第19話 悲しみを産む欲望
亜子を家まで送った後、すぐに園へ帰らず、近くにある墓地へ行った。
今日で丁度4年。
両親の墓前に立つ度にあの惨劇を思い出す。あの光景は何度思い出しても慣れないもので、嘔吐感が込み上げてくる。
墓に向かって手を合わせて、最近の出来事を伝える。悲しみが連れて来る物を拭う代わりに空を見上げた。羊のような雲が浮かんでおり、風に吹かれてゆっくりと、確実に動いている。
僕が顔を上げている間にも時は流れていると思うと、自然の冷酷さが身に染みた。この時はまだ、未来犯罪防止機関、通称、未来機関が無かった。
未来機関というのは、人間が出す特有の波動を解析したデータに基づき、犯罪者になる危険がある人物を取り締まる組織だ。噂では未来予知ができるという話も聞く。
未来機関の設立以来、犯罪件数が80%近く減ったというのを聞いたことがある。もっと早く機関が設置されていれば、もしかしたら……なんて思う。5時30分を告げる鐘が僕を現実に引き戻す。
「そろそろ帰らないと。じゃあ、また来るね」
両親にそう言い残し、その場を去った。感傷に浸りながら静かな道を歩く。児童園に着く前には涙は収まっていた。
「ただいま」
部屋に入ると折本が僕の椅子に座り、何かの本を読んでいた。
「おかえり。今日が命日だっけ?」
「そうだよ」
その返事を聞いた折本は顔を曇らせ、呟く。
「なんで何かを失った人は、もともと何も持っていない人より辛い思いをするんだろう。持っていたってだけで幸せだったはずなのに」
折本は生まれてすぐ親に捨てられたそうだ。僕たちが産まれた頃はまだ、少子化防止対策法が無かったから仕方ないと思う。
彼の親は子供の様子を見に園へ来たことは一度も無いらしい。本人は「自分は生まれてくるべき存在では無かったのだ。生まれてきたせいで、親を不幸にした。だから捨てられたのだ」と言っていた。
「それに、持っていればいずれ、失うことを知った上で新しいものを得ようとする。どうして人間はこんな欲の強い生き物なんだろう」
「分かるよ。その考えも、気持ちも」
僕だってそうだ。いつか離れ離れになる『友達』という存在を欲しがり、得てしまった。無い方が楽だったのかもしれないが、欲に負け、奇跡を願ってしまったから。
「まぁ、死んだら何もかも無くなっちゃうから、そんなこと考えてたらキリが無いけどね。しかも、この本に書かれてたことそのまんま言っただけだし」
そう言って折本は苦笑いする。僕は折本が面白い考え方になったなと、感心していたのに、少し残念だった。
「そういやさ、俺、赤西と仲良いぜ」
「そうなのか。で、何で僕に?」
僕より身長の高い彼はニヤつきながら椅子から立ち上がる。
「啓太の独り言聞いたから。宗田の恋の応援すれば、間接的におまえの手伝いになるだろ?」
「え、ありがとう! じゃあ、お願いします」
独り言か、聞かれたのが折本でよかった。次からは気をつけないといけない。こんなので笠原に計画がバレては洒落にならない。
「おう! 任せておけ」
そう言って折本は親指を立てる。頼もしい仲間がまた増えた。あと数日で学校からいじめが無くなる。生きやすくなるのだ。平和な学校生活が楽しみで仕方がなかった。
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