19.ウィンと初デート(?)
「お待たせ〜〜!!早いね、ファイ」
「……ま、まぁね」
ウィンが待ち合わせ場所であるべスティード駅前の公園に到着したのは、ほぼ時間ぴったりの9時57分であった。
「……早く来た事を、ちょっと後悔していたところだったよ」
「???」
「それでウィン、付き合ってほしいって一体何をするの?」
「ふっふっふー。それは着いてからのお楽しみ♪」
「え、ここが目的地じゃないの?」
「それじゃ、さっそく目的地へレッツゴー!」
ウィンが公園を出てべスティード駅の方へと歩き出す。その弾む様に軽い足取りからは、とても嬉しいのだと言う事がわかる。
「楽しみだな〜〜。どのくらい見て回れるかな〜」
「見て回れる?買い物か何かなの?」
「そうだよ〜。今日のためにお小遣い貯めてきたんだ〜」
ファイは実力試験の時から、今ウィンが使っているホウキが大分使い古されていた印象に残っており、きっとホウキを新しく新調するのかと思った。
しかし、ホウキを購入するのであれば軍事区にある店で買うはずである。そのため、こんな所にも売っているお店があるのかと少し疑問であった。
「着いた〜〜!よし、今日は買いまくるぞ〜〜!!」
今、妙な言葉を聞いた。買いまくる?ホウキを?ホウキは主に木でできているからよく折れるのであろうか。いや、それにしたって2、3本あればいいだけで、買いまくる必要はないんじゃなかろうか。
「ねぇ、ウィン。ホウキってそんな必要なの?」
「え、ホウキ?ホウキなんて買わないよ」
「へ?ホウキを新調するんじゃ」
「ファイ。”ここ“なんて呼ばれてるかわかる?」
「……”ここ“?」
ファイはウィンが着いたと言っていたこの場所で、恐る恐る周囲を見渡した。そこにあったのは無数のホウキの山ではなく、舞踏会ぐらいでしか着る機会がないんじゃないかと思うほど豪華な服や、一体幾らぐらいするのか判断すら付かない宝石が付いたアクセサリー、こんなに小さいのになぜこんな高価な値段設定がされているのか理解ができないバッグなどがショーウィンドウに陳列されたお店が遠くまでびっしりと立ち並んでいた。
「ついにキタヨーー!!ここに来れば王都の最新の流行ファッションが一通り揃うと言われている、“アラモード通り”!!!」
「あ、あ、アラモード通り………?さ、最新の流行ファッション………?」
「あ、あそこ行きたかったお店だ〜〜!!いくよ、ファイ!!!」
「ちょ!ま、待ってウィン!!俺にはこんなお店似合わなそうだから外で待って………わべっ!!」
ウィンはファイの腕を強引に引っ張ると、お目当の服があるお店に突入していった。
お店の中にはショーウィンドウに飾られていた服にも勝らずとも劣らない綺麗な服や可愛い服がが所狭しと並んでいた。
「わ〜〜!!あ、あの服可愛い♪あ!あの服も超いい〜!!」
ファイの腕を離したウィンは沢山ある服の中から何着かを手に取り、交互に見比べていた。目を輝かせて嬉しそうに服を選ぶその表情は、見ているこっちさえも嬉しくなってしまう不思議な魅力を感じる。
「そう言えば、姉さんもこう言うお店で買ってるのかなぁ」
「え?ファイってお姉さん居るの?」
「うん、4つ上のね。たまに王都に出かけてるんだけど、その度に服とか買ってるみたいだから」
「そうなんだ〜。ところでさ、ファイ」
「ん?」
「こっちとこっち、どっちが似合うかな?」
「へ?………ウィンが良いと思う方でいいんじゃ?」
「だってー、どっちもよくて決められないんだもん!」
「えー………じゃあ、どっちも買ったら?」
「うーん、それもそうだね。じゃあ、両方買ってくるよ〜」
「………さっきのやり取り必要だったのかなぁ」
「あ、ファイ。次はあのお店ね!」
「まだ買うの〜?……もうこんなに買ったんだよ?」
ファイの両手には既にこれまで寄ったお店で購入した服が入っている袋が合わせて6つほど持たされていた。たかが服だと軽く思っていたファイであったが、さすがにこの量は重く感じるほどであった。
逆に、ここに来るのに乗ってきたであろうホウキさえもファイに背負わせてしまい、持っている荷物は小さいポーチだけのウィンが、次に行きたい店を無邪気に指差している。
「服って、こんなに使うの?俺なんて、今着ているのを合わせたって4着くらいしか持ってないよ」
「女の子にとって服はとっても大事なのー!やっぱり、普段からオシャレしたいし〜、毎日同じじゃ味気ないし〜♪」
「………女の子って大変だね」
「ふぅぅぅ〜〜〜。………疲れた〜〜〜〜」
「だらしないなぁ。いつも放課後に先生と鍛錬してるに、この程度で疲れちゃうなんて!」
休憩するために立ち寄ったカフェのオープンテラスの席に、先ほど注文したオレンジジュースを飲みながら涼しげな表情でファション雑誌を熱心に見ているウィンが座っている。
一方疲れ切った状態のファイが、テーブルを挟んでウィンの向かいに座っているのだが、その姿勢はお世辞にも良いとは言えず、とてもだらしない格好になっているのだが当の本人はそんな事は気にもならない様子であった。
「でも助かったよ〜。ファイが買い物に付き合ってくれて♪」
「まぁ、荷物持ちくらいだったらお安い御用だよ。………限界はあるけどね」
「ホントは、クランと一緒に来る予定だったんだけど、今日はどうしても外せない用事があるから行けないって。その代わりに本屋で買ったこのファッション雑誌で有名なお店や人気のお店なんかを色々教えてくれたんだけどね」
「え、本当だったらクランにこんな量の荷物を持ってもらう予定だったの?」
「ち、違うよ!クランと一緒だったらこんな量買わないよ〜!ファイが付き合ってくれるって言うから、予定を変更して“ちょっとだけ”多く買ってるだけだよ〜!」
「……“ちょっとだけ”ねぇ」
「………ファイと、鍛錬しなくて良かったの?」
「この日だけは外せるわけないだろ」
「………うん………」
「もう、5年になるのか。………あっという間だな」
「………そうだね………」
王都フラッシュリアから馬車で2時間ほど離れた場所にある小高い丘に、綺麗に磨き上げられている黒い石板のような物が置かれている。その石板には幾つかの文字や数字が刻まれており、ついさっきまで先客が居たのだろうか綺麗な花束が一つだけ供られていた。
「どうやら、“爺さん”も来てたみたいだな」
「………いつもわたし達より先に来てるよね………」
「年寄りは朝早いっていうからな。ついでに周りの雑草も抜いてったようだ」
先に置かれていた花束のすぐ隣に、自らが持ってきたピンク色の花で彩られている可愛らしい花束を丁寧に置く。この花は大切な人が好きだった花、故郷であるこの地でしか咲かない“クランの花”。そう、わたしの名前はこの花から取ったのだ。
「………今年もまた来たよ。………レイヴンと一緒にね」
「…………………」
「………わたしね、今年からクロノス魔法学園に通っててね………レイヴンのクラスなんだよ?」
「……先に行ってる」
「………うん、わかった………」
「………また来るからな」
レイヴンがまるで愛する恋人との別れを惜しむように、去り際にそう告げると小高い丘から離れていった。俯いており、尚且つ前髪に隠れていて表情はわからなかったが、そのいつものと違う声からは後悔と悲しみが感じられた。
「…………ねぇ。わたし、友達が出来たんだよ?…………」
「…………ウィンって言うの、とっても明るい子なんだ…………」
「…………いつか、紹介するから楽しみにしててね…………」
「…………また、来年も絶対来るからね…………お母さん…………」
しばらくして誰も居なくなってしまったその場所には二つの花束だけが残され、時折吹く風に花が踊るように揺れていた。
黒い石碑にはこう書かれている。
〜ティエラ・K=グランディール
安らかに眠る〜
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