第3話『変わってしまった日常①』

──プッシュッ!ゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッゴキュッ──

「プハァーー」


 鼻を突き抜ける炭酸飲料の香り、口の中で弾けるスパーク、酸味と甘味が疲れた脳を癒していく。


「旨し!!」

ってなんだよ……。」

「何か悪いですかぁー。」

「美味しいのですから、やなみは何も間違えていないと思いますよ。」

「ほら、ほらぁ。茉依もそう言ってんじゃん」

「茉依さんがさぁ、ヤッギーの方に付いたら、何も突っ込めないんですけどぉ。」

「ユージもなんか言ってくれや」

「これも捨てがたい。いや、こっちの方が……。あれにすべきか!う~む、どうするか。」

「…………。早く決めろ!!」


 戦いは終わった。現実世界に帰ってきたのだ。現実世界に……。

 今四人はつかの間の休息を取っているところだ。この後、すぐさま他のゲームをしなければならない。ならないのだ!!


「惜しかったですね。」

「まさかさぁ、ボスのリッチ倒したら終わるって思って魔力ぶつけて倒したのに、終わらず他のモンスターが強化されるとは思わなかったよ」

「トラップ引っかかって草w」

「草に草を生やすな」


 そんな会話を挟みながら手元はひたすら動いてる。萩原は大根の達人という、曲に合わせて流れてくる大根を抜くリズムゲーで、フルコンボを達成していた。

 浅倉はまだ撃ち足りないのか、ゾンビゲーのビーストバンガロールを遊んでいる。

 出水はパンチングマシーンに挑戦するようだ。

 ………坂上は、というと。


「あれやりたい、いや、先にあっちをするか。いやいや、こっちの方が楽しいしな。でもそんな気分じゃないようなぁ。」


 またもや悩んでいた。


「やく、決、め、ろ!」



 満足した四人がゲーセンから出てきた。


「たのしかったぁ~~。」


 鞄を振り回しながらスキップをしている萩原。


「楽しかったですね。」


 今日という時間を少し名残惜しそうに浅倉は言う。

 萩原は一二三と皆の前に出て、そこで振り返る。


「また来よう!」


 そう萩原は宣言し、三人はコクリと頷き賛成する。

 そこにゲームがある限り、この四人はそこに……居そう。まあ、仲良き事は良いことかな。

 皆で並んで帰ろうとした、そのときだった。


──ブン、ギュィィィイイ──


 何処かで聞いた、何やら聞き馴れた音が耳の奥底で響く。しかし、この音の正体を思い出すより先に、人は自身の視界がぶれたのに気づく。


──ゴゴゴゴゴッ──


 いや。視界がぶれたのではない。世界が揺らいでいるのだ。

 『大きな揺れ』それは地球全土に及び、人類が立つことを許さなかった。

 立つこともままならぬ揺れは世界を暗転させる。

 世界に灯されていた文明の光が、たった今……消えたのだった。


──クエストを開始します。準備してください。──


 人々は暗闇に意識を投げ捨てる事となる。




「うっ、ウゥゥゥ……。」


 一時の静寂を打ち破ったのは、誰かの呻き声であった。

 一斉に、とはいかないが多くの人々がその後、眼を覚ました。この状況を理解している者は居ないだろう。一瞬の出来事だったのだ、さながらアニメや漫画のエピローグのように唐突であった。



 ヤッギーは自身の頬がゴツゴツした固い何かと接触していることに気が付いた。小石が頬に押し込まれて痛い、かなり痛い……。ヤバ!いった!

 肌を貫く痛みがヤッギーの意識を完全に覚醒させた。

 俯せの状態から、頭を上げた状態へと移行し、目を見開いて辺りを見渡す。


「特…に……何かあったわけでも?無いのかな………。(電気が消えている事は置いといて。)」


 ところで、この周辺は高い建物が多い。ターミナル駅が近くに在るため、デパートやら何やらが多い。つまりガラス張りの建物が多いわけだ。そんで明るい所から暗い所へ覗く時、ガラスって鏡みたくなるよなぁ。

 ヤッギーは周囲を見渡した。そして、見てしまった!ガラスに写った自分の姿を。


「にゃ、にゃんですとーーー!」


 ガラスを鏡のよに扱いながら自身の輪郭をペタペタする。そこに写ったのは萩原ではなかった。


「耳は耳だが、猫耳が………在る!!」

「てか、ツインテールが消えた!私のアイデンティティーを返せ!」


 頭の上に有る耳がピクッピくッと動き、尻尾が可愛らしく制服のスカートの裾からはみ出している。

 そこに写ったのは制服を着たヤッギーであった。

 ヤッギーは再び周囲を見渡す。

 目につく人間は、全てヤッギーと同じ状況のようだ。

 もちろん、出水はリンリンだし、浅倉はマイマイだ。坂上もユージで、皆アバターの姿である。ただし、服装はさっきまでの制服だ。


「リンリン起きて、ねぇ起きてってば。美少女の揺さぶりだぞ起きろって。」

「ぬ……か…せ……。」

「よし!起きたね。ユージを起こして。」


 当たり前のようにボケとツッコミを会話に挟む。コイツ、できる!


「マイマイを起こすのに……………。

揉むか。」

「止めとけ、虚しく成るだけだと思うぞ。」



 人々は目覚めた。

 あの揺れからいくらばかし経っただろうか。完全なる静寂の後、世界の流れが停止したあの時から。

 辺りは既に暗い、かといって闇ではなかった。電灯は消え、日も沈んでいるが相手の顔を確認する事ができる。

 天に太陽こそ無いが、赤く仄かに輝くものがある。月であった。

 赤く、朱い、紅い月。この夜が今日の夜ならば、ブラッドムーンではないはずだ。

 人々が目覚めてから数分、人類は自身が置かれた状況を理解しておらず、放心状態にも等しかった。その後、小さい嘆きが挙がり、伝播するように広がった。

 まさに阿鼻叫喚、人々は突然の理不尽に怒鳴り散らす。

 人の怒りは収まりを見せない。時に暴力として放たれる事もある、そんなときであった。


──……………ガザッ………ザザッ…………,…………ザザザァァァァァァ。──

 何処からか聴こえる砂嵐の音、いずこから聞こえてくる?

 音の出所は我々の身近に在る物、はたまた大通りで見上げる物等だ。本来なら点くはずのない画面という画面から、砂嵐が聴こえているのだ。

 文明の光は消えている。ライフラインは死に、電子機器はうんともすんとも言わない。其が故にこの状況に人々は思考を巡らせる。『もしかしたら、この状況を説明してくれる何かが起こる』と。


──「………あ~、テステス、おっけー繋がってるね。…………ゴホン!ハッア~~イ、地球支配種族の皆さ~ん。どうもこんばんは~~。」──


 画面に写し出されたのは、軽快に愉快な声を持った女の姿であった。

 女と言ったが、それは推測である。『女の姿』というと少し語弊がある。

 写し出されたモノを正確に描写するなら、

 『暗転した液晶画面、その暗がりには何か得体の知れないモノが潜んでいるように感じられる。そんな物を背景として奴は居た。人の姿を2秒で書き出しましたと言わんばかりの手抜きの人影。曲線のみで構成されたピクトグラムのような其は、腕のような所を振って挨拶しているようだ。』

 『影の枠の内部は様々な幾何学模様がひしめき合い蠢き合っている。それらの錯覚によるものか、完全にはその人影の輪郭を認識できない。』

 と言った感じだろうか。なので『女の姿』と言ったのは、声の高さからである。

 ともかく分かることといえば、人影(画面に写し出された奴)は我々とかけ離れている存在であるということだ。


──「皆さんは、この状況に不安を覚えた事でしょう。でーも!大丈夫で~す。なんたって、この状況は貴方達を生き残らせる唯一無二の方法なんですから。」──

──「取り敢えず自己紹介ですかね。私の名は………。別に私の名前って、教えても意味ないですね~。でも変な名前で呼ばれたくないしな~…………。うん、それじゃあ。『管理人』とでも呼んでくれればいいよ。さしずめ、世界の管理人ってところだね~。」──


 一息淹れるように、話を切った。そして次に紡がれた声は、先ほどと変わってトーンが低くなっていた。


──「今、この地球はある驚異に晒されている。世界を上書きし、好き勝手組み換えている奴が居る。名は………長いな。略して『イリウス』でいっか。そいつは君達がどんなに団結しても倒す事はできないだろう。何故なら、奴らは実体がない電子体、プログラムなのさ。」──


 コイツは何をいっているのだ。不可解だ。不可解だ!

 言っている単語、熟語は既知の物だ。だからこそ、何を言っているのか訳が分からない。


──「実体が無ければ戦えない、倒せない。完全なるクソゲーだ。だから、ルールを設けてちゃんとしたゲームにしてやるのさ。それがこの状況、ワンオブレジェンズ化であるのだ!」──


 つまり………、世界にワンオブレジェンズのルールを上書きして、地球をゲームのフィールドとする訳?

 けったいな話だ。世界の改変、謎の電子体な敵、ゲームとなった地球、全くけったいな話である。

 だが、何故だろうか、こんなけったいな話なのに誰も横槍を入れない、入れることが出来ない。

 気付いているのだ。心の中で感じているのだ。この話はマジで、ちゃんと聞かなければヤバイと。

 静寂から始まり困惑、疑心、闘争、疑惑、確信、そして不安で終わる。我々の運命は如何なる先へ進むだろうか。そもそも先とは在るのだろうか。不安が絶望が世界を包み込もうとしている。しかし、四人の顔はうつむかない、


──「なぁに、これは戦争じゃない、ゲームさ。生き残りたければ立ち向かえばいい、そうでなければ逃げればいい。義務感を持って戦っても、遊び感覚で戦ってもいい。これはゲームなんだ。」──

──「好きなように遊べばいいと思うよ。まぁMOB位倒してみたらいいんじゃない?」──

──「遊んで世界を救うんだ!!」──

 彼女らは。

──「管理人として出来るのはシステムのメンテぐらいかな?」──


 彼女らは、ゲーマーなのだ!


──メインクエストを受注しました。──


 『エクストラクエスト:世界に平和を!』

 こんなことで絶望などしない。ドーンと来いだ。実際、四人の口にうすら笑みが浮き出ている。

 楽しくて仕方ない、面白くて仕方ない。特にヤッギーは奥歯を噛んで、盛大に笑うのを我慢しているのだ。

 もう一度言う!彼女らはゲーマーなのだ!!

 そして今!たった今!!


──「さぁ、世界の先を決めるゲームのスタートだ。」──

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