第22話 本番の訪れ
「正直、よく覚えていないんですが、優しくて面白い人でした。だから、あんなことするなんて想像もできませんでした」
そう、津久田蒼馬は僕の目の前でいたぶるように両親を殺した人だ。彼について知りたいなんておかしな話であるが、まだ捕まっていないということを考えれば調べる必要もある。
津久田が捕まっていたとしたら、あるいは死んでいたとしたらそんなことを聞く必要があるだろうか。多分ない。
「そうか。津久田と関わっていた人は口を揃えてそう言うんだ」
2階から慌ただしい足音が聞こえ、亜子の父親は「このことは亜子に」と言い、人差し指を口に当てる。
「お父さん、これでいいかな?」
「あぁ。ありがとう」
亜子は大きな箱を両手で抱えていて、その様子を見た父親はテーブルにある食器を流しに運んだ。亜子は片付いたテーブルに箱を置く。父親はその箱を開けて中にあるたくさんの袋を一つ一つ確認し、お目当ての物を見つけたらしく、取り出した。
袋の中には粉末や液体の入った瓶、メスやピンセット、注射器といった医療器具が入っている。
「これを噛んで食べてごらん」
取り出されたのは錠剤のような物だった。嫌な予感もするが、亜子の父親が僕に毒を食べさせる利益も無いだろうし、安心して食べていいだろうか。
躊躇っていると父親が急かしてくるので、仕方なく食べることにした。父親の手のひらから取ってみる。飴の半分くらいしかないそれは、ラムネにも見えた。
口に入れると、思った以上に苦くて眉間に皺を寄せ、危うく吐き出してしまうところであった。それを我慢し、さっさと噛んで飲み込む。
噛み砕いて小さくしたはずなのに、喉を通っているのがわかるし、通るたびに全身が痺れるような感覚に襲われる。もしかして、騙された? と思ったが痺れは飲み込む時だけ生じ、喉を通過しきると痺れはなくなった。
「……何ですか、これ」
「妻に言われ――おっと、口が滑ってしまった。なぁに、気にすることはない」
「そうですか」
妻に言われたと言おうとしたのだろうか。もしかしたら、病院で働いているということは、お世話になったこともあるのかもしれない。
「啓太、ご飯も食べたし、そろそろ行く?」
「そうだね。早めに行った方がいいだろうし」
温かい部屋に別れを告げ、学校へ向かった。今までたくさんのことがあり、まだまだ不安もあるけど、僕たちは進む。僕らが革命を起こし、明日から平和な世界が訪れると願っている。
体育館に置いてある机を一つ持ち出し、2階へ運び、亜子にお願いして女子トイレの掃除用具入れに置いてもらった。体育館ではバレー部の練習が行われていたこともあり、その作業を慎重に取り掛かった。
***
学芸会当日。
どれほどこの日を待ち望んでいたか自分でも測り知れない。亜子と宗田には作戦の最終確認もとった。まず、劇が終盤近くなったら先生に腹痛を訴えて、合唱の台から降りて、プロジェクターの準備をしてもらう。プロジェクターの使用方法についてはしっかりと教えた。きっと、上手くいく。
教室で他の学年の演技が終わるのを待っている間に、たくさんのことを思い出す。亜子をいじめから助けたこと、僕もいじめられて我を忘れて亜子に嫌な思いさせたこと、ルームメイトの折本やクラスメイトの関崎と川内が僕のことを応援し、手助けしてくれたこと……いちいち数えていたらきりがないほどある。
みんなの助けがあったからこそ今日までやってこれた。特に亜子が側に居たことが一番の支えだったと思う。そんなことを考えていると、僕たち6年生の出番が近くなり、舞台裏へ移動する。
作戦が成功するかどうかのドキドキと、学芸会という緊張感に押しつぶされそうだ。これが成功すれば……という期待に胸を膨らます。
僕たちの前のプログラムが終わった。その少し前までおしゃべりが酷かったものの、みんな緊張し始めたようで周囲はだんだんと静かになった。
「プログラム最後は6年生による劇です。劇では丘ノ市に代々伝わる物語を披露します。今回はツグネの
放送が終わると、舞台の幕がゆっくり上がり始めた。
さぁ、革命の始まりだ……!
なんて大袈裟なことを心の中で叫んだ。
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