回想1
かつての俺は、「
あえて人と違う点があるとすれば、同じ町内に由緒正しい旧家の血を引くというお金持ちの一家が住んでいたこと、そしてそこの娘さん「
断わっておくが、俺と美琴は単なる幼馴染で、決して恋人とかそういう甘酸っぱい関係ではなかった。
もっとも、友人としての仲は決して悪くなく、高校生になっても未だ男女の垣根を超えた友誼を結んでいたというのは、俺たちの年頃にしては少しばかり珍しいかもしれない。
そして、だからこそ「あんなコト」が起きたのだろうが……。
そう、あれは高校2年の夏休み──確か8月に入ったばかりの頃。涼を求めて学校の図書室(校内で一番エアコンがよく効いているのだ)に入り浸り、宿題をダラダラ片付けていた俺は、バッタリ美琴と鉢合わせしたのだ。
その時の何気ない雑談の中で、彼女に許婚なる存在がいて、しかもそれが俺と同じ部活で、色々世話になっている橘先輩であることを知った。
ただ、美琴は親同士が決めたその婚約に納得いってないようで、イチャモンじみた方向で先輩の欠点をあげつらっていた。
それに対して、面倒見のいい橘先輩を尊敬していた俺は、先輩の良さを力説し、弁護し、自分が女なら迷わず橘先輩みたいな男性を恋人に選ぶとまで言った──言ってしまった。
その途端、彼女の瞳に何かおもしろい悪戯を思いついたかのような光が浮かんだのを見て、遅まきながら俺は、自分が地雷を踏んでしまったことに気づいたが、すでに手遅れだった。
言い忘れていたが、ロングストレートな黒髪と色白な肌の大和撫子然とした外見に反し、美琴は、性格面では随分個性的で我の強い(もっと言えば我がままで強引な)少女なのだ。
さすがに初対面の人や口うるさい父母の前では猫をカブっているが、幼い頃からの腐れ縁である俺は、そのことをよ~く知っていた。
彼女がカバンから取り出した「立場を入れ替える魔法の首飾り」とやらを強引に着けさせられ、何やら呪文のようなものを一緒に唱えさせられたかと思うと、次の瞬間、俺は意識を失い、図書室の自習スペースの机に崩れ落ちたのだ。
* * *
そして、次にオレが意識を取り戻したのは、閉館時間を告げる司書に起こされた時のことだった。身体に違和感を覚えて見下ろすと、オレは我が校の女子の夏服である白い半袖のセーラー服を着ていたんだ。
しかも、司書の女性はオレに「大和さん」と呼びかけてくるじゃないか!
そのままおっかなビックリ校内を歩いても、誰もオレを見咎めないばかりか、明らかに見覚えのない後輩の女子が、オレに対して「美琴先輩」と話しかけてくる。
「どういうことなの?」
ふと顔の横に長い髪が垂れさがっているのに気付いたオレは、もしかしてマンガやアニメでありがちなハプニングみたく彼女と身体が入れ替わったのか──と思いついて、思い切って手近な女子トイレに入り、鏡を覗いてみたんだ。
ところが、腰まで髪が伸び、軽いナチュラルメイクでやや女らしい印象になっているものの、そこに映っていたのはまぎれもなくオレ自身の顔だった。
念のため、個室に入ってスカートの下を確かめてみたんだけど、女子高生らしい清楚なショーツの中には、確かに慣れ親しんだ“スティック”と“ボール”の存在が確認できたしね。
どうやらこの首飾りは色んな意味で“本物”だったらしい。本当にオレ達の立場──より正確には、名前と立場“だけ”を入れ替えてしまったんだ!
しかも、一見銀製の華奢な
あちこち捜したものの、下校時間までに「小碓 健」になってるはずの美琴が校内に見つからなかったため、仕方なくオレは腹をくくって「大和美琴」として彼女の家(というかお屋敷)に帰った。
幸い中学の頃までは何度か遊びに来たことがある仲だし、屋敷内のおおよその間取りや、家族のことも大体分かってたしね。
おかげで、多少まごつきながらも、オレは何とかバレずに彼女になりすますことができた。
もっとも、実のところ、あまり心配する必要はなかったかもしれない。
その夜、彼女の両親と会話していて気付いたのだけれど、オレは特に気をつけなくとも自然とお嬢様らしい言葉づかいをしていたんだ。むしろ、余程強く意識しないと、男っぽい口調で話せないくらいだし。
声の方も、発声や話し方の違いなのか、それとも喉にハマった首飾りせいか、“本物”の美琴よりはちょっと低めだが、十分女の子の声に聞こえる。まるで、声変わりする前に戻ったみたいだった。
今の状況に関する手掛かりを求め、美琴の部屋を捜索したオレは、彼女の日記を見つけた。多少の罪悪感を振り切って、それにもしっかり目を通したところ、美琴がこの首飾りを見つけた経緯も書いてあった。
なんと、コレ、道端の露店で普通に売ってたらしい。幸いにして元に戻る方法もいっしょに記されていた。立場を交換したふたりが、向かい合って同時に解除用の呪文を唱えればいいらしい。
この状況が不可逆のものでないと知ったオレは、ようやく少し安堵できた。もっとも、「健」になってる彼女を捕まえて、戻ることを承知させねばならないという難関が待ち構えているという点は、少なからず頭が痛かったけど。
(とりあえず、当面は家族とか友達にバレないよう「美琴」のフリをしつつ、「健」に会って根気良く説得するしかないかなぁ)
そう考えながら、オレは(半ば無意識に)美琴愛用のネグリジェに着替えて、クイーンサイズの無駄にでかいベッドで眠りに就いた。
しかしながら、翌朝からいざ自分で実際に体験してみると、「旧家のお嬢様」の生活は、文字面から受ける印象とは裏腹に、はたから想像するほど楽なものではなかったんだよね。
一週間のうち、月水金土は茶道、華道、日舞にピアノのレッスンで埋まっている。それ以外でも、火曜と木曜は彼女の母親による「良家の娘のたしなみ(別名・花嫁修業)」の指導があって、本当にのんびり休めるのは日曜だけという有り様なんだ。
ただ、首飾りの効果なのか、それらの習い事関連の知識は、いざその場になるとスラスラと頭に沸いて来たので、大きなボロを出さずに済んだ。
そのことに気づいてからは、オレは、むしろ普段できない珍しい体験をさせてもらってるんだと割り切って考えることにした。
中でもピアノのお稽古と「母」から習う洋裁は、オレ自身としても、素で楽しみになってきたしね。
だって、自分の指先が鍵盤の上を踊ると美しい旋律が鳴り響き、型紙と布切れからオレの手で可愛らしいワンピースやスカートなどが生まれるんだもん!
その手のコトに不調法だったオレは、たちまち「何かを作りあげる」ことの楽しさに目覚めていった。
「娘」の熱意を感じ取ったのだろう。母もピアノのお稽古と洋裁を学ぶ時間を他より増やしてくれた。
おかげで、楽しみな時間は増えたけど……結果的に自由時間はさらに減っちゃったんだよ!
そんなワケで、夏休みと言えどあまり自由になる時間がない美琴(の代役をしているオレ)は、健(になってるはずの彼女)をなかなか捕まえることができなかった。
結果、夏休みの残りの期間をまるまる、オレは
そうして迎えた1ヵ月後の二学期。
学校が始まれば、クラスメイトでもあることだし、ようやく彼女と話が出来ると、オレは安心してたんだけど……。
担任から「小碓健」(中味は美琴)が、学校を長期休学して海外放浪の旅に出たという寝耳に水のニュースを知らされ、頭を抱えるハメになった。
放課後、小碓家の方々(つまり本来のオレの両親)に聞いてみても、行き先はハッキリ知らないらしいし。
「あ~、もうっ、アイツってば、何考えてますの!?」
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