第51話 ホームシック

 菘を風呂に置いて一足早く部屋に戻ってきた。葵さんに忠言されていたのを思い出し母親に電話をすることにした。

 ええと、ハワイの現地時間は――夜中の二時前だ。起きてなさそうだな……。

 寝ていたら悪いのでとりあえずメッセージを送ると意外にもすぐに返事があった。それを確認してから通話をかける。


『はいはーい、お母さんですよ。どうしたの? 涼ちゃんから電話してくれるなんて珍しい』


 久しぶりに聞いた母さんの声は相変わらず能天気なものだった。

 あまり深刻な雰囲気になるのも嫌なので、努めて明るい声で俺は事情を話す。


「ああ、えっと。実は怪我してさ」

『怪我?』

「そう。こけた時に腕の骨折って」

『えっ』


 さしもの母さんも驚いたようで声を失っている。


「心配しなくても大事にはなってないから。それにほら、菘もいるし」

『そうだけど……。本当に大丈夫? お母さんだけでも一旦帰国してもいいわよ?』

「そこまでしなくても。葵さんも病院来てくれて、大丈夫そうってお墨付きももらったから」

『葵がそう言うなら、大丈夫なんだろうけど……』


 頭がぶっ飛んでいる上に超が付くほどの放任主義である母さんでも、息子が初めて骨折をしたとなると、流石に心配なようだ。

 普段の奇行で忘れがちだけど、やっぱりこの人は俺の親なんだなと再確認した。

 それからは日常についての報告……と言っても菘との関係は伏せておいた。自分の口から告げるには恥ずかしい。


『――そうしたらちゃんと気をつけるのよ。菘ちゃんにもよろしくね』

「うん、わかってる。じゃあまた」


 言って、通話を終える。母さんと久方ぶりに話してみると、柄にもなくたまには顔を合わせておきたい気分になった。家にいながらホームシック的な。


「涼、電話終わった?」


 菘が俺の部屋の扉を開きながら聞いてきた。

 菘はバスローブ一枚と、中々な格好だ。


「ああ、うん。待っててくれたのか」

「おばさんと話してたみたいだから、家族水入らずで」

「電話に家族水入らずもへったくれもないけどな」

「そう? 電話してる涼の声、楽しそうだったけど」

「そ、そうなのか」


 母親と会話している様子が楽しそうと評されてしまうと何とも言えない気分になる。別に反抗期とかではないのだけど、それでもどこか反論したくなるような……。

 菘は風呂上りのほんのり朱に染まった肌で俺に近づいてくる。俺の座るベッドに菘も腰かけた。

 ふわりと、シャンプーだかボディソープだかの匂いがした。


「……寂しいの?」

「そんなことは……ないと思うけど。菘がいるし」

「涼が私のことを好きなのはわかってる。だけど、それでも家族って別じゃない? 私はお母さんが昔から家空けがちだから慣れてるけど、涼は違うし」

「……まあ、そうなのかもな。こうやって長期間離れ離れになるのは初めてだし」


 実際、母さんと電話をして心が休まったのは事実だ。こんな経験は過去にはなかった。


「私じゃあ涼のお母さんにはなれないものね」

「ならなくていいよ」

「でもそのうち、涼にお母さんにされるのよね」

「この流れで下ネタか」


 ちょっとしんみりしてただろ。


「子供の名前、考えておく?」

「典型的なバカップルすぎて嫌だ……」

「バカップルじゃない」

「バカップルは自認するものじゃあないんだよ」


 言ってて悲しくなってきたわ。バカップルだけども。

 菘は一つ咳払いを挟んで切り出した。


「ところで明日は休日ね」

「なんだ藪から棒に」

「わかってるくせに」


 言いながら菘は唇を重ねてくる。折れてない方の手で触れた身体は、風呂上がりとあってまだ熱を帯びている。

 お互いの唇を食み合いながらバスローブ越しに菘の胸をまさぐる。


「んちゅっ……、んんっ、タオル擦れるっ」

「なら」

「きゃっ」


 菘の身体を覆い隠していたバスローブを剝ぎ取り、その肢体を晒してやる。

 そのまま流れで、既に充血しツンと上を向いた桜色の突起を指先で弾いた。


「やぁっ……きゅ、急に乳首はだめっ」

「なら、触るからな」

「事前に言えって意味でも……やぁぁ……」


 本来ならもう片方の腕で菘の身体を支えてやりたいのだが、それが叶わない。菘の身体からは力が抜けてきており、俺の方へ体重がかかる。

 このままでは一緒にベッドに倒れこんでしまう。それを菘もわかっていたのか、


「ひゃんっ、ちょ、ちょっと待って。あ、これはもっとしてじゃなくて本当に待ってほしくて。こ、このままじゃ涼倒れちゃう」


 言われ、俺は素直に愛撫をやめた。片腕を怪我をしている状態でそのまま背後からベッドに倒れこむのはちょっと怖い。


「それに、今日は涼何もしなくていいって言おうと思ってたのに」

「何もって」

「何もは何も。マグロになってていいから」


 そう言ってまるで男が女にするようにして、菘は俺を優しくベッドに寝かした。

 俺を見下すような位置に菘の顔がある。その表情は妖艶に歪んでいた。


「私に任せて」

「お、お手柔らかに」


 少しの不安と、大きな期待を込めて言葉を返す。

 こうして俺にとって、初めて受け身での行為が始まろうとしていた。


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続きはノクターンにて! 8/16公開済み!

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