第56話 閑話 その日、ギルドに激震が走った(受付嬢視点)

「今日も穏やかね」

「そうね。まあ、相変わらず煩いけど」

「仕方ないわよ。そろそろ冒険者が戻ってくる時間だもの」

「確かに。今の時期は早めに戻ってくるものね」


 今日も今日とて、我が町キャドラングルにある冒険者ギルドは、比較的平和です。国境に近いだけあって他国から来た冒険者や商人と揉めることはありますが、今は冬ですので人の往来も少なく、揉め事は滅多に起きません。

 とはいえ、国境が近いですから善からぬ行いをする人間が紛れ込むこともありますし、この国の現状は食料不足ですので、他国からの商人が通るのはとてもありがたいことです。そしてキャドラングルの近くにはそれなりに深い森もあり、飢えるほど食料が不足するといったことはありませんでした。

 ただ、中には森から必要以上に食べ物を採取してしまい、森の怒りを買って命を落とした者も少なからずおりますが。

 それに、国と領主様から食料が配給されましたので、現在はそれなりに落ち着いており、冒険者がフォレストウルフやホーンラビットを狩ってきてくださっているので、肉に限って言えば余裕があるくらいでしょうか。

 そんなキャドラングルの町の冬は、お昼過ぎになると冒険者が狩りや依頼から戻り始めます。忙しく処理をし、人が途切れた時でした。

 とても存在感のある冒険者が六人、ギルドに入ってきました。


「おい、彼らはもしかして……」

平和の剣閃ソード・オブ・ピースだよな……」

「え、伝説の!?」

「まさかこの目で、本人たちを見られるとは思わなかった」

「俺も」


 冒険者たちの囁き声に、彼らの顔を見ます。すると、本当に平和の剣閃ソード・オブ・ピースの皆様で、バトラー様に至ってはデフォルメされたブラックウルフのフードを被った、小さい子を抱っこしておりました。

 フードを深く被っていたので性別はわかりませんが、怯えたようにバトラー様にしがみついています。その様子を目にしつつ、近づいてきたセバス様とスティーブ様に挨拶をいたしました。

 ギルドでは上役とそれに準ずる者しか知らされていませんが、平和の剣閃ソード・オブ・ピースの皆様は、全員神獣だと聞かされています。かく言うわたくしは、これでもギルマスをしておりますので、彼らの正体を知っているのです。

 それはともかく、セバス様はパーティーリーダーだからでしょうか、スティーブ様を伴ってカウンターに来ると、さっそくとばかりに旅の途中で幼児を保護したとおっしゃいます。


「幼児を保護、でございますか?」

「ああ。捨てられたのか攫われたのかは知らんが、見つけた時、かなり衰弱していてな。しかも服もボロボロで、話すこともできなかった」

「まあ……」


 なんということでしょう! どこで保護したのか教えてくれませんでしたが、魔物に襲われることなく、よく無事でしたわね。服がボロボロだったとおっしゃっておりますから、襲われた可能性は高いです。

 襲われていたとして、よく無事でしたわね……。

 そしていろいろな事柄やその恐怖から、話せなくなったのかもしれません。なんとも痛ましいことです。

 その間も話は続いておりますが、ちらりと話に出た子を見ます。恐らく、男女関係なく、大人が怖いのでしょう……バトラー様にしがみつき、プルプルと震えています。

 だからなのでしょう……バトラー様に抱っこされている子を護るように、テト様をはじめとした方々が、周囲を囲っておりました。

 しかも、耳をすまして聞いていたらしい本来の受付嬢や職員、冒険者までもが痛ましそうな目をして、眉間に皺を寄せていますね。他国はどうか知りませんが、ここ数年の不作により、我が国は子どもの出生率が低下しているのです。

 だからこそ子どもを大事にするのですが、まさか、攫われたり捨てられたりするようなことが起きるとは……。なんとも嘆かわしいことです。

 それからもセバス様のお話は続き、旅の間に自分たちだけは慣れてくれたけれど、危険な旅だからと孤児院に連れていったものの、話せないにもかかわらず大粒の涙をこぼし、イヤイヤと首を振ってずっとバトラー様にくっついて離れなかったそうです。

 なるほど……それで今も離れないのですね。

 もし攫われたのであれば、依頼書が貼られることもあるからとあちこちの町に寄って確認したそうですがなく……。残念ながら、この町にもそういった依頼は出されておりません。

 ただ、隣国はともかく、もっと遠い他国だとこちらに情報が入ってくるのはとても遅いので、もしかしたらとそうお伝えしたのですが、セバス様とスティーブ様の雰囲気から察するに、他国にもなかったようですね。

 結局バトラー様から離れないことから、平和の剣閃ソード・オブ・ピースの皆様で面倒を見ることにしたようで、証明書の発行をお願いされました。彼らの正体を考えると、彼ら以上に安全な場所などありませんので、二つ返事で頷きました。

 専用の用紙をお渡しすると、セバス様は子どもの情報をスラスラと書いていきます。どうやら事前に許可を取って鑑定したようで、証明書として使える、最低限の情報を書いてくださいました。

 神獣の鑑定結果ですから、信用に値します。

 書かれていたのはお名前と性別と年齢、適正がある魔法、称号でした。漏れることを恐れてか種族は書かれておりませんでしたが、種族やスキルなどはどこのギルドに登録するにもどのみち任意ですので、未記入でも問題ありません。

 あるとすれば称号ですが……驚きました。なんと、既にバトラー様の庇護下に置かれているようなのです。それも、〝愛し子〟という、この世界では最高の部類に入る称号です。

 しかも、バトラー様は滅多なことでは称号を与えないことで有名な神獣ですから、この子は最強の守護者を得たことになります。

 それと同時に、情報が漏れた場合、わたくしどころか、このギルド職員の首が物理的に飛ぶことが決定しました。……情報とこの用紙の扱いに、気をつけねばなりませんね。

 頭と胃が痛いと内心思いつつ、処理機に紙を通すと、無事に証明書が発行されました。その旨をお伝えし、この証明書がのちに幼児のためのタグになると説明し、セバス様にお渡しいたします。

 が、ひとつ問題があるのです。ギルドタグと同じように、血を一滴垂らし、本人の魔力を登録しなければなりません。これをしないと、証明書や身分証として使うことができないのです。

 大人ならいいのですが、幼児ということが問題なのです。泣かなければいいのですが……。

 そう思っていたのですが、フードを深く被った子は泣くこともなく、セレス様に傷を治してもらったあと、血を拭き取られていました。

 泣かなかったことに安堵したのでしょう。セバス様は小さく息をついておりました。その後、バトラー様が証明書を預かり、ギルドから出て行きます。


「助かった。ありがとう」

「どういたしまして」

「ついでで申し訳ないが、ギルド推奨の宿を紹介してほしいんだが」

「そうですね……」


 セバス様たちだけが泊まるのであれば、高級宿でもよかったのでしょう。けれど、今回はあの子がいますし、高級宿でも情報を漏らすところもあります。

 それもあり、わたくしどもにお尋ねされたのでしょう。

 それでしたら信頼できて、尚且つもしもの場合に備え、国境へ近い宿がいいと考え、ステイシー様の親族が経営なさっている宿がいいでしょう。


「それでしたら、〝黒狼の憩い亭〟をお薦めいたします」

「黒狼? ……ああ、ステイシーの」

「ええ。下手な宿よりはいいと思います」

「そうだな。空いているかどうかわからないが、行ってみよう。ありがとう」

「どういたしまして」


 他にも信頼できる宿をふたつほどお薦めしたあと、セバス様とスティーブ様はギルドから出ました。その瞬間、爆発したのかと思うほどの、轟音が聞こえました。

 実際に爆発したわけではありません。冒険者たちと一部の事務職が、いろんな意味で悲鳴をあげているのです。


「コラーッ! 喧しい! 静かにしなさい!」

「ギ、ギルマス……!」

「隣近所に迷惑がかかるでしょ! それとも、訓練場でぶっ飛ばされたいわけ?」

『すんません!』


 声を揃えて謝罪する冒険者たちと一部の職員。まったく、滅多に来ないパーティーだからと言って、はしゃぎすぎです。

 しかも、バトラー様が幼児を抱っこしていたものですから、余計に騒いでいるのでしょう。

 だって、バトラー様はとても優しい目で幼児を見つめ、大事そうに背中をさすっていたのですから。それだけで、バトラー様の加護がわかるというものです。

 それはともかく。

 ここは国境の町ですから、幼児の体調次第ではすぐに出発なさると思います。バトラー様だけではなく、他の神獣も気にしているようでした。

 今はバトラー様だけですが、そのうち他の皆様の愛し子になるのも、時間の問題かもしれませんわね。

 とりあえず、小さな話し声はするもののギルドが静かになったので、あとのことは任せて席を立つと、証明書類を持って執務室に戻ります。サブマスもあの場にいましたから、きっと事の重大さがわかっていると思うのです。

 それを証拠に、サブマスも一緒についてきているのですから。

 この書類は厳重に保管しておかなければなりませんしね。


 ふと、真っ黒なコートを着ていた幼児を思い出します。

 しゃべれなくなった幼児の女の子が、いつか話せるようになればいいと、バステト様に祈りを捧げるのでした。


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