12.ローブの少女と屋上
「少々お待ちください。ゴーレム達を作り直しますので」
深緑色の長い髪がトレードマークの試験官ケインが、使う人が少なく珍しいと言われている木の魔法を使って試験用のゴーレム達を作り出しているところであった。
「それにしても、ホントすごいよ!まさか、ゴーレムを全部切り倒しちゃうなんて!」
「俺もびっくりだよ。練習していた時はあんな威力のを出した事なかったし……」
「そーなんだ?まぁでも、仮にまぐれとかでも結果オーライじゃん。運も実力のうちって言うしね!」
「では、準備が整いましたので再開いたします。おや、次の方で最後ですね。クラン・クロ・・・いえ、失礼しました。”クラン・グランティール”さん!」
「……………」
無言のまま前へと歩いて行くその者は、短めの茶色いローブに身を身を包んでいて、更にフードまで被っているため顔も見えない、細身の身体や背丈からして女の子であるが情報量が少なく確証を得られ無いのである。
その者が位置に着くと、右手を軽く左の方向へと横に振るう。これは魔法を出すための準備なのだろうとファイを含めた皆がそう思っていた。
だが、その者は右手を下ろし振り返ると、こちら側に戻って来るべくゆっくりと歩き出したのだ。
「え?終わり……?」
「……なんだ?諦めたのか?」
「おいおい、せめて最後までやってみろよ」
後ろで見ていた新入生達が、途中で投げ出したクランの事を好き勝手言ってるのを聞いたせいか、隣に居るウィンの機嫌が明らかに悪くなっている。これはそろそろ爆発しそうと心配していたファイであったが、ふとある1体のゴーレムを見てある異変に気がついた。
「……あれ?あのゴーレム、あんな位置に穴なんて空いてたかな」
「え?穴?どこどこ?」
「ほら、胸のあたりに小さいけど穴が空いてるでしょ?しかも….…」
「えーっと……あーーー!?確かに、空いてるね!」
「……ってことは、あの一瞬で魔法を放ったってことかよ!?」
ファイとウィンの話を聞いていたさっきまで野次を飛ばしていた者たちが次々と驚きの声を上げはじめた。無理もない、何せ本当に瞬きをしていたら見逃してしまうほどの時間で魔法を放ち命中させてしまったのだから。
しかも、"それだけではない"と言うのが恐ろしいところなのだが、それに気づいているのは当の本人とおそらくファイだけであった。
「そのようですね。あまりにも魔法を放つのが早すぎて我々でも気づくのが遅れてしまいました。スティーリア先生」
「あ、はい!これにて実力試験を終了します!クラスの発表は使い魔にて知らせますので、それまでは自由行動とします!」
「今日は実力試験のため、他学年の授業はありませんがクラブ活動をしている生徒も居ますので見学しても構いません。ただ、立ち入り禁止の場所は入らないようにお願いします」
「終わった〜!とりあえず、食堂で飯食べようぜ〜」
「ねぇ、ご飯食べたら色々見て周ろうよー」
「さて、どこか静かな場所でティータイムを楽しもうかな」
ケインとスティーリアの連絡事項を皮切りに演習場から各々が行きたい所へ散っていく新入生達。しかし、ファイは先ほどクランと言う少女が魔法で貫いたとされる、木のゴーレムの元へと1人歩いていた。
「ファイー?あたし達もいこうよー?」
「……ウィン、さっき君がこのゴーレム達に放った魔法、ごく短い時間……例えば1秒くらいで放てる自信ってある?」
「???……うーん。あたし、魔力の加減調整が苦手でさ。それに、ちょっとズレちゃったけど、あれだってかなり集中して狙ったし、それを1秒だなんて無理だと思う」
「そっか……俺もさっきのは偶然強力なのが出たけど、あれを一瞬のうちになんて不可能だと思う」
「ファイ?それがどうかしたの?」
「ウィン、このゴーレムの穴から何が見える?」
「ゴーレムの穴?えーっと、見えるのは後ろにあるゴーレムくらいしか……」
ウィンは、さっきまでファイが念入りに調べていたゴーレムに空いた穴を覗き込む。すると、見えたのはそのゴーレムの後ろに立っている同じ形の他のゴーレムだけであった。
「そのゴーレム、何か変わったところはない?」
「うーーーん……え?ちょっと待って、なんであのゴーレムにも穴があるの!?」
「違うよ、ウィン。穴が空いてるのは、そのゴーレムだけじゃないだ」
「!?……まさか……」
「そのまさかだよ。この列の全てのゴーレムに”何か”に貫かれたような穴が空いてるんだ」
「”何か”って、あのクランって人が放った魔法ってこと?あの一瞬で、この列のゴーレム全てを魔法で貫いたってこと?」
「信じられないかもだけど、そう言うことだよね」
クロノス魔法学園の一角に、研究棟と言う建物がある。その研究棟の屋上へと続いている螺旋階段を静寂が支配する中、1人分の足跡が響いている。
屋上に立ち入るためのやけに重い扉を開けると、昼時の白く眩しい日の光に包まれ反射的に目を細める。
目を開けると、眼前の澄み渡る青空にいきなり放り出された感覚に陥ってしまうほどの開放感が全身を駆け抜けていく。
屋上の転落防止の柵の間からは、王都フラッシュリアの美しい街並みを見渡せると言う、まさにクロノス魔法学園の関係者のみが観ることができる絶景スポットなのだ。
しかし、今しがたここに着いた者は、初めて来た者は必ずと言って良いほど目を奪われてしまうそんな美しい景色を見にきたのではない。なにせ、もう"見飽きてしまっている"からだ。
「やっぱり、ここにいた」
「ん……?どうした、こんな所に来て」
「売店でパン買ってきたから、一緒に食べよ。どうせお昼まだでしょ?」
「そりゃ有り難いな。でも、いいのか?」
「何が?」
「これからクラスメイトになるかもしれない奴らと、一緒に食べたりしないのか?」
「……興味ない」
「そっか」
先客の男がさっきまで仰向けで寝ていたベンチに一緒に腰を掛ける2人。屋上に他に人の姿はなく、転落防止の柵の間を春の風が通り抜ける少し肌寒い音と2人の会話だけがこの場に流れている。
男は30前半くらいの年齢で、少女の少し低めの背丈のせいか、側から見るとまるで仲睦まじい親子のようであった。
「どうした、そのローブ。昨日の夜、この前買った服着てくってはしゃいでなかったか?」
「別に、はしゃいでなんか……!コレは、あんまり目立ちたくなかったから……」
「ふーん。それにしては、随分と張り合って強力な魔法放ってたのは誰だったか。まぁ、それに気づいていたやつは居なかったかもだがな」
「……むぅ。それで、わたしの魔法どうだった?あのファイって子と、どっちがすごかった?」
「うーむ、そうだなぁ。どちらかと言えば……」
「……どちらかと言えば?」
「やっぱ、どちらも全然まだまだだなぁ」
「……むぅぅ〜!せっかく頑張ったのに、もう知らない!」
日にまったく焼けていない自身の白い頬を膨らませて、顔を先ほどまで向いていた方とは真逆の方向を不機嫌そうに向ける。
「あ!ねぇ、ファイ。ここなんていいんじゃない?綺麗で、すっごくいい場所だし」
「確かにいい場所だね。うん、ここにしようか」
「結構色々見て周ったから、もうお腹空き過ぎてヤバかったよ〜」
クロノス魔法学園の中央に位置する中庭。そこには透き通る水が流れる噴水や色とりどりの花が咲く花壇、植えられている木はどれも枝がはみ出ることがないように形が整われており、とても綺麗な場所であった。
さぞかし他の新入生達もファイとウィン同様に、この場所の美しさに足を止め昼食を食べているのかと思いきや、3人ほどの人しかいなかった。
それもそのはずだ、もう正午からは1時間も過ぎており、ここに居たものはとっくに違う場所へと行ってしまったのだから。
2人は噴水の前のベンチに腰掛け、各々の荷物からお弁当を取り出し昼食の準備をする。
「ウィン、そのお弁当自分で作ったの?」
「ううん。あたし今パパと2人で王都に住んでて家事とか分担してるんだけど、パパ料理上手いんだよ♪」
「へぇ、すごいね。お母さんは?」
「……ママはちょっと遠くで働いてて、今一緒に住んでないんだよね」
「そうなんだ。お母さん何してる人なの?」
「うーんと……音楽関係、かな?」
「音楽関係?」
「そ、そんなことより!そのお弁当、ファイが作ったの?」
「ううん、これは下宿先の人が持たせてくれて……あ!」
ファイはフラウが作ってくれたお弁当を開くと、おそらく丁寧に敷き詰めてくれたであろう具材がぐちゃぐちゃに崩れてしまっていた。
「….…なになに?って、どうしたのそのお弁当!?」
「あー……きっと、あの時かなぁ」
「あの時って……?あーーー!!」
ウィンは今朝起こった出来事を思い出し、その時に思わず出た声が学園全体に響き渡るほどの大きさであり、そのすぐそばに居たファイがその声に驚いてベンチから落ちそうになっていた。
「……ごめん。あたしのせいで」
「そ、そんなに気にしないで。それに形がどんなになってても、きっと美味しさは変わらないと思うし」
「で、でもぉ……」
「そういや、ウィンのはどうだった?崩れたりしてない?」
「まだ見てないや……うん。あたしのは大丈夫だよ」
ウィンのお弁当の中身卵を厚く焼いた卵焼きと、豚肉に衣を付けて油で焼いた豚カツが交互に敷き詰められているものであった。しかし、その卵焼きの中にはネギ、グリンピース、細かく切ったニンジンなどがなぜ混まれており、豚カツの衣は見ているだけでもサクサクの食感が伝わってくるほどに美味しそうで、一見シンプルに見えるが細かい技がふんだんに使われているとても素人には真似できない至高のお弁当であった。
「パパが、実力試験に勝つために豚カツなんだってさ」
「……へぇ、優しいお父さんなんだね」
「うん、時々厳しいけど、いつもはすっごく優しいよ♪ファイのパパは?」
「……俺の父さんは、俺が生まれる前に死んじゃった」
「……え……ごめん……」
「気にしないで!俺には母さんや姉さんだって居るから全然寂しくないし。……そんなことより、お昼早く食べちゃおうよ」
「……うん!」
「いただきます」
「いただきまーす♪」
具材がめちゃくちゃにはなってはいるが、一つ一つしっかりと味付けされていて、とても美味しい。流石
「ねぇ、ファイ。お昼食べたあと、どうする?まだ行ってないところとか探してみる?」
「うーん。昼食前に結構見て周れたと思うし、もうちょっとここでのんびりしようよ」
「さんせーい!」
昼下がりの暖かい日の光が中庭に降り注いで、ポカポカした陽気に包まれている。昼食を食べたあとと言うこともあり、この光に当てられていると段々とまぶたが重くなり、何だか眠たくなってきてしまう。
すると突然、肩に変な重みを感じる。しかし、もうどうしようもないほどに眠いため、この重みの正体がわからないままファイはそのままベンチに座っている状態で眠ってしまったのであった。
寝てしまう前の事で覚えているのは、微かに視界の端に見えた緑色の何かと、ほのかに漂ってくるシャンプーの香りだけであった。
であった。
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