23.生還と鎮火
「良かった!無事だったんだね、ファイ!!」
「ウィン!?ちょ……まっ、わべっ!!」
嬉しさのあまり、ファイ目掛けて飛び込むように抱きつくウィン。そのいきなりのダイビングな抱擁に流石のファイも受け止めきれずそのまま後ろに倒れてしまい、さらに屋上の床に後頭部を思い切りぶつけてしまったのだ。
「………ひどいよ、ファイ。あんな無茶して」
ウィンの目には涙が滲んでいた。無理もない、今まで普通に話していた人が突然居なくなるだけではなく、もしかしたら一生会えなくなってしまいそうだったのだから。
「ごめん。でも、そうでもしないと2人を守れなかったから」
「だからって、あんな危険なことしてファイに何かあったら………やっぱり、悲しいよ」
「………ウィン。そうだね、あんなことはもうしない。約束するよ」
「………うん、約束だからね!」
「あぁ!それと、ありがとう。ウィン」
「え?なんのこと?」
「ほら、俺が屋上から落ちた時、風で俺を助けてくれたじゃん」
「アタシ、魔法なんて使ってないよ?それに、使いたくても魔力なんて残ってないし」
「へ?………じゃあ、あの風は一体なんだったんだろう」
「よぅ、アンタたち無事だったか!怪我とかしなかったか?」
ファイがいつにもなく真剣な顔で考えていると、1人の作業着の男が心配そうに声をかけてきた。
さらに、それを皮切りに他の男たちもファイとウィンを取り囲むように集まってきたのだ。
「えぇ。グラヴァルさん達のお陰です。ありがとうございました!」
「なーに、俺たちはお前さんに言われた通りに、ただ泥で壁を作っただけだって!」
「そうだぜ!けど、まさか、あそこから本当にここまでジャンプしてくるなんて正直驚いたけどな!」
「まぁ、頼まれた時は正直成功するかどうか心配だったんだが。流石は、あの有名な“クロノス魔法学園”の生徒さんだ!」
それは、決して誰もができるような簡単なことではなく、下手をすれば大怪我では済まなかったかもしれなかった。しかし、“小さな少女”を助けたいと言う、たった一つの思いだけで成し遂げようとした2人の“初級魔導士”たちによって、この救出作戦は無事に完了することができたのであった。
「………アタシたち、本当に成功したんだね」
「成功なんてもんじゃないよ」
「え?」
「大成功!って、言ってもいいんじゃないか?」
「………うん!そーだよね!大成功だよね!!」
「あぁ!!」
「………ッフフ」
「………ッハハ」
「「アハハハハッッ!!!」」
ファイとウィンは、ライナとグラヴァルたちの達成感溢れる笑顔を見て、やっとその大成功を実感することができたのだ。
そして、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのか、2人は揃って大きな声で笑い合ったのであった。
「さて、じゃあ行こうか。俺たちには、まだやらなくちゃいけないことがあるからね」
「そうだね♪もしかしたら、今もすごく心配してるかもだし」」
軍の消火隊が到着しておらず未だ燃え続けている百貨店の真下では、ライナがファイたちによって助け出されたことを知らない野次馬たちが、火がさらに大きくなっていく様をただ見つめていた。
その中に、なぜか今も炎に侵食されつつある百貨店ではなく、少し離れた建設途中のビルを見つめては怪しげに笑みを浮かべている1人の男がいた。その男は鮮やかなエメラルドグリーンのローブに身を包んでいるのだが、そのローブの所々には金の装飾が施されておりかなり高価な物なのがわかる。さらに、右手には珍しい黒い色の木でできた杖を持っており、その複雑な形はまるで蜷局を巻きながら上へと登る龍のようであった。
「………よくやったね、ファイ。そんな君を見ていたら、僕も少しくらい頑張りたくなってきてしまったよ」
そう言うと男は小声で何やら呟き出すと、急に野次馬が集まっている人集りに強い風が吹き始めた。
「………逃げ遅れた人はなしっと………そうだな、威力は20%もあれば十分かな………あぁ、頼むよ」
その何の前触れもなく吹き始めた突風に、火事の様子を見ていた野次馬たちも呑気に見物している場合ではなくなってしまい、飛ばされないようにその場から離れたり、蹲ったりしていた。
しかし、そんな人騒がせな突風は、ほんの僅かな一時の間猛威を振るった後、瞬く間にその場から消え失せてしまったのだ。野次馬たちは、まだこんな明るいのに夢でも見ていたのかと不思議に思うほどであった。
そして、
「シャイニール王国軍第4番隊の者だ!そこを通してくれ!!」
シャイニール王国軍第4番隊。隊の全員が水属性魔法のエキスパートであり、主に火災や水害などの現場に派遣される特殊部隊だ。また、災害現場だけではなく戦闘時でも、状況に合わせて水属性魔法を臨機応変に操る技術は、高く評価されている程であった。
「お、王国軍の消火隊がやっときたか!早く火を消してくれー!!」
「あら、4番隊の隊長ってあんなに若かったかしら」
「いや、あれは確か第1番隊の"ゼクス・ライトニング"じゃなかったか?ほら、あの歳で副隊長にまで登り詰めた天才の!」
肩ほどまで伸ばした美しい金髪を風に揺らし、軍隊を引き連れるその姿は一度見た者を釘付けにするには十分すぎた。
また、褐色に焼けた肌と軍服を着ていてもハッキリわかるくらいの、細身ながらも無駄のない筋肉が鍛錬の厳しさを物語っている。
シャイニール王国軍第1番隊 副隊長 ”ゼクス・ライトニング“、17歳である。
「はぁ………なんで俺が火事現場で4番隊の指揮を取んなくちゃいけないんだ」
「ボヤかないでください。隊長も副隊長も任務で今日は王都には居ないんですから」
「だからって、別に俺じゃなくてもいいだろ?………隊長も総司令もまったく酷いぜ」
「しかし、随分と派手に燃えてますね。下の階から侵入を試みてみますか?」
「あー、そうだなぁ………ん?」
「どうしました?」
先ほど人集りから姿を消したローブの男が、いつのまにか火事現場から少し離れた所を歩いていた。だが、先ほどまで確かに持っていたはずの黒い色の木でできた奇妙な形の杖は、今はもうその右手には無かったのだ。
「………"ゲイズ"?あいつ、何でこんな所に」
「ゼクス副隊長?どうかされましたか?こちらは、もういつでも突入できますが」
「いや、もうちょっと待て」
「???………ゼクス副隊長?」
「…………来るっ!!」
その場にいた第4番隊を含む軍人の中で唯一、ゼクスだけが異様な魔力を感じ取り百貨店の上空を見つめる。すると、その視線の先にあった黒く禍々しい暗雲の中から、緑色に輝く小さな玉が空からゆっくりと降ってきた。
やがて、その小さな光の玉は燃えている百貨店の屋上に触れると、とても大きな竜巻となって百貨店のビルを1つ丸ごと包み込み、竜の咆哮にも聞こえる激しい音と衝撃が周囲に響き渡った。
まさに、一瞬の出来事であった。
その突如起きた竜巻で、百貨店の内外で燃え続けていた炎は跡形もなく消し飛ばされてしまったのだが、まるで炎だけをピンポイントに狙ったかのように竜巻の風による建物へのダメージは殆どなかった。
そして、鎮火した火事現場に残ったのは、炎によって焼かれた無数の焦げ跡と、既に灰と化して原型を留めていない残骸が無残にも散らばっている惨状が広がっていた。
「………ったく、余計なことを」
「ゼクス副隊長………さっきのは一体なんだったんでしょうか?」
「さぁな。さて、おそらく逃げ遅れた人は居ないだろうが念のため確認に行くぞ!あと、燻ってる火があるかもしれないから一応消火装備も忘れるな!!」
「「「了解!」」」
ゼクスの指揮のもと第4番隊の隊員数名が、辺り一面焦げ跡と煤だらけとなった薄暗い百貨店の中へと吸い込まれるように突入していったのであった。
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