リナリアは深淵に向かい3
年若い同腹の拙い弁明をシローは頭の中で要所補完しながら整理していく。
順を追うと…
シローが帰宅する少し前にこの女性が酩酊状態で部屋を訪ねてきた。
見知らぬ人物の突然の来訪を不審に思いつつも、自分たちがこの一室に今現在留まっている事実を認識しているならば、少なくとも「こちら側」であろうと考え(軽挙にも)中に入れた。
ここまで無事でたどり着いたことが不思議なほど酔いが回っているようだったので、介抱してやろうとしたところを襲われて押し倒された。(狼牙の制御の未熟な『力』に当てられたと思われる)
もし彼女がシローの「餌」だった場合、乱暴に押しのけて打撲痕でもつけようものなら嫌味を言われることは間違いなかったので、なんとか自分が上になり主動権を握れる体位に入れ替えた矢先、キスをされた。
明らかに過剰に吹き付けられている香水の匂い(それは俺も思った)に鼻が曲がりそうな中、口腔を舐めまわされた生理的嫌悪感がトドメになり、思わず胃に収まったものを吐き出してしまった。
当然組み敷いた彼女の服も吐しゃ物で汚してしまったため、服を洗おうと女を眠らせ脱がせたところだったのだという。(それができるなら押し倒された時点で寝かせておけこの駄犬)
「てめぇも知らねぇんならマジなんなんだよこいつ。…あぁあ!クッソ口ん中気持ちわりぃ!!」
洗面所から心底忌々しそうな声がこだまする。
狼牙は先ほどから口の中の菌を全て排除せんばかりの勢いで何十回とうがいを繰り返している。
シローはそんな彼を尻目に、床に横たわる下着姿の女性の横にかがみ、彼女の顎を掴んで角度をつけてゆっくり動かしていき、アルコールとフレグランスに染まった体臭に顔をしかめながら、火照った細い首筋を多方から眺める。
そして目的の「何か」を確認した後、顎を支えていた手をさっと離し、彼女を元通り床へ置いて、手配したルームサービスが待つテーブルに向かい、手前の柔らかいソファーに身を沈める。
ワイン2瓶、日本酒1瓶、芋焼酎1瓶、ウイスキー1瓶。
ネクタイを緩め、どれから味わおうかと吟味するついでに狼牙に問いかける。
「前に狩った子とはしなかったのか?」
「あんときは…口引っ付けるだけのやつはギリ平気なんだよ!
あんな…粘膜接触と体液の交換だぞ!?どういう文化だよ!?きっったねぇな!!」
「ふぅん…。まぁ文化というか、そもそも根本的に生殖方法そのものが俺たちとは違うからな。
それでもお前のはただの潔癖症だが。」
―――人間と妖魔の間で生きる半魔の存在、『狼男』。
彼らは、獣の本能を抑え理性を保ち続けるため、人間の女性の心にある『紅雫(コーダ)』を欲する。
『紅雫』は意識下での同意をもって、彼女らの「内側」から初めて取り出すことができる。
故に狼男はその身に宿す超能力と人の世の手練手管を駆使し、女性を篭絡させる。
人と共生するために人を喰らう。
ここ、少女密猟特区『ヤルンヴィド』は彼ら魔獣に独立自治権が与えられた、不可視の狩場だ。
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