第61話 あさいちでしゅ

 おっはよーございまーす!

 ご飯を作らなくていいぶん、起きる時間はゆっくりだ。顔を洗ったりして身支度を終えると、みんなで集まって朝食。

 運んできたのはステイシーさんと、薄いグレーの毛並みの狼さん。狼さんも子ども好きなようで、めっちゃいい笑顔で私の頭を撫でている間、ふさふさな尻尾がブンブンと千切れそうなくらい振られていたっけ。

 大人たちはがっつりと食べ、私は同じものでロールパンのようなパンに材料を挟んであるもので、幼児の口で三口ほどで食べられる大きさのもの。熊さんが作ったのかな? なんとも気遣い溢れる朝食でござった。

 ご飯後はセレスさんが淹れた紅茶を飲みつつ、今日の予定を話す。といっても、朝市を見て回ったあと、私が使う採取用ナイフかハサミを買ってから国境に向かうとのこと。

 まあ、幼児が持つナイフの大きさなんて、せいぜいペティナイフくらいだ。なので調理器具が売っている道具屋さんに寄ったあと、国境に向かうらしい。

 あとはキャシーさんが刺繍糸や針が欲しいと言っているので、それも買うそうだ。


「じゃあ、そろそろ出かけよう」

「ステラちゃん、今日のコートはこれよ」

「あい!」


 キャシーさんに渡されたのは、白いダッフルコート。裏側も白で毛皮になっている。

 表はフリースのような手触りで、ポケットと袖口には金色の糸でデフォルメされた、セバスさんの姿が刺繍されていた。派手だな、おい。

 もちろんフードがついていてドラゴンの顔がデフォルメされ、黒いコートと同じ魔法がかけられているので、しっかりフードを被り、昨日と同じように話すなと厳命された。

 もこもこブーツはもちろんのこと、黒いタイツと空色のワンピースも魔物素材で作ったものなんだとか。ワンピースはうしろでリボンを結び、襟ぐりには真ん中に赤い花、その隣には青や黄色、ピンクの花と葉っぱが刺繍されている。

 ほんっとうに器用だよね、キャシーさん。あの巨体とぶっとい指から、繊細で可愛い刺繍を施すんだぜ? いろんな意味で凄いやら戦慄するやらで忙しいよ、私。

 私の支度が終わると、先にセバスさんとセレスさんが部屋の外に出る。残った人で忘れ物がないか確認したあと、バトラーさんに抱き上げられ、同じく部屋を出た。

 階段を下って食堂を通り過ぎ、カウンターで話をしているセバスさんとセレスさん、ステイシーさんを見かけた。じっと見ていたら私に気づいたんだろう。

 ステイシーさんが奥に声をかけたあと、ニッコリ微笑んで私に話しかける。


「おはよう、ステラ。よく眠れたかい?」


 声を出せないなので、元気に左手を上げて頷く。


「それはよかった。テト、本はどうだった?」

「とても喜んでいましたよ」

「お目目がずっとキラキラしていたわね」

「そうかい、そうかい」


 よかったねぇと言って私の頭を撫でるステイシーさんに、にっこりと笑顔でお返事をしておく。少しだけ荒れているステイシーさんの手は、働き者の手であり、料理人の手だ。

 今はこの世界の知識がないから作ることはできないけれど、いつか日本にあったようなハンドクリームを作って渡したいな。そのためには植物だけじゃなく他にも知識が必要だし、化粧品があるかも調べなければならない。

 とはいえ、お貴族様がいる以上、きっとそういうものがあると思うんだよね。日本と同じ成分ではないだろうが、それでも肌にいい植物はあるはずだもの。

 香りのいいものも調べて、仄かに香る程度の匂いを纏わせるのもいいよね。料理人だからさすがにきつい匂いのものはダメだけれど、寝る前に使用してもらうのであれば、仄かに香る程度なら大丈夫なはずだし。

 ステイシーさんに撫でられながらそんなことをつらつらと考えていると、熊さんが顔を出した。手には紙の手提げ袋を持っている。


「ステラちゃん、これ」


 首を傾げてなんですか? と問うと、中には熊さん手作りの飴やお菓子が入っているという。おお、熊さん手作りのお菓子!? それは楽しみだ!

 お礼を込めてニッコリと笑い、熊さんに両手を伸ばすとバトラーさんが熊さんへと私を移動させる。そのまま熊さんに抱っこされた私は、お礼を込めて熊さんの頬っぺたにチューをした。


「ありあとー。だいじにたべましゅ」

「ああ。いつかまたおいで」

「あい」


 とても小さな声で熊さんにお礼を言うと、熊さんが破顔した。

 羨ましそうな顔をした大人たちのことは見なかったことにした。

 いいじゃん、そのうちチューはするだろうけれど、今はしない。熊さんのように私を喜ばせてくれたらね!

 なーんて上から目線でそんなことを思っていたら、熊さんからバトラーさんへ戻った。

 会計はすでに終わっているそうなので、そのままステイシーさんと熊さん、カウンター内にいた他の狼さんやトラさん、兎さんの獣人たちにバイバイと手を振ると、みなさん微笑んで手を振ってくれた。

「お持ち帰りしたいっ!」って聞こえたような気がするけれど、き、気のせい、だよね……? ま、まあ、バトラーさんをはじめとした大人たちがそれを許すとは思えないので、対処はお任せにしよう。

 そうこうするうちに宿を出て、朝市が開催されているという通りに向かう。昨日もそれなりに活気があったが、夕方と朝では人の流れも活気も雲泥の差だ。朝のほうが威勢がいい。

 食べ物を売っている屋台を中心に、他国から来たらしい行商人がどこそこの国のナントカという食べ物だと声を張り上げていたり、可愛らしい装飾品や布製の人形、食器のセットだったりと、まるで蚤の市やお祭りのような様相をしていて、見ている分には楽しい。

 大人たちは食料を売っている屋台や店に寄ってはあれこれ買っているので、私もバトラーさんの気を引いてから、気になったものが売っている場所に連れて行ってもらう。


「どうした?」

「……」

「これか?」


 無言でその商品を指さしてバトラーさんを見ると、察してくれたのか、それを手に取ってしげしげと眺める。推測だが、鑑定、じゃなくて看破を使っていると思われる。


「ふむ……問題なかろう。店主、これがほしいんだが、いくらだ?」

「まいど! こちらですと――」


 値段を告げた店主とバトラーさんの間で多少の値引き合戦が行われたものの、見事に勝ち抜いたバトラーさん。他にも気になったものも一緒に買ったのがよかったのか、店主のおっちゃんはホクホク顔だ。

 大きいものはそのまま、小さいものは包んでくれたおっちゃんにニパっと笑って頭を下げると、大きいものは手渡してくれた。それを抱き込んでまた頭を下げると、おっちゃんは「まいど!」と言ったものの、痛ましそうな顔をして私を見たあと、バトラーさんに視線を向ける。


「……声が出せないんですか?」

「ああ。旅の途中で見つけた子でな。その時すでにボロボロの状態で傷だらけ、話せもしなかった」

「そうですか……。俺も見たことがありますが、いつか、子どもが大切に扱われるようなご時世になるといいですね」

「そうだな」


 しんみりとそんな話をしたバトラーさんとおっちゃんに、つい遠い目になる。おっちゃんの言い方を聞くに、きっと話せない設定になっている私のような子じゃなく、本当に話せない子がいるんだろう。

 心因的に喋れないだけなのか、怪我を負って話せないのかはわからないけれど、魔物や盗賊など、日本にはいない悪党がいる世界では、いつだって女や子どもが真っ先に搾取され、売られていく。

 全員が豊かな生活を送れるなんてのは理想であり夢でしかないが、それに向かって努力をする人はいるし、微々たるものでも生活水準を向上させた人もいると、神獣おとなたちが語っていたことを思い出す。

 現代日本だって見えていても見ないふり、あるいは表面化してないところで貧富の差があったんだから、王族を中心とした封建制度では余計に酷いのかも。

 それでも、この世界での常識的な範囲で、きっちりと国や領地を治めている人もいるんだから、凄いなあと思った。

 とはいえ、現在の私は幼児で貴族でもない一般市民。種族は特別らしいが、それはバステト様が用意した器がそうだっただけで、私の責任じゃないやい。

 そんなことを考えていたら、いつの間にかおっちゃんがいた屋台を離れ、比較的大きな建物の前にいたのには驚いた。上を見れば鍋や刃物の絵が描かれている。

 ここはどんなお店かな。店内を見るのが楽しみだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る