第44話 一件落着?
「それで、結局何だったわけ?」
昼休み、場所は生徒会準備室。
埴輪ちゃんのお陰で(?)機嫌を直した香澄が言った。
……いや、俺のこと睨んでるわ。全然不機嫌。
「ええと、ですね」
「なに、涼お前菘ちゃんと付き合い始めたの?」
「よくおわかりで」
「まあ、お前はともかく、菘ちゃん見てたらわかるわ。さっきも抱きついてたし」
「あらあら、山科君。褒めたってなにも出ないわよ?」
香澄は諫めているのであって褒めているわけではないと思う。
「つまりはなんだ、お前と飛鳥が恋人どうこうは嘘だったってわけか」
「そういうことになるな。騙すようなことして悪かった」
「……いいや、悪いのは俺だろうからいいよ別に」
だったらなんで殺気立ってたんだよ、とは言わないでおく。
「俺が飛鳥の告白を断ったのが事の発端なんだろうからな」
自嘲気味に香澄は言う。その姿からは既に諦観が見て取れた。
これなら、と俺は切り込むことを選んだ。
「面と向かって聞くことじゃないかもしれないけどさ、香澄は埴輪ちゃんのことが好きってことでいいんだよな?」
「……まあな」
予想通り香澄は素直に答えた。香澄のその返答を聞いた埴輪ちゃんは隣で色めきだっている。わかりきっていたこととはいえ、やはり本人の口からでは実感が違うのだろう。
「なら、どうして」
「涼、ストップ」
どうして埴輪ちゃんの告白を断ったんだ? と問おうとした俺の口が物理的に塞がれる。
菘の手のひらが俺の口にわりと強く押し当てられていた。
「それが簡単に伝えられるなら、山科君は最初から飛鳥のこと振ってないでしょう」
菘が俺の耳元でささやく。
それはそうだ。答えを急ぐあまりに冷静さを欠いていた。
とにかく、今は香澄から言質を取ったのだから焦ることはない。
俺は菘に対して、理解したことを示すために頷く。
そんな俺と菘のやり取りを見て、香澄は辟易としたような顔をしていた。
「めっちゃイチャイチャするのな」
「なんだ、妬みか?」
「まあ、そうだよ」
「なら、あたしたちもしよう!」
埴輪ちゃんが立ち上がり元気よく香澄に迫る。
「なんでだよ」
それを香澄は顔を顰めて拒んでいた。
「なんでって、香澄はあたしのこと好きなんでしょ? だったらよくない?」
「よくねえよ。そもそも、俺たちは付き合ってるわけでは」
「付き合ってないと引っ付いちゃダメだなんて、香澄乙女だね」
埴輪ちゃんが香澄を煽るようなことを言って、それからしばらく口ごもる。
フラフラと宙に視線を彷徨わせて何かを考えている素振り。
そして、目をカッと見開いて埴輪ちゃんは叫んだ。
「なら、付き合えばいいじゃん!」
さも名案のように言っているが、内容は至って普通だ。
「……いや、だからそれはな」
対する香澄はやはり芳しくない反応だ。
埴輪ちゃんを好きなことを認めても、それでもなお恋人にはなることができないらしい。
「なんでー。いいじゃ、フゴっ」
駄々をこね始めた埴輪ちゃんの口を、さっき俺がされたように菘が塞いだ。
そして、同じように菘は埴輪ちゃんに何かを囁く。
きっと、俺に伝えたことを反復しているのだろう。
「それは……、そうだけど」
諭された埴輪ちゃんは、それでもなお納得できないようだ。
しかし、埴輪ちゃんがそう思ってしまうのも仕方がない。
両想いであることは確認できたのに付き合えないなんて、生殺しもいいところだ。
「大丈夫、絶対とは言わないけど、私が何とかするから」
菘が埴輪ちゃんに優しく語りかける。
埴輪ちゃんも菘を信じて、一旦は納得したのか首を縦に振った。
「とにかく、昼休みももう終わっちゃうから今日はここまでにしておきましょう」
言われて時計を見ると、たしかに昼休み終了寸前だ。
このまま四人で五限に遅刻しようものなら、クラスメイトたちに乱交パーティだなんだと茶化されるのが目に見えている。
「んじゃ、帰るか」
追及の手が止んだことに安堵した香澄が率先して立ち上がる。
そんな香澄を菘が呼び止めた。
「ごめんなさい、山科君だけ残ってくれる? 大丈夫、悪いようにはしないから」
「……まあ、菘ちゃんなら」
香澄は俺と埴輪ちゃんのことを何だと思ってるんだ?
あと菘を名前で……はもういいか。香澄、改善するつもりなさそうだし。
「なら、涼君はあたしと先に帰っておこうか」
「だな」
仲良く埴輪ちゃんと教室に戻ろうとすると、菘と香澄に思いっ切り睨まれた。
こわ……。
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「それで話って?」
「……山科君が飛鳥と付き合えない理由なんだけど」
「なんだよ、菘ちゃんまでその話か……」
「私、その理由わかったかもしれないの」
菘がそう言うと香澄は眉をひそめた。大方、疑っているのだろう。
わかるわけがないと高を括っている。
「……多分、私と同じだから」
「菘ちゃんが……? それは、涼を振ったってやつか」
「そう、ね。今はれっきとした涼の彼女だけど」
「ドヤ顔されても羨ましくないからな?」
「本当に? 私は、涼に受け入れてもらえたわよ?」
「……菘ちゃんが俺と同じってのは本当なのか」
「ええ、多分ね」
「でも、だとしてもだ。涼と飛鳥は違うだろ。涼は受け入れたかもしれない、だけど飛鳥はそうとは限らない」
「そうね。だけど、飛鳥は山科君と一緒に居られない方が辛いみたいよ」
「それは、本当の俺を知らないからだろ」
「……これ、聞いて」
菘はスマホを操作する。すると、何か音声が流れだした。
喧騒の中から聞こえる声、それは菘と飛鳥のものだ。
『山科君が望むことを受け入れる覚悟はある?』
『……うん。香澄がしたいなら、あたしはいくらでもいいよ』
『そう、なら決まりね』
その会話は、以前ファストフード店でされた香澄についての話の中でされたものだ。
菘はしれっとこれを録音していた。
「これは……?」
「飛鳥の決意表明ってところかしら。これを聞いても山科君は飛鳥を信用できない?」
「それは……」
「それに飛鳥がこう言っているのだから、飛鳥がもし山科君を拒絶したら、それは飛鳥が悪いことになるわ。山科君が気にすることじゃない」
その菘の発言はある意味では飛鳥を非難するようにも聞こえる。
しかし、それでプライドが傷つけられるのは飛鳥ではない。香澄だ。
発言者が菘である以上、本気ではないのはわかっているが想い人を悪いように言われては、むざむざと引き下がることができない。
そして何より、飛鳥自身が香澄を受け入れると言っているのだ。
それを信じられずに、何が好きだ。
「わかったよ。俺の負けだ」
「勝ち負けって話ではないのだけど……。とにかく、一度飛鳥とちゃんと向き合ってあげてね」
「ああ。……悪いな、ここまでしてもらって。全部、俺が悪いのによ」
「まあ、それは否定できないわね」
「菘ちゃん、容赦ないね」
「でも、私も似たようなものだったから」
「涼が大丈夫だったんなら、飛鳥は余裕かもな……って冗談だから。そんなに睨まないで」
「まったく、涼のこと悪く言ったら殺すわよ」
「目がマジだ……」
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