると、その場に座り込みながら、思い切り抱きしめた。

ライナの母の両目からは、止め方を忘れてしまったんじゃないかと思うほどの涙を流しながら、"大切な娘"の名前を呼び続けていた。



「ママ、なんでないてるの?らいな、ぜんぜんへいきだったよ!おねえちゃんたちが、たすけてくれたの!」


「………娘を助けていただいて、本当にありがとうございました………この御恩は一生忘れません………」


「そんな、御恩だなんて……」


「そうそう!アタシたちは、当然のことをしたまでなので!」



その後、少しだけライナと別れの挨拶をした。その間、母親の方は何度も何度も頭を下げてはお礼を言ってきたのだが、ファイとウィンはその言葉に若干の胸焼けを起こしそうなほどであった。しかし、不思議なことに、全然悪い気はしなかった。



「バイバイ、ライナー!」


「またね〜♪今度、遊びに行くからね〜〜!!」


「おねえちゃんと、おにいちゃん!“えーゆー”みたいで、かっこよかったよ〜!!バイバーイ!!」



母親に手を繋がれたライナは、2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けながら、夕食の買い物などで賑わい始めた黄昏に染まる王都の街へと消えていった。



「………“英雄”みたい、か」


「そう言われると、何だか照れくさいね。………でも」


「でも?」



「………ちょっと、嬉しいかも」



その時、丁度夕日に照らされたウィンの顔は充実感で満たされた良い顔をしていた。

ライナを助ける際に、全身が黒い煤や泥や砂などで汚れてしまって、午前中に買い物をしたファッション街を歩くのも恥ずかしい格好になったかもしれない。

だが、そんな彼女がカッコいいと思ってしまうほど、とても良い顔をしていたのであった。



「帰ろっか。身体中汚れちゃってるし」


「うん!あー、早くお風呂入ってサッパリしたい〜………」



「ほぅ。随分大変だったようだな、お二人さん」


「「え?」」



ビルの影から聞こえる覚えのある声と共に、トレードマークの黒いコートを靡かせながら現れたのは、なんとファイたちのクラスの担任である“レイヴン”であった。


だが、今日の"彼"はいつもと様子が違っていて、いつになく真剣な眼差しで2人を見つめるその表情は、少し怖いくらいであった。



「せ、先生!?なんでここに?」


「知り合いから、火事現場でお前たちを見かけたって連絡をもらってな。急いで飛んできたんだよ」


「へ、へぇ。そうなんだ………」


「さて、2人とも。自分たちがどれだけ危ないことをしたか、わかっているか?」


「………それは。えっと、その………」


「先生!これは、俺が考えた作戦なんだ!だから、全部俺が悪いんだ!」


「違う!………アタシが、最初にライナを助けたいって言ったの!だから、悪いのはファイじゃなきてアタシなの!」


「いい加減にしろ!!!」



いつも気怠そうなレイヴンの口から、こんな大きな怒鳴り声を聞いたのは初めてだった2人は、とても驚いた。それはまるで咆哮する獅子のような威圧感があり、一瞬でも気を抜けばそのまま後ろに倒れてしまうのではないかと思ってしまうほどであった。



「ウィンが最初に助けたいって言った?ファイが作戦を考えた?だからなんだってんだ。結局、やったのはお前たち2人だろ?違うのか?」


「「………はい」」


「はぁ………下手したから死んでたかも知れないんだぞ?考えが少々浅はか過ぎたんじゃないか?」


「「………ごめんなさい」」


「俺はお前たちの先生だ。だから、お前たちに罰を与える!」


「ば、罰!?」


「月曜日の朝7時に学校に来い!お前たちには"地獄の反省文"を書いてもらうからな!」


「………地獄の」


「反省文………」



反省文と聞いて、2人の顔が青ざめていくのがわかる。

反省文、それはやけにデカく感じる白い紙に自分がしでかした悪いことに対する正直な謝罪の気持ちを書き記すと言う、とても重い罰なのだ。

しかも、一文書いたくらいじゃ終わらない。そんな事を二度と起こさないようにと戒めるために、そのデカく感じる白い紙にビッシリと、隙間なく、延々と書き続けるのだ。だから、今から"地獄の反省文"書く未来が約束されてしまっている2人のその反応は、無理もなかったのだ。



「はぁ………確かに、お前たちはとても危険なことをした。さっきも言ったが、一歩間違えば、死んでいたかも知れない」



ファイとウィンは、俯いたままレイヴンの話を静かに聞いている。

そして、レイヴンに言われたことで改めて、自分たちがどれだけ浅はかで、危険な行為をしてしまったのだろうと言う反省の気持ちでいっぱいであった。


しかし、そんな俯いてる2人の頭にとても暖かく感じる温もりが伝わってきた。

それは、レイヴンの手であった。暖かいその手からは、先ほどのまるで雷に打たれるような厳しさとは全く違った、まるで母に撫でてもらっているかのような安らぎを感じてしまうほどの優しさが感じられた。



「だけどな、お前たちがやったことはとても立派だったぞ。流石は、俺の自慢の生徒だよ」


「………先生!」


「だけど罰は罰だ。明後日を楽しみにしてるからな」


「「そんなぁ〜〜〜〜!!!」」




こうして、月曜の早朝に反省文を書くことになった2人は、今から絶望感に苛まれながらも、荷物の番をしてもらっているフラウの元へと戻っていった。




「最後、ちょっと甘くし過ぎたかな」


「………そうかな?僕には、あれくらいしてあげないと2人が可哀想だと思うけどね」



いつの間にかレイヴンの背後に立っていたのは、野次馬の中から姿を消したローブに身を包んだ怪しい男であった。しかも、いつ戻ってきたのか不明だが、その男の右手にはしっかりと奇妙な形をした黒い木の杖が握られていた。



「………連絡してくれて、礼を言うぜ」


「いや、本当なら僕の方で解決すべき事だったんだけど、君の生徒が飛び出して行ってしまってね」


「それは迷惑かけてたな」


「まぁ、僕も君の生徒の力を見たかったしね。勿論サポートはするつもりだったから、多少の手助けはさせてもらったけど」



ローブの男が不気味な笑みを浮かべては、とても楽しそうに話している。それは、まるでとても極上の料理を食べた後に、その味を思い出しながら余韻に浸っているかのようであった。



「………お前さんが居るってことは、この火事はまさか」


「まだ、ハッキリとは言えないけど可能性は高いだろうね」


「"標的"は?まさか無差別ではないだろう?」


「………それなんだが。実は、朝方に僕の使い魔がここで"彼女"を見かけているようなんだ」


「なっ!?………それは本当か?」


「おそらく。だけど、大勢の人の中の後ろ姿だけだから確信は得られない、けどね」



レイヴンは自分の顔に手を当てると、落胆するかのように深いため息をついた。

また、ローブの男も、ヤレヤレという風に首を横に振って失笑を浮かべていた。



「………"白盾"にもっと警備を厳重にするように言っておく」


「僕も"彼女"にそれとなく注意しておくよ。勿論、今回の火事の件は伝えずにね」


「その方がいいだろう。今はまだ、な」


「さて、そろそろ僕はいくよ。久しぶりに君と話せて楽しかったよ」



ローブの男がそう言うと小さな竜巻が男を包み込み、少しの間漂った後、風と共に消えてしまった。















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