第46話 のびるでしゅ

「さすがに寒かったわよね。ごめんねぇ」


 キャシーさんが蜘蛛さんの頭を撫でつつ謝罪している。いいよと言っているのか、蜘蛛さんの右手が上がった。

 しばらくセバスさんが淹れた紅茶を飲みながら、ダイニングにある暖炉の前でまったりと温まったあと、それぞれ動き出す。私はテトさんとセレスさんと一緒にご飯作り。

 寒いからシチューと温野菜サラダ、マッシュポテトが食べたいとリクエスト。ただし、マッシュポテトは普通のじゃないぞ? チーズが入っていてみよーんと伸びる、アリゴというフランスの郷土料理だ。

 さすがに幼児の力でジャガイモを潰してからチーズを入れたあとの練る作業は、腕力が足りないのでできない。なので、そこは興味津々で聞いていたテトさんにお願いし、作ってもらうことに。

 ジャガイモの皮を剥いて一口大に切り、茹でる。柔らかくなったらザルにあけてお湯を切ったあとは鍋に戻してジャガイモを潰し、弱火にかける。

 塩コショウしてから、ヘラで混ぜつつ牛乳または生クリームを入れて少し伸ばしたあと、チーズを少しずつ入れて溶かしつつ練っていく。

 この、チーズを入れてから練るのが大変で、チーズを入れるごとにどんどん重くなっていくのだ。チーズ自体はプロセスチーズでいいけれど、それでも細かく刻んでいるし、大量に入れて練るものだから、マジで重労働だ。


「こ、これはかなり腕にくるなあ」

「でしゅよね。らけど、このみよーんってのびるのが、みててたのしいんでしゅ」

「どれ……。お? おぉ……! これは面白い!」


 普通のマッシュポテトであれば、ヘラで掬ってから斜めにすると、ボテッと落ちる。ところがチーズを入れると、お餅やピザのチーズのように、みよーんと伸びるのだ。

 チーズを入れれば入れるほど伸びるんだが、そこはチーズの匙加減も大事。フランスではこれを大きなお皿に盛り、みんなで直接フォークでつついたり、付け合わせにしたりして食べる。

 アメリカにいた時にもアリゴを出すレストランがあったが、さすがに私は直接お皿から食べるようなことはせず、先にもらって一人で食べていた。感覚としては鍋をつつくのと変わらないだろうけれど、直箸で鍋をつつくのは、たとえ家族であっても躊躇われる。

 そういうのもあり、同僚と食べる時は私の分だけ先にもらっていたのだ。

 文化の違いと言ってしまえばそれまでだが……さすがにねぇ。

 おっと、話が逸れた。

 つまり、そういう食べ方をするものだということが言いたかった。

 そんな話をしつつ、私がチーズを入れ、テトさんに練ってもらうという作業していると、あっという間に練りあがる。感触を確かめるようにテトさんがアリゴを伸ばすと、みよーんと五十センチほどに延びた。

 ……チーズを入れすぎたかな? まあいっか。


「これはなかなか凄いね!」

「面白いわね、それ。だけど美味しそうだわ」

「ちーじゅのあじがして、おいちいでしゅよ」

「そうなのね。それは楽しみだわ♪」


 シチューを作っていたセレスさんが、アリゴを見て感嘆する。シチューも温野菜サラダもアリゴもできたので器に盛り、テーブルへ運ぶ。

 とはいえ、私は運ぶことを禁止されているし、テトさんによる「できたよー」の言葉を合図にバトラーさんが私を運び、セバスさんとキャシーさんが料理運びを手伝っているので、できないともいう。

 まあ、幼児が持つにはちと重いからね。それもあって、料理の手伝い以外はさせてもらえないのが現状だ。

 うぅ……申し訳なさすぎて……、早く大きくなりたーい!

 とりあえず、ご飯が先ってことで、いただきまーす!

 とろ~りしているクリームシチューはギャーギャー鳥のもも肉とジャガイモ、玉ねぎとニンジンというシンプルなもの。温野菜もプチトマトをはじめとして、ブロッコリーっぽいものやカリフラワーっぽいもの、カボチャとヤングコーン、サツマイモとニンジンが入っていて、彩も綺麗。

 そこにきゅうりと紫色の玉ねぎを足しているのがいい。

 温野菜はシチューに入れてもよさそう。

 そして、温野菜に添えるよう端っこに置かれ、みじん切りしたパセリがのっているアリゴ。野菜にかけて食べてもいいし、そのまま食べてもいいようになっている。

 眺めていても冷めるばかりだからと、まずは湯気がたっているシチューを口に運ぶ。野菜とギャーギャー鳥のコンソメとミルクの香りと味が口の中に広がる。

 それぞれの素材が出している甘さと旨味、噛んだだけでほろりと崩れるジャガイモがとっても美味しい! ニンジンも玉ねぎも甘く、とろけるよう。

 その甘さを引き出している塩加減が抜群なんだろう。マジでうまー!

 次に蒸された温野菜を食べる。まずはトマトから。

 酸味がほとんどなくなり、甘く変換されている。それでも生で食べた時と比べるとそこまで酸っぱいわけじゃなく、トマトソースに近い味の酸味だ。

 これがまた絶妙で、何個でも食べられそう。

 他の野菜もちょうどいい硬さだし、アリゴと一緒に食べると野菜の甘みが引き立つしで、フォークが止まらない。これが所謂口福こうふくかと、すんごい幸せな気分になった。

 私がうまうまと食べている間、大人たちはといえば同じように幸せそうな顔をして食べている。アリゴの味と伸びるのが面白かったようで、わざとみよーんと伸ばしてからフォークに巻き付け、口に運んでいる。

 うん、フランスやアメリカでも、そのやり方で食べていた同僚たちを思い出した。

 奴らは元気かねぇ? 私の分まで仕事頑張れよ~と、心の中で祈った。

 その後、珍しくシチューをおかわりした私は、緑茶を飲んでお腹を休めたあと、キッチンに立つ。クラーケンのいかトンビを使った、酒のつまみを作るのだ。

 その作り方に興味があるのか、バトラーさんとキャシーさん、セバスさんが集まってくる。とはいえ、今回はオーブンを使って焼くだけなんだけどね。

 他にもベヒーモスとボア、牛の魔物の赤身の部分を薄切りにし、醤油と酒、みりんをベースにした醤油だれと焼き肉のたれを使い、ジャーキーもどきを作ってみることに。

 正しい作り方は知らないが、実家ではたれに漬けた肉をオーブンで焼いて作ってたんだよね。なので、実家バージョンのジャーキーもどきを作るのだ。

 あとはクラーケンのイカ味の部分をいかそうめんにしてみたり、塩水で洗ってからそのまま火に炙ってみたり。できれば一夜干しにしたいけれど、外は雪が降っているから、今はこれで我慢だ。

 わさび……あったっけ? なければ生姜でいいか。タコ味の部分を使ってたこわさならぬタコ生姜、味噌とえんぺらの半分やイカ味のゲソ部分を使って塩辛を仕込んでみたりと、酒のつまみになりそうなものを四人で一緒に作った。

 その段階でセレスさんからストップがかかる。


「そろそろ寝る時間よ」

「あい、わかりまちた」


 そだねー、幼児は寝る時間だねー。

 塩辛以外は大人たちで食べてもいいと話し、私はセレスさんによって寝室に運ばれる。優しい声の子守歌が聞こえてくると、私も眠くなってくる。

 あ~、そういえば、懐炉や温石の話をするのを忘れたなあ……なんて考えているうちに、いつの間にか寝落ちていた。


 翌朝。

 大人たち五人は、若干酒臭かったと言っておく。


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