第25話 反省会

 生徒会準備室に残された俺と埴輪ちゃんは、菘と香澄が放置していってしまった弁当箱を片付けていた。

 

「……悪かった」

「んと、なにが?」


 俺の謝罪に、埴輪ちゃんは首を傾げる。


「いやほら、香澄、完全に口を聞いてくれなさそうだろ」

「ああ、そゆこと。それはいいことだから、涼くんが謝らなくていいよ」

「それは、香澄が怒ってくれて嬉しいってことか」

「そうそう。あんな風にへそ曲げる香澄なんて初めて見たよ」


 ホクホク顔で埴輪ちゃんは言う。


「しっかし、香澄もあたしのことが好きとはねぇ……」


 表情は維持したまま、神妙にうなづく。器用な表情筋だ。


「というか、菘ちゃんは香澄と何話しにいったんだろ」

「それは……」


 たしかに謎だった。菘は妙に自信があるように見えたが、なにか秘策があるのだろうか。

 考えてもわからないものはわからない。

 それよりも、だ。


「菘、明らかに気にしてなさそうだよな……」

「いやあ、ええと……」

「俺のこと、どうでもいいんだろうなあ……」

「あの、涼くん?」

「死のうかな……」

「やばい、メンヘラ拗らせてる」


 女の子の前だというのに、思わず弱音を吐露してしまう。

 明らかに精神的に参っていた香澄とは違って、菘はいかにも元気そうだった。

 俺と埴輪ちゃんが付き合おうと、揺れ動く心情は持ち合わせていなかったのだろう。


「ほ、ほら! あれだよあれ」

「どれ?」

「菘ちゃんが、涼くんのこと好きじゃないなら、一緒に住んでる理由がないよね?」

「うちの親に頼まれたからだろ……」

「いやいや、いくら恩義があっても請け負わないよそんなこと」


 埴輪ちゃんが無理くり俺を慰めようとしてくれる。

 

「というか、俺、今日も菘と同じ家に帰るのか……」

「あー……」


 埴輪ちゃんも今気づいたかのように声をあげた。

 馬鹿が二人。そんなことにすら気が回っていなかったようだ。

 どんな顔をして、菘と同居するんだよ。

 あの様子だと、絶対気使われるよな……。俺の部屋にも、もう来てくれないかもしれない。


「菘ちゃんにはもうばらしちゃう?」

「……それも考えとくよ」


 もちろん、埴輪ちゃんとの関係は全部嘘でしたと言ってしまえばそれで元通り……とはいかない。

 それでも、いずれは暴露するのだから、予定を早めたところでだ。


「でも、せめて香澄が素直に埴輪ちゃんのことが好きだって認めるまでは、恋人ごっこも続けよう」


 菘には、もう偽装恋人を続けていたところで何の成果も見込めない。

 だけど、香澄はもうひと押しあれば、何かしらのモーションを見せてくれるかもしれない。


「……いいの? 傷が浅いうちに嘘だってって言った方が、菘ちゃんと一緒に暮らすのにつは都合がいいと思うけど」

「いいよ。それに俺が言い出したことだから、ひとまず香澄をどうするかだけ考えよう」

「……うん、ありがとね」


 埴輪ちゃんは殊勝に礼を言った。感謝されるようなことをした覚えはないけれど。


「じゃあ、状況を再確認するね。香澄は、あの反応を見るにあたしのことが好き……ってことでいいんだよね?」

「そのはずだ。他の可能性がないことはないけど」

「他って?」

「振られたからってすぐ他の男に乗り換えるのかって」

「ああ、あたしがビッチムーブしたことに怒ってたと。でも、あたしのこと好きじゃないとそれで怒る理由にはならないよね。あたしなら、好きでもない人がビッチだろうがなんだろうが興味ないもん」

「それはそうか。なら、香澄は埴輪ちゃんのことが好きってことで」

「んふふー、両想いかーそっか困っちゃうなー」


 埴輪ちゃんはうねうねと奇妙なダンスを踊る。

 まあ、浮かれるなという方が無理な話だ。長年、片想いだと思っていた幼馴染、しかもつい先日告白をして振られた相手と両想いだった。自然と身体が動いて、表情筋が緩んでしまうのも当然のことだ。


「って、ごめんね。あたしだけ浮かれて……」

「いや、俺の分まで思いっきり浮かれてくれ」


 なのに、俺の境遇に同情してすぐに浮ついた雰囲気は引っ込めてくれる。

 つくづく優しい子だ。

 ごほんとわざとらしく咳払いをして、埴輪ちゃんは仕切り直す。


「香澄があたしのことを好きなのはわかった。でも、振った理由はやっぱり教えてくれなかったんだよね」

「他の男のものになった奴に教える義理はない的な」

「それだったら、あたしが振られたその時に教えてくれるでしょ」

「つまり、どんな状況であっても香澄は埴輪ちゃんに教えられない何かがあると」

「……なんだろ。香澄の秘密って。あたし、香澄のことは九割九分知ってたつもり……いや、十割になったんだけどね」


 足りなかった一分、それは香澄が埴輪ちゃんを好きかどうかだろう。

 

「香澄の秘密が、埴輪ちゃんにだけ言えないことなのか、それとも他の奴にも言えないようなことなのかもわからないな」

「あたし以外に言えることなら、菘ちゃんが聞き出してくれるかも……。ってそれもないか」


 埴輪ちゃんは一人で結論に達した。

 事実、香澄から埴輪ちゃんを振った理由を聞き出す動機は菘にはない。

 菘の中では、俺と埴輪ちゃんは恋人になっているのだから、今更そんなことを掘り返すメリットがないのだ。

 

「なら、菘ちゃんは香澄とどんな話してるんだろ」

「……怒ってないで、俺たちの仲を応援してあげて、とか」

「菘ちゃんが、そんな火に油を注ぐようなこと言うかなあ」


 こういっちゃなんだけど、可能性はある。菘、ちょっと抜けてるところあるから……。

 いったい、どんなやり取りをしているのか。菘に聞けば教えてもらえるのだろうか。

 気は進まない。だけど、それは俺の役目だろう。同じ家に住んでいるのだから、機会なら腐るほどある。


 結局、昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴っても、菘と香澄は生徒会準備室に戻ってくることはなかった。

 

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