北西の国・ミルヴェーデン篇

第64話 ばしゃでしゅ

 二時間ほど歩いただろうか。話しながらとはいえ、変わり映えしない景色に飽きて来たところで、町に着いた。神獣おとなたちの徒歩による移動速度がオカシイだけで、馬車だとだいたい二時間から二時間半くらいの距離だそうだ。

 移動手段がある人たちはここで一泊したあと、次の町に向かうらしい。

 もちろんない人たちもだが、せっかちな人はこの町で食事を摂ったあと、食材を買い足してまた街道に戻ったり、ふたつ先にある町まで定期便があるそうなので、発車時間が間に合えばそれに乗り込むらしい。とはいえ、定期便は一日二便で朝と昼しか出ないそうなので、それをすぎるとないんだとか。

 なので、翌日以降の予約をしておくのが大半で、徒歩だとどのみち途中で定期便に追い越されるので、徒歩で街道に戻るのは金がないかよほどのバカだけらしいとは、セレスさん談。

 ちなみに、この世界の定期便とは、馬車を使ったバスや電車のような存在である。馬車自体は中が拡張されていてかなりの人数を乗せることができるそうだが、国境から辿り着く最初の町なだけあり、利用者は多数いる。

 なので、利用者数に合わせて馬車の台数も増えていくんだと、私を抱っこしたままテトさんが説明してくれた。


「ご飯はどうする?」

「ギルドはやめておいたほうがいいわよね」

「ん。ステラ、狙われる」


 ですよねー!

 セバスさんの問いかけに、キャシーさんとスーお兄様が反応する。さすがにフードを被ったままご飯を食べるのは失礼だしね。そうなるとフードを取ることになるんだけれど、そうすると私の容姿が犯罪者ホイホイになりかねないので却下だそうな。


「となると、個室があるレストランか、宿に泊まって部屋で食べるしかないが」

「それはそれで面倒よね」

「……馬車を出す? その中で食べれば、ステラも話せるだろうし」

「いつの間に馬車なんて手に入れたのよ?」

「セバスたちが合流してから、死の森の木材で錬金した」

「「「「「テト……」」」」」


 おおう、テトさんてば用意周到だな! そんなテトさんに大人たちは呆れている。


「まあ、馬車はいいとして、馬はどうする?」

「ゴーレムでいいなら、それもある」

「「「「「あるんかーいっ!」」」」」


 シレっと言ったテトさんに、テトさん以外の全員で突っ込みを入れたとも! 私は無言で、しかも裏手でビシッ! と突っ込んださ!

 てなわけで大人たちが話し合った結果。馬車での移動が確定したので、お昼ご飯を屋台で買い求めたあと、そのまま町を出る。少し歩くと原っぱに出たのでそこで一旦とまるとテトさんは私をセバスさんに預け、亜空間からあれこれ出し始めた。

 まずは馬車。形としては箱馬車っていうのかな。木造の長方形には窓と扉が三ケ所ついている。扉は前にふたつと真後ろにひとつだ。

 窓は側面の両方と扉、前はのぞき窓程度、うしろは比較的大きめについていて、外からは中が見えないようになっているみたい。

 足回りは木造の車輪だけで、タイヤのようなゴム製品はない。あまりにも乗り心地が悪かったら、サスペンションやゴムのような弾力のある素材がないか提案をしてみよう。

 チューブの代わりに弾力があるものを使い、外側を魔物の皮で覆えば代用できそうだしねぇ。

 屋根は若干傾斜しているのとひさしがついているから、雨や雪が降っても中に入らないし、下に流れ落ちるようになっているみたい。

 前のほうには馭者台と、馬に繋ぐためなのか持ち手のような棒と革がついている。

 次に出したのは馬が二頭。ぱっと見は馬だが、よーく見ると木目があるし、背中には切り込みがついていた。種類としては、ウッドゴーレムというらしい。

 蓋になっているらしい切り込みをパカっと開けると、私の頭くらいはある真っ赤な石――魔石を嵌め込んだテトさんに、大人たちは呆れたような顔をしたあと、溜息をついた。


「テト……よくそんな大きな魔石を持っていたな」

「百年くらい前だったかな。バハムートの変異種を倒したことがあってね。そいつの魔石」

「あ~、百年前だと、西の大陸で大繁殖した時期か?」

「その時のものだね。大繁殖中だったからか、結構変異種がいたんだよねぇ」


 なんだか物騒な話をしているが、私は聞かなかったことにした。とはいえ、ニュアンスとしてはなんとなくわかるけれど、大繁殖とスタンビードの明確な違いがわからないので、馬車の中で質問しよう。

 そんなことを考えているうちに木造の馬二頭が馬車に繋がれ、テトさんが馬の動作を確認している。ゴーレムって言ってたけど、どう見ても動きが滑らかだし、普通の馬だ。

 きっちりたてがみも尻尾もついてるんだぜ? 遠目で見たら、栗毛の馬にしか見えんがな。

 それに、ゴーレムっていうと動きが鈍いとか、カクカクしているとか、某国民的RPGのやつを思い出すんだよねぇ。あとはファンタジー小説に出てくるやつ。

 ファンタジー小説だと魔法生物だったり召喚されたりといろいろだけれど、この世界のゴーレムはどんな立ち位置なんだろう? それも馬車に乗ってから聞いてみようと、本物の馬のように動く耳と尻尾を見つつ考えているうちに出発準備が整ったらしく、馬車の中へと移動する。

 馬車に乗るには階段を使うんだけれど、なんと階段は収納式。扉の下の部分を引っ張ると階段が出てきたのだ! セバスさんに補助してもらいつつ、えっちらおっちらと登ると車内が目に入る。

 座席の並びは、簡単に言うと観光バス。進行方向に向かっていて、左右二席ずつ、五列あった。座席にはしっかり座面と背面が張られ、クッションも置かれている。

 しかも、新幹線や特急列車のように座席が動くらしく、テトさんがどこを押せば動くのか説明をしていた。もちろん私にも説明してくれたし、実際にスイッチを押してみたけれど、座席自体が重くて動かせなかった。残念。

 まあ、指を挟まれて泣きをみる羽目にはなりたくないから、スイッチを押せるだけ充分だ。

 座席の下は荷物が置けるようになっていて、中には毛布や暖房器具、鍋や食器など、旅に必要なものが入っていた。……用意周到すぎねえか? わたしゃびっくりだよ。

 他には座席の背もたれを倒すと簡易ベッドになるとか、スイッチひとつで室内をもっと広げることができるとか。私にはイマイチよくわからない機能を説明されたけれど、それは追々教えてくれるというので、楽しみにしていよう。

 そんな説明を聞きつつ、しっかりご飯を食べたあと、いつもの背中ポンポン攻撃に遭い、寝落ちたのだった。


 寝たんだが、なんだか背中がぞわぞわして目が覚めた。なんというか……嫌な予感というか悪意を受けたというか。

 この感覚はなんだろうと考えつつボーっとしていたら、私の様子に気づいたバトラーさんが話しかけてきた。


「ステラ、どうした?」

「あ、バトラーしゃん。にゃんだか、しぇにゃかがじょわじょわしましゅ」

「ぞわぞわ……? どれ、熱でも出たか?」


 バトラーさんと目が合ったからぞわぞわしていることを伝えたら、熱かと額に手が張りついた。が、熱はない。

 あと、嫌な予感がするとも伝えるもどうしてなのかわからず、お互い不思議そうな顔をし、二人して首を傾げた時だった。


「大変だ! 1キロ先でスタンピードが発生した! 逃げろ!」

「戦えない者は町に向かって走れ! 戦える者や冒険者は殲滅を手伝ってくれ!」


 外からそんな声が聞こえてきて、嫌な予感とはこれか? と、バトラーさんと顔を見合わせた。


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