第25話 中学校へ


 学芸会から約4カ月経ち、とうとう小学校の卒業式を迎えた。熊雄とはすっかり仲良くなり、その周囲の人たちとも仲良くなれた。


 亜子もいじめていた人たちと普通に話せるようになった。そして、今まで1人でいた時間が馬鹿みたいに思えるほど楽しい毎日だ。中学はみんな同じ丘ノ中学であるため、寂しいという感情はそこまでない。


「卒業式が終わったら、決着をつけようじゃないか」


 陽路がただでさえ鋭い目に力を加え、ボサボサ髪の間から覗かせる。睨みつける目の先にはハゲで、いかにも野球少年っぽいオーラを放つわたるがいる。


「あぁ。いいぜ」


 彼は謎の挑戦を受ける。まだ春だというのに、この2人の周りは燃え上がっている。


「啓太、俺も混ざっていいですかね?」


「どうして僕に聞くんだよ」


「え、だって、陽路たちは真希まきへの告白できる権利を巡って戦うんですよ? 僕が勝てば啓太への告白できる権利ってことで」


 真希とは赤西のことだ。


大夢ひろむは本当にどストレートだね。まぁ僕はいいけど」


 川内大夢は、なぜか僕に好意を抱いているクラスメイトだ。


「なになに? 卒業式終わったら何するって?」


 このタイミングで亜子が登校してきた。彼女が目を輝かせて聞いてくる。


「陽路と渉がサッカーで勝負して、勝ったら真希に告白できる権利を貰えるんだってさ」


 すかさず大夢が答える。大夢はやる気満々の表情で僕に向かって「ね?」と答えを求めた。僕は頷き、それに続いて渉と陽路がそうだよと言う。


「何それ、楽しそう。私も見学していい?」


「もちろんいいぞ」


 渉が応える。


「やったー!」


 亜子が喜びの舞を披露していると、隣から野太い声が聞こえる。


「その話、聞いたぞ。真希は渡さねぇ……」


 そう言って声の主は椅子から立ち上がる。


「俺もその勝負に混ぜさせてもらう!」


 熊雄が参加表明した。それに続いて大夢も「俺もー」と叫んだ。


「本当に騒がしいわね。まぁ、いつものことですし、どうしようもないだろうけど」


 メガネのブリッジを人差し指で持ち上げたのは智子ともこだ。彼女は机に座って足を組んでおり、存在感を放っているように思えるが、彼女は影が薄く、僕は彼女が喋るまでここにいることに気がつかなかた。


「おまえこそ、いつも通りの秀才ぶって。まぁいつものことですし〜」


 渉に茶化された智子は頬を膨らました。そこに真希が現れた。


「朝から楽しそうだね。何話してたの?」


「今日ね、卒業式終わったらサッカーの試合して、勝ったら真希にこ――」


「そうそう! サッカーの試合して遊ぶらしいから真希も来ない? ってね」


 亜子が口を滑らせそうになったところを、ギリギリで僕がカバーした。亜子は僕がカバーして、ようやく気づいたようで、「あっ」という声を零して口元を隠す。


 僕も、まさか、亜子にフォローが必要だなんて予想しなかったため、言葉は舌に任せたが、サッカーをするとい言ってしまった。そして、真希がその試合を観に来させていいのかと思った。


「そうだな、真希も来たらもっと楽しくなりそうじゃね?」


 熊雄がみんなに聞く。すると、全員口を合わせて「楽しくなるな」と言った。そして、試合に参加する大夢を合わせた4人は、瞳の奥に燃える闘志ぶつけ合い、火花を散らす。




***




 卒業式も終わり、各自帰宅し、着替えて集合した。雲一つ見えない快晴だが、風が吹けば少し寒い。そんな中で試合は行われようとしていた。


「じゃあ、これより、4人による個人戦を始めます」


 なぜか審判に指名された僕は、開始の合図の代わりにボールを宙に蹴り上げた。『集会所』と呼ばれる広めの原っぱを駆ける4人。一斉にボールへ群がり、自分の恋のシュートを試みる。しかし、そう簡単にはいかないもので、敵に邪魔されたり、ボールを奪われたり、誰も譲ろうとはしない。


 邪魔仕返したりボールを奪い返して、一命を取り留める。接戦が長期に渡って繰り広げられる。その光景を、僕と亜子と真希は端に座って眺めていた。


「にゃー」


「この子かわいい〜」


 亜子はサッカーはそっちのけで陽路の飼い猫であるミースと戯れる。僕はその様子を横目にサッカーの様子を観戦するが、正直、はサッカーのことは頭に入ってこない。


「なんかわかんないけど頑張れ〜」


 真希がみんなに笑顔をばらまく。その表情に釘を打たれた笠原と渉がぶつかって転んだ。


「頑張ってるのはいつものことですし」


 今の今まで気がつかなかったが、後ろには智子が座っていた。


「智子、居たのか」


 存在感の薄さはいつものことですしってか。本当に驚いた。


「あっ、ちょっと!」


 亜子が急に大声を出した。ミースが亜子の手元から脱出し、サッカーのゴール前に走り出したのだ。


「いけぇ!」


 それとほぼ同時に宗田のロングシュートが放たれる。ただ、距離が遠すぎてゴール前でスピードが緩やかになった。それでも、陽路のシュートを止めるべく、他の3人は全力でボールを取りに向かうが、おそらく間に合わないだろう。


 ボールがゴールに入ろうとした時、ミースがボールに触れた。そのままボールとじゃれ合う。そして、ボールはゴールの中まで転がり、ゴールした。


「もしかして……」


 息を切らしている陽路は力の抜けた声で呟く。その他の参加者は疲れ切っていたものの、安堵の表情を浮かべる。


「えっと……今のはミースの得点ということで、ミースの勝ち、でいいのかな?」


 どう判断していいのか困ったが、ルール上、ミースの勝利だ。


「嘘だろ」


 飼い主のことはおかまいなしに、ミースはボールで遊び続ける。


「じゃあ、ミースが告白の権利を貰ったってこと?」


 亜子が僕に小さな声で尋ねる。


「そういうことだね」


 僕としても、以外な結末で驚いていたが、どうしてもおかしくなって、笑ってしまった。それにつられてみんなに笑いが伝染していく。


「ということで、私に告白できる権利はミースのものだよ〜」


 そう言って真希がミースを抱き上げた。


「なんで知ってるんだよ」


 熊雄が不思議そうに問う。


「そりゃあ、廊下まで聞こえてたから」


「声が大きいのはいつものことですし」


 3人は顔を赤らめて悔しがった。


 中学になっても、今と変わらないような学校生活が待っているのだろうか。勉強や部活で忙しくなればこうやって集まって、遊ぶ機会が少なくなるのかと思えば、寂しいような気もする。


 終わりの春から始まりの春へ向かって、時間は加速していく。暖かい春はすぐ目の前にある。

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