第63話 こっきょうでしゅ

 肌触りのいい黒虎のぬいぐるみをもふもふしつつ、国境に向かって歩いているわけですが。


 いやあ、町の門を抜けるまで、すんごい注目を浴びたよ! 今も歩きながら、国境から来た冒険者や商人たちに、二度見されるくらいには注目を浴びている。

 ほとんどが冒険者スタイルの大人たちに対してだが、それに交じって私が抱きついている黒虎にも注目が集まっているわけで。フードを被って顔が見えないはずなのに、私の身長よりも大きなぬいぐるみを持っているからって、どうしてここまで注目されるんすかね?

 大きさが問題なのかな。だけど、気持ちいいのよ、このぬいぐるみ。バトラーさんを触っているようで、ずっと抱きしめていたくなる。

 とはいえ、あまりにも注目されるので、とうとう小さいほうにしなさいと、バトラーさんからお叱りを受けてしまった。嫌だったので思いっきり抵抗してみた!


「いやでしゅ! これがいいでしゅ!」


 小さい声で抗議してみた結果。


「ふふふ……ステラちゃん? 大人の言うことは聞きましょうね」

「……っ! ぁ、ぁぃ……」


 真っ黒い笑みを浮かべたセレスさんに微笑まれ、背筋が凍る。こ、この笑みはヤバい……! 逆らったらあかんやーつ!

 てなわけで、ガクブルしていたら、バトラーさんに小さな黒虎と交換されてしまったのだった。

 これはこれで同じ触り心地ではあるんだが、なんというか、こう……抱きしめ具合が違うんだよ。大きさの違いと言ってしまえばそれまでだけれど、それでも違和感があるのだ。

 だけど、セレスさんをこれ以上怒らせてはいけないと、私の本能が囁いている。なので、我慢してぬいぐるみバトラーさん(小)を抱きしめるしかなかった。

 とほほ……。

 ま、まあ、小さくなった途端に視線が減ったってことは、それだけ目立ってたってことだもんね。

 あかん、マジで精神が肉体年齢に引っ張られているがな。それならそれで、あまり我儘を言わない幼児に徹するか……?

 とはいえ、本気の我儘ではない限り私の行動を制限することはないので、そこはしっかり見極めてから我儘を言おうと思う。私の我儘なんて、たいしたものじゃないしね。……たぶん。

 そんなやりとりはあったものの他は特に問題もなく、国境に着く。石造りの壁と門があり、そこには兵士だか騎士だかわからないが手前に三人、少しずれた感じで奥のほうにも三人いた。

 人の流れとしては、六車線の高速道路をイメージしてもらうとわかりやすいかな? ふたつが徒歩や馬での移動や小さな荷車を持つ人たち、もうひとつは馬車が通れるよう、かなり幅広くとられている。

 もちろん護衛なども馬車と一緒に通っている。

 向こうの国から来た場合、あっちで確認されたあとこっちに来て、出る時に身分証だけ見せて出ているみたい。

 それなりに出入りがあるようでこっちもあっちも並んでいるけれど、三人で分担しているからなのか、動きは比較的スムーズだ。五分も並ぶとすぐに順番が来る。


「身分証の提示と、水晶球の判別をお願いします」


 そう声をかけたのは四十代くらいのおっちゃんで、私を見て優し気に微笑んでいる。


「身分証はあるかい?」

「……」

「はい、ありがとう。次はこれに触ってくれるかな」

「……」


 無言で頷き、手を挙げて応える私。ついで水晶球に触ると、青く光った。なんとも不思議な球だよなあ。

 声を出したいんだけどさ、セバスさんから許可が出てないんだよー。ごめんよ、おっちゃん。


「もしかして、声が……?」

「ああ。俺たちが拾った時にはもう、この状態だった」

「そうですか……。いつか話せるようになるといいな」


 バトラーさんと話しつつ、そんなことを言いながらフードの上から私の頭を撫でるおっちゃんに、つい、後ろめたさで胸が痛くなる。何度も言うけど、セバスさんから許可がおりてないせいだからね! 恨むならセバスさんを恨んでね!

 などと明後日の方向に文句を言いつつ、問題がなかったようなのでバイバイと手を振って通り抜ける。五メートルも歩くとすぐに隣国の出口側に到着し、そこでも身分証を呈示してアーチをくぐった。

 視界の先にあったのは、代わり映えしない景色。比較的真っ直ぐに伸びた土の街道と、積もっている雪だけだ。

 街道にはわだちや蹄跡、そして靴跡があるだけでこれといったものはなく、街道の周囲は狭い範囲の原っぱと、その奥には森が広がっている。雪原には動物の足跡があったりして、見ていて楽しい。

 いくら街道を整備しているとはいえ、町の中や周囲以外は日本のようにアスファルトじゃないので、溶けた雪の水溜まりができていたり、場所によっては泥状になっていたりしている。なので、未だに私はバトラーさんに抱っこされたままだった。

 歩いてみたい気もするけれど、長靴のような防水仕様の靴じゃないから仕方がない。キャシーさんはそういった靴も作れるそうなので、そのうち頼んでみよう。

 そうこうするうちに街道の横に柵で囲まれた、広い場所がいくつも見えてくる。なんだろうと思い、小さな声でバトラーさんに質問してみた。


「バトラーしゃん、あのしゃくでかこまりぇたばちょはなんでしゅか?」

「あれは休憩所だ。柵は魔物除けを兼ねている」

「夜になると魔物が出るからね。だから、ああやって柵で囲い、魔物が寄ってこないようにしてるんだよ」

「ほえ~」


 もっと詳しく休憩所のことを聞くと、街道には一定の距離で休憩所が設けられているという。町や村との距離が長く、徒歩や馬車では一日で辿り着けないこともあるんだとか。

 なので、そういった場合のために馬車や馬、護衛と一緒にテントを張り、一泊できるようになっているそうだ。休憩はもちろんのこと、食事や水分補給、トイレ事情なども解消できるようになっているんだと。

 で、一泊するってことは、そこで夜を明かさないといけないんだけれど、夜は魔物が活発になるだけじゃなく、国によっては昼間でも野盗や夜盗が現れる。それらを警戒するために、交代で見張りをして一晩過ごすという。

 まあ、野盗や夜盗は昼間は人気ひとけのない、木々に覆われた場所にある街道などに潜んで襲うことがほとんどなので、国自体が荒れていなければ休憩所を襲ってまで食料などを得ようと思わないそうだ。

 つまり、一時期滞在していた森の近くで聞いた騒ぎは、滅多に起こらないらしい。

 そんな休憩所事情を聞いている間に、休憩所に着く。比較的人が少ない場所へ行って結界を張ったあと、休憩と水分補給。

 寒いから火を熾し、温まりつつお湯を沸かして紅茶を淹れたセバスさんは、パパっと作業してミルクティーを淹れている。さすがセバスさんや~。……冒険者スタイルだから、違和感が凄いけど。


「ステラ、次の休憩所でお昼を摂る。昼寝から起きたら話してもいいぞ」

「あい!」


 やっと許可が出ましたー!

 まあ、私がお昼寝している間に、すんごい距離を稼いでそうだもんな。起きたら町や村をふたつみっつ越えてても驚かん。

 休憩を終えたら火の始末をして結界を解き、街道に戻る。今度はテトさんに抱っこされたのでぬいぐるみテトさん(小)を抱きかかえたら、満面の笑みを浮かべたテトさんが、ハートをたくさん飛ばしている幻影が見えた。

 新しい国に入ったことだし、町の様子も気になる。

 楽しみだなあと思いつつ、テトさんにしがみついたまま、周囲の景色を楽しんだ。


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