第31話 当然の帰結

 再びの浴室。菘が倒れてしまってからそのままなので、シャンプーの容器や桶などが乱れたままだ。

 菘はシャワーに手を伸ばし、蛇口を捻った。すぐにお湯が出る。菘は軽く身体を洗い流し始めた。

 さして広くもない浴室だから、俺はすぐ隣でその様を見ていた。今回は、目隠しもしていない。当たり前のように、二人そろって裸だ。

 紅潮した肌も、未だ硬いままの乳首も隠すことなく晒されている。


「もう、なに突っ立ってるのよ。お湯、浸かってたら?」

「あ、ああ……」


 俺は促されるままに浴槽へ。当然お湯は暖かいのだが、それ以上に頭に血が巡り、沸騰している。これでは、次は俺がのぼせて倒れてしまいそうだ。

 菘は相変わらず、もはや身体を隠す気がないようで、ボディソープを手のひらに延ばしていた。

 ……俺があんなことをしたにもかかわらず、意外と冷静に見えた。

 

「……今更だとは思うけど、見過ぎよ」


 全身に泡を広げながら菘は俺の視線を咎める。その口調は、柔らかく呆れているよう。

 腕、脚、胴体と菘の身体はくまなく泡に包まれていく。

 あとは、流水を浴びるだけとなったころ。


「おいで、涼も洗ってあげる」


 菘は手招きをしてくる。


「いや、俺の身体は汚れてないけど」

「いいから」


 しかし、断る理由も特にはない。俺は湯船から腰をあげて、菘が座っていた椅子に鎮座した。さっきと同じように、菘は俺の背後に回って膝立ちだ。


「なんか、デジャブなんだけど」


 全く同じシチュエーションに、思わず漏らしてしまう。


「わざとだもの」

「まあ、いいけど……」


 俺はボディソープの容器を菘に渡そうとした。けれど、菘は受け取らない。

 

「泡なら、もうたってるわよ」


 そう言って、菘は自らの身体を俺の背中に重ねてきた。

 前方にせり出すように存在するから当たり前だけれど、胸が感触のほとんどを占めている。しかし、先ほどとは違い、今回は明確な意思をもって菘は押しつけてきている。

 泡を潤滑油に、菘はスムーズに俺の背中を乳房で行き来する。


「ん、ふぁ……。うぅ、んっ……。どこかの誰かが、執拗に舐めてたせいで敏感みたい」

「わかったから、耳元で声出さないでくれ……」


 甘ったるい嬌声が脳に直接響いて、脳内が侵されてしまう。

 そんな俺の言葉なんどお構いなしに菘は身体を動かし続ける。


「んっ……、喋らきゃいいのね。じゃあ、これはどう?」


 言葉に次いで耳に訪れたのは、ザラリとした感触だった。

 それが菘の舌であることは、流石にもう予想できた。できたからと言ってて、反応しないということではないけれど。


「ちょっ……、うわ」

「あーん、……じゅる、ぷはぁ……。女の子みたいな声出して……、そんなに気持ちいいの?」

「そんなこと、言われても」


 言い訳がましいかもしれないが、実際この感覚をどう表現すればいいのかわからない。

 脳をこじ開けて引っ掻き回されているようで、思考がうまく纏まらないのだ。

 しばらくの間、耳という耳を犯され続け、やっとのことで満足したのか菘は口を離した。


「……お前、首といい舐めるの好きな」

「涼に言われたくないけど……」


 それもそうだわ。


「さて、耳も洗えたことだし」

「え、今の洗ったっていう体でいくの?」

「次は前ね。こっち向いて」


 俺のツッコミは適当に無視して、菘はそう注文してきた。

 こっち向いて――つまり、菘と裸で正面から見つめ合うことになる。

 ここまでしておいて何を今更、と言われるかもしれない。けれど、やはり尻込みをしてしまう。

 いや、言い訳はやめよう。つまるところ俺は、完全にいきり立っているそれを菘に見られたくなかった。もう見られてはいる。だけど、真正面から見られて、ましてや菘に触れられるとなると話は違う。

 そんな俺の惨めな心境をくみ取ったのか、菘が囁きかけてくる。


「大丈夫よ。涼のそれなら、中学の時に見たことあるから……」

「なあ、それ結局どっちなんだ?」

「どっちって?」

「さっきは目を逸らしてたって言ってただろ? だけど、今は見たことあるって……」

「どっちだと思う?」


 いたずらに笑って菘は問う。その笑顔から真意は読み取れない。


「ヒントは、涼と一緒よ」


 俺と一緒。

 それはつまり、俺が中学時代に菘の身体を見ていたなら菘も見ていたし、逆ならまた然りと。


「つまり見たことはないと!」

「いや、涼は私のこと舐めるように見てたじゃない……」

「はい、そうですね」


 だって仕方がないだろう。むしろ、見ない方が失礼まである。


「ん、つまり菘も俺のこと見てたの? やだ、エッチ」

「そうよ、滅茶苦茶見てたわ」


 俺が恥ずかしさから茶化すように言った言葉に無視を決め込んで、菘は真顔で言った。


「……もしかしたら、涼よりも見ていたかもしれないわね」

「それって……」

「ま、昔話はいいのよ。ほら、早くこっち向いて」


 話を強引に打ち切って、菘は俺を無理やり立たせて自分の方を向かせる。

 再び風呂に来てから、初めて目が合った。

 潤んで蕩けきった目。赤みを帯びた頬。俺の耳を蹂躙していたプルプルと艶めかしい唇。

 菘の全てが、淫靡に見えた。

 ゆっくりとした動きで、菘は俺に近づいてくる。眼前でたわわな膨らみが揺れている。

 優しく持ち上げるように、しれっと胸を掴むと、菘はしょうがないわねと笑ってくれた。

 接近してきた菘は、椅子に座る俺の上に座り、俺の首に腕を回してくる。

 もはや、挿入されていないだけで、対面座位そのものだ。

 太ももの付け根あたりに、菘の秘部が密着している。やけにヌルヌルしているが、きっと泡だろう。そう思うことにした。

 フーっと、一度深呼吸を挟んでから菘は切り出した。


「あのね、涼に、その……聞いてほしいことがあるの」

「うん」

「今更だとは思うんだけど。……私、涼のことが好き」

「……だろうね」

「む、反応が薄い……。もっと驚くとか、喜ぶとかするかと思ったのに」


 俺の薄い反応に菘は唇を尖らせる。


「いやだって、こんなことしておいて俺のこと好きじゃなかったら嫌だろ」

「もしそうなら、私のこと嫌いになった?」

「……ならないだろうから、嫌なんだよ」


 仮に、菘がどんな男にも、こんな風だったら。どうしようもなく俺は絶望するだろう。

 けれど、それは菘に失望しきれないことの裏返しで。


「うん、嬉しい」


 俺の答えにご満悦なようで、菘は俺の胸に顔を埋めた。

 水分を含んで普段よりも光沢を増した黒髪が肌に張り付く。

 俺は菘の頭を優しく撫でながら、一番聞きたいことを問うことにした。


「それで、菘が俺のことを好きでいてくれてるのはわかった。だったら、どうして俺の告白を断ったんだ?」

「それは……」


 俺の胸から顔を上げずに菘が口ごもる。

 菘の鼻息が、微かに俺の肌を掠める。

 決心がついたのか、菘が目線を上げて、俺を見据えた。


「笑わないって約束するなら、言ってもいい」

「保証は出来かねる」

「そこは約束するって言うところでしょ」

「いやだって。わざわざそんな前置きするってことは、笑ってしまうようなことなんだろ?」

「……なら、笑ってもいい。だけど、その、引かないで欲しい」


 どうやらそれは冗談でもなんでもないようで、菘の目はいたって真剣。切実なものだった。

 だから、俺も覚悟をした。どんな理由であれ、菘を受けれ入れると。


「わかった。そうしたら、聞かせてくれ。菘が、俺を振った理由」


 

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