第45話 キスのひとつで
夕焼けに照らされる街をコソコソと歩く不審者がいた。
電柱や建物のかげを伝い、その身を隠しながら目標の後をつけている。
「……なにしてんの、これ」
そんな怪しげな事をしているのは俺と菘だった。
菘が提案したので学校をあとにした香澄と埴輪ちゃんを尾行していた。
若干、デジャヴを感じるのは気のせいではない。
「山科君がちゃんと飛鳥と話すか監視しようかと」
「香澄、信用なさすぎるだろ……」
それにこの距離感だと会話の内容までは把握できない。
もっとも、二人並んで帰っている時点であまり心配する必要はなさそうだが。
きっと、放っておいてもくっつく。
しばらくすると、以前埴輪ちゃんが香澄に告白し、破れたあの場所にたどり着いた。
俺が気づくのだから、香澄と埴輪ちゃんも当然ながらそのことには気がついているようで、一度立ち止まって互いに目を合わせている。
「結果がわかってても緊張するわね」
「まあ、そうだな」
香澄と埴輪ちゃんは何度か言葉を交わし合っている。
埴輪ちゃんが笑みを隠しきれていないあたり、会話の内容はだいたい察せた。
「あの調子だと大丈夫そうだぞ?」
「そうね。あんまり見てるのも趣味が悪いから、そろそろ帰りましょうか」
「今更すぎる罪悪感だな」
そう言って俺と菘が来た道を引き返そうとした時だった。
「あっ……」
菘が声を上げ、つられて視線を戻す。
香澄が埴輪ちゃんの肩に手を置いていた。対する埴輪ちゃんは少しだけつま先立ちになって目を閉じた。
これから二人が何をするのか、なんてのは愚問で。
唇と唇が重なる。
友人同士がキスをする瞬間を目の当たりにすることなんてそうそうないだろう。
ぶっちゃけると、何とも言えない気まずい気持ちになった。
嫌悪感があるとかではないのだけど、じゃあ凝視していたいかと聞かれればそれもまた否である。
ようは、とっととこの場から離れたかった。
そう思い、菘の腕を取り無言で離れようとする。
しかし、菘の足は動かない。
「……菘?」
小声で呼びかけるも、菘は二人のキスから目を離さない。食い入るようにその光景を見やっている。
時間にすれば一瞬だったけれど、結局菘はキスが終わるまでそうしていた。
唇を離した香澄と埴輪ちゃんは俺たちには気付くことなく去っていった。
その後ろ姿が見えなくなってやっと菘は俺の方を向いた。
その目は何か言いたげだ。
かと思えば、菘は静かに目を閉じた。ここまでくると、菘が何を望んでいるのか否が応でもわかってしまう。
「しょうがないなあ……」
さっきの二人のあれに感化された訳ではないけれど、俺は菘の肩に手を置いた。
俺と菘の間には、香澄と埴輪ちゃんほど身長差はない。だから本来菘はつま先立ちする必要はないはずだ。だけど、今日はいつもより菘の顔が近い。
見れば、菘は目一杯背伸びをしていた。足はプルプルと震えている。辛いのなら辞めればいいのに。
しかし香澄と埴輪ちゃんのキスは、俺の目から見てもまるで少女漫画のワンシーンを切り取ったような、お手本そのものだった。
それに対して俺と菘はそんな乙女チックなキスをした覚えがない。
だからこそ、菘は二人を見て憧れを抱いたのだろう。
「んっ……」
菘の唇に触れる。菘は鼻から静かに息を漏らした。
閉じた口を合わせるだけの軽いキス。
物足りなくないと言えばウソになる。
でも、菘が今望んでいるのはこれだろう。それにそもそも路上だし。
僅かな間の口付けを終え、顔を離す。
「お熱いねえ、お二人さん」
突然、背後から声をかけられ勢い良く振り向いた。
そこには、先ほど帰って行ったはずの香澄と埴輪ちゃんがペアがいた。
埴輪ちゃんはニヤニヤと、香澄は呆れたような顔をしている。お前にそんな顔をされる謂れはないのだが。
「見せもんじゃないんだが?」
俺はあくまで冷静に返す。ここで極端に恥じたりすれば、それこそ香澄の思う壺だ。
「お前が言うな、お前が」
「あ、なに。俺たちがつけてたの知ってたのか」
「飛鳥がな」
「だって菘ちゃん、身体乗り出し過ぎで全然隠れられてなかったんだもん」
「だってさ」
キスシーンを目撃されても全く動じていない菘に話を振る。
「つまり飛鳥は、見られているとわかっていながらキスを……?」
「まあね。いっつも見せつけられる側だったから仕返ししたくて」
なんだその対抗心。
「でも結局、二人もイチャイチャするんだもん。敵わないよ」
「私と涼が負ける訳ないもの」
と、ビックリするほどにドヤ顔で菘は誇る。
キスを見られるよりよっぽど恥ずかしいことを言っていることに気づいていないのかな。
「そのうちダブルデートとかしようね」
埴輪ちゃんは香澄の腕を取りながらそう言う。
どこからどう見ても、二人は立派なカップルだ。……まあ、以前と何が変わったのかと聞かれると答えに窮するんだけど。
というか、結局のところ香澄が埴輪ちゃんの告白を断った理由ってなんだったんだろう。
その時がきたら香澄が教えてくれるのだろうか。
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