救った話
朝霧
救うもの
その少年は兵器だった。
兵器の少年は戦争で多くの人間を殺し続け、壊し続けていた。
ただ命じられるままに兵器として振る舞い続けた少年は、ある日致命的な損傷を受け、捨てられた。
打ち捨てられ、死の淵にある兵器の少年を救うものは誰もいなかった。
死の淵にあった少年はそれでも生きながらえた、それが彼が兵器だった事に起因するのか、それとも悪運が良かったからなのかはわからない。
兵器の少年が捨てられたのはゴミ溜めのような街だった、その街で兵器の少年は無機質に生き続けた。
ある日兵器の少年はとある少女を見つけた。
全身に傷を負った死にかけの少女は、何処かあの日の兵器の少年に似ていた。
きっとこの少女は死ぬのだろう。
自分と違って力ない少女はきっとこのまま生きたえる。
兵器の少年は無感動にそう思考してその場を立ち去ろうとした。
その時兵器の少年の耳に微かな音が届いた。
「………たすけ……て」
その音を聞いた兵器の少年は動きを一瞬止め、目を見開く。
立ち止まった兵器の少年の耳に数回、それと同じ音が届き、そして消えた。
兵器の少年は、少女に手を伸ばし――
「……どうして私を助けてくれたの?」
傷だらけの少女は不思議そうな表情で兵器の少年に問いかけた。
「なにをいっているんだい? 君が助けて、って言ったから助けたのに」
兵器の少年は心底不可思議に思いながらそう問い返した。
「……いや、でも……本当に助けてもらえるなんて……」
「君はおかしなことを言うね。助けてもらえると思ったからそう言っていたんだろう?」
兵器の少年の言葉は本心からのものだったが、少女は首を横に振る。
「……ううん、全然。むしろ誰も助けてなんてくれないと思ってた」
「それなら、どうして……」
兵器の少年にはわけがわからなかったが、少女は兵器の少年が理解できないことがわからないようであった。
「どうしてって……これって普通のことじゃない? 人は誰も助けてくれなくても、誰かに助けを求めたくなるものでしょう? できもしないことをできるって言いたくなるのと同じでさ。叶いもしない願望は誰だって言いたくなるものだよ」
「……それは、おかしいと思う……」
兵器の少年は少女の言い分は理解できたものの、それでも納得はできなかった。
「そっか、でも私はそれで救われた。出来っこない願望でも口にして見るものだと思う……そのおかげで、私は救われたんだからさ……奇跡みたいだよね」
兵器の少年と少女は何もかもが決定的に違っていた。
それでも。
あの日、自分も誰かに助けを求めていたら、手を差し出す人はいたのだろうかと。
兵器の少年はふとそう思った。
それから数ヶ月、兵器の少年はその少女とともに過ごした。
ある日、街で一人の怪物が暴れた。
その怪物の凶刃が少女をズタズタに切り裂いた。
血塗れの少女の体を抱えて兵器の少年は小さく言葉を漏らす。
「ねえ……君、また助けて、って言ってよ……そうすればまた、助けるから……」
少女の体から熱が消えて、冷めていく、少女を抱えた少年にはそのことが手に取るように分かった。
「……何か言えよ……できもしないことを……与えられることのない救済をそれでも求めるのが君の普通なんだろう?」
それでも少女は何も言わない。
「いいから言え!! ……!!? ……っ!!」
少女の名を叫ぼうとした兵器の少年はそこで初めて気づいた。
自分が少女の名前を知らないことを、少女も兵器の少年の名前を知らないことを。
互いに名は名乗らなかったのだ、必要がなかったから。
それでも兵器の少年は少女の名前を呼べない虚無感を、絶望をそこで身を持って知った、なぜ自分は彼女の名を聞いておかなかったのだろうか、と。
それでも今はいい、彼女を助けた後に聞けばいいだけの話なのだから。
「……助けてっていえよ、あの時みたいに……ねえ……きみ……お願いだから……」
僕を助けてくれ。
そう呟いた兵器の少年の声は少女には絶対に届かない。
何故なら――少女はすでに、息を引き取っていたからだ。
そして兵器の少年は――とうの昔にそのことに気付いていた。
救った話 朝霧 @asagiri
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