20.過去と飛べない理由
「あれ?ファイさん?」
「え?」
聞き覚えのある声に振り向くと、トレードマークの黄緑色のスカーフを頭に付けて、ワンピースの上にフリルの付いたエプロン姿と言う、ランプ亭でいつも目にする装いのフラウが少し驚いた顔で立っていた。
「フラウさん!?なんでここに!?」
「わたしはお店の手伝いで出前の帰りです。ファイさんこそ。ここ、ファッション街ですよ?」
「ファイ。この子、友達?」
「……えっと、俺が厄介になっている下宿先の娘さんのフラウさん」
「……はじめまして、フラウ・リュミエールです」
「で、こっちが俺のクラスメイトで……」
「ウィンディ・スカイレーサーだよ!よろしく♪」
「はい、よろしくお願いします。ウィンディさん」
「ウィンでいいよ〜!」
「はい、……じゃあ、ウィンさん」
「さんも要らないんだけど……まぁ、いいか」
「ところで、お二人はデートですか?」
「ゴフッ!!」
ファイはフラウからの思いもよらぬ質問に驚き、飲んでいたコーヒーを口から勢いよくこぼしてしまった。その瞬間、咄嗟に顔を横に向けたのでテーブルや他の椅子を汚さずに済んだ。
「で、デートじゃないですよ!」
「でも、2人っきりでファッション街で買い物してるんですよね?」
「それは……そうですけど……」
「それに、さっきだって楽しく話してましたし」
「楽しくなんてしてませんよ!今日はただの荷物持ちで付き合っているだけですし、だよね?ウィン?」
「うーん……そう言われてみれば、これってもしかしてデートなんじゃないかなぁ?」
「……ん?ウィン、何言ってるの?」
「だとしたら、アタシさっきファイの腕を掴んではしゃいでたし、服どっちがいいかなとかも聞いてたし、どうしよう!今思うとすごく恥ずかしいじゃん!」
「ほら、ウィンさんも認めましたよ。やっぱりデートなんじゃないですか!」
「………えー………ん?」
突然、ファッション街であるアラモード通りがざわつき始める。周りの店の定員の女性たち数人が何やら心配そうな顔を浮かべて話していたり、慌てた様子の男性が駅の方へと全力疾走で駆け抜けていったりなど、華やかなこの場所にあまり似つかわしくない雰囲気が漂っている。
「どうしたんだろー?事件かな?」
「駅の方でしょうか……ちょっと怖いですね」
「あ、すみません!何かあったんですか?」
ファイは、目の前を走り過ぎようとしていた男性を呼び止めた。この人も先ほどの人と同様にかなり急いでいる様子であったため、呼び止めてしまったのが何だか悪い気がした。
「駅の近くの建物で火事だってよ!」
「火事!?」
「それって大変じゃん!!」
べスティード駅から目と鼻の先にある、6階建ての百貨店のビルの3階部から黒い煙が立ち昇っている。その周りには、黒い煙で覆われつつあるビルを心配そうに見つめる多くの野次馬でごった返していた。
「うわぁ……すごい煙だ。中は一体どうなってるんだろう」
そんな野次馬の中にファイの姿があった。カフェにウィンとフラウを残して火事の様子を見てくると言ってここまで来ていたのだ。
「軍はまだ来ないのか!」
「噂だと誰かが火をつけたらしいぞ」
「まじか?まさか、それってあの"朧月"の仕業じゃ……」
「”朧月“?何ですかそれ?」
「なんだアンタ知らないのか?最近この国で悪さしてる奴らだよ」
「元々腕の立つ傭兵団だったらしいんだけどよ、今じゃ泣く子も黙る極悪非道のテロリスト集団さ」
「………テロリスト集団………“朧月”…………」
「あ、居た!ファイ〜!!」
「ウィン」
「アタシも気になってきちゃった。って、あのビルめっちゃ燃えてるじゃん!!」
「軍の消防隊はまだ来てないみたいなんだ。被害が大きくなる前に鎮火できるといいけど……」
「…………!?…………ファイ、あそこに人が!!」
「え!?」
黒煙に包まれつつある百貨店の5階の窓の一つから、必死に手を振りながら助けを求める一人の少女の姿が見えた。
ウィンの叫び声で周りの野次馬達も、燃えるビルに取り残されてしまった少女の存在に気が付き始め、所々から悲鳴が上がっていた。
「そんな!嘘でしょ!?」
「本当に軍は何やってるんだ!!」
「おい、誰か飛行魔法とか持ってないのか!?」
「飛行魔法………?そうだ!ウィンならホウキで飛べるからあの子を助け出せるんじゃないか?」
「………無理だよ………」
ファイはウィンから出たその意外な言葉に驚いた。いつもの調子なら「任せといて!ひとっ飛びで救い出してくるから〜!」と言っている筈なのに、震える手でホウキを握りしめながら俯いているその姿はとても同一人物とは思えないほどであった。
「な、なんでさ!?あんなに早く飛べるウィンなら、あんなビルなんて………」
「…………無理なものは無理だよ!!」
「………ウィン?」
「………ごめん、ファイ………アタシじゃ、あの子を救えない………」
「どう言うこと?」
「………アタシね、高く飛ぶことができないの………」
「………え」
「アタシのパパ、昔”ブルーム・レーシング“ですごい有名な選手だったの。小さい頃、よく応援に行っててね、いつもぶっちぎりの1位でゴールしちゃうパパがカッコよくて、アタシもそうなりたいなって思ってた」
ウィンは、自分がまだ小さかった頃の話をし始める。
話をする彼女は、記憶の中の淡い思い出に懐かしむ柔らかな表情とは別に、なぜか時折り見せる切なげな顔色を滲ませているのだった。
「パパのレースが休みの日とかに、アタシに選手としてのイロハを教えてくれたの。そのおかげで飛行魔法だって物凄い速さで上達していったんだけど、そんなある日、アタシは練習中にホウキから落ちちゃって怪我っしちゃったの」
「………怪我って、大丈夫だったの?」
「うん。ちょうど木がクッションになってくれて骨折くらいで済んだけど、その時からなんだよね………アタシが高く飛べなくなっちゃったの………」
「………そうだったのか」
「………だから、怖いの………高く飛ぶのが怖くてできないの………」
「………ごめん」
「ううん、アタシの方こそ………ごめんなさい」
「おい、ヤバイぞ!!」
野次馬の叫び声と悲鳴に気づき、ビルの方を見ると少女の居る5階の真下である4階部まで火の手が迫っていた。その光景を見た瞬間、そこにいる誰もが思った。
もう時間があまりないのだと言うこと。
「…………っ!!」
「あ、待ってウィン!」
急いでビルに向かおうとしたウィンの手を掴み、慌てて止めるファイ。その手掴んだ手は先ほど同様震えていた。
「離して!!早くしないとあの子が!!」
「高く飛べないんじゃあそこまで行けないよ!………俺たちは軍の消防隊を待つことしか」
「高く飛べないんだったら、1階からあそこまで行くだけだよ!!」
「無茶だよ!!」
「無茶でもやらなくちゃ!!………じゃないと………なれっこないよ」
「………ウィン?」
「あの子一人救えないんじゃ、英雄なんてなれっこないよ!!!」
「!!!」
周囲に多くの人が居るのに関わらず、ウィンは大きな声で叫んだ。普通なら、15年前の魔族侵攻で魔人や魔獣も滅んだとされている今の世界で、英雄になるなど言えば笑われたり、心配されたり、馬鹿にされるかもしれない。
この野次馬の中でも例外ではない。少なからず、こんな時におかしい事を言っていると小声で話す人が居るのは間違いない。
しかし、その中で唯一、“1人だけ”は違っていた。
「………そうだよね」
「………え?………」
「本当に、ウィンの言う通りだよね。あの子一人助けられないようで、英雄なんてなれる筈ないよね!!」
「………うん!!」
「だから、2人で見つけよう。必ずあの子を救える方法を!!」
「………よーし!!ガンバロ〜!!!」
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