残留思念 一

 五月十六日

 俺――為辺出は、隣県にきていた。三ヶ月に一度開かれる、互助組織の情報交換会に出席する為だ。

 今回は、新しく除霊師を弟子にとった事を報告しなければいけない。

 開催場所に向かいながら、その弟子にとった娘の事を考える。性格は暗く、人と接する事が苦手。霊感体質でありながら、周りにその事を相談できる相手がいなかったという人間に、よく見られるタイプだ。ただ、誰に対しても暗いわけではなく、優里香に対しては砕けた雰囲気で話している。意外にもノリがいいようで、優里香と話している時は、普通の女子高生に見えた。優里香の人柄のおかげもあるだろうが。

 俺はあまり彼女のような人間が好きではない。対人に対する恐怖というのは誰しも抱えているものだし、自分が傷つくことを恐れてそれらを避けることは、甘えだと思っている。

 正直あまり関わり合いになりたくない人種なのだが、彼女の霊能者としての適性は目を見張るものがあった。彼女の霊との遭遇頻度の話を聞く限り、彼女の霊力は相当高い。俺よりも高い可能性すらある。霊感体質の家系でもないのに、それほど霊力の高い人間は極めて稀だ。もしかしたらそういう人間が生まれること自体はあるのかもしれないが、この年齢まで生きているケースは中々無いだろう。

 通常霊感体質の家系だったら、霊を退けるすべを受け継いでいたり、代々交流のある除霊師の知り合いがいたりする。だが、親族に霊感体質の人間がいない上に、周りに霊を信じる人間がいないと、霊に襲われた時に防衛ができず、「不幸な事故」として命を落とす事も多いだろう。だが、維純は誰にも教わらず、独学で霊を退ける処世術を身につけたと言っていた。その処世術こそが、霊に何をされても心に隙を生じさせず、徹底的に無視をすることだ。

 霊能者の中でも、霊に対して全く恐怖を感じない人間というのはあまりいない。除霊の術を学んでいる人間なら、霊に恐怖を感じて取り込まれかけても、すぐに対処ができるからだ。俺の場合は、僧侶の家系に生まれ、精神修行もしてきたから霊に恐怖を感じることもないが、彼女のような普通の人間が、それ程の強靭な精神を身につけるのは簡単なことではないだろう。これまでに、山にいるような強い怨念をもつ霊はあまり相手にしたことがなかったようだが、この間の笠見山の一件を見た感じ、初心者にしては上出来だと思った。

 維純のような希少な人材には、霊能者として貢献してもらわなければならない。もう二度とを繰り返さない為にも。


 そんな事を考えている間に、目的地に到着した。ここら一帯では有名な大きな寺院だ。情報交換会は大体ここに備え付けられている多目的ホールで開催される。境内を歩いていると、ひげ面の男が声を掛けてきた。「よう為坊ためぼう。元気してたか?」

 その男――並樹なみき陽介ようすけは、へらへら笑いながら肩に手を回してきた。年齢は五十代前半くらいだっただろうか。漁師をしているが、副業として除霊師をしている。

 「俺は本業のほうが忙しくて中々除霊師の仕事ができてないね。為坊のほうは何か変わった事はあったか?」と聞いてきたので、「一人、弟子ができた」と答える。

 「おお!除霊師が増えるのはいい事だ!」並樹さんは豪快に笑う。「弟子にとるって事は、そいつも俺みたいに霊能者の家系じゃないってことだよな」

 「ああ。周りに霊感体質の人間がいなかったみたいだが、なんとか一人でやってきてたみたいだな」

 「それは見所があるじゃねえか!いやー、五年前の事件でだいぶ除霊師が減っちまったからな。質のいい除霊師が増えてってくれればな」

 「そうだな」

 「実際、除霊師全体のレベルも上がってると思うぞ。最近はがでたって話も聞かないじゃねーか」

 「・・・そうだな」自然に答えられただろうか。俺はそんなに表情にでるタイプではないが、このおっさんはへらへらしてるように見えてかなり鋭い。

 「ま、どちらにせよ」こちらに探りを入れる意図など最初はなからなかったのか、感づいて敢えてスルーしてるのか分からないが、並樹さんはそのまま言葉を続けた。「平和なのはいい事だ。霊は理不尽に、無差別に霊力の高い人間を襲うからな。俺達は俺達の平穏を守る為に、霊をブッ倒せばいい訳だ」軽い口調で言っているが、言葉の端々から怨恨が滲み出ていた。


 ホールに入ると、もう三十人近く集まっていた。細長い机にパイプ椅子が二つ付いたものが、通路のスペースを境に左右に一列ずつ並んでいる。机の数を見た限り今日来るのは大体五十人くらいか。並樹さんとならんで後ろの方の席に座り、まばらに開いていた席が埋まっていくのを眺めていた。

 暫くすると、互助組織の会長長谷はせ光明みつあきが姿を現した。高齢を感じさせる風貌だが、同時に威圧感を感じさせる人だ。

 「全員集まった為、開会をする。――それでは早速だが為辺」名前を呼ばれ、顔を上げる。前に座っている除霊師達が、緊張した面持ちでこちらを振り返る。隣に座っている並樹さんも険しい顔でこちらを見ていた。

 「は、特に変わりないか?」張り詰めた空気の中、厳かな声で会長が聞いてくる。

 基本的に任意参加の情報交換会で、俺の出席が毎回義務付けられてる理由はこれだ。弟子ができたなんてことより、ずっと重要性の高い報告だ。

 「特に変わりはありません」声が固くなっているのが分かった。それでも、湧き上がる憎悪をなんとか抑え、報告を続けた。


      *                       *


 夜中、張り詰めた空気で目を覚ます。実際には目を開けていないが、部屋の中の景色が脳内に飛び込んでくる。部屋の隅に白い服を着た長い髪の女がいた。体が動かない。金縛りだ。女は、いつのまにか私の足元に立ち、かと思ったら私に跨り、首を絞め始めた。「どうして、どうして・・・」女から声が聞こえた。

 目を開く。脳内に飛び込んできたものと同じ光景。私はその顔を見ようとするがなぜか見えない。苦しい。けど、体が動かない。女は、適度な力加減で絞めてくる。殺すというよりも、こちらが苦しむのが目的というように。苦しいのに、この微妙に意識のある時間が長いのは、これが夢だからなのか、もしくはこの女が霊だからか。はたまた、実際に首を絞められている時間はそんなに長くないのかもしれない。「どうして、どうして・・・」女の声は続く。

 絞める力が弱まる事は無く、やがて私は意識を手放した。


 五月十七日

 ――やっぱり、ついてるなぁ――

 私――宵村維純は、朝目が覚めてから洗面台の鏡で、自分の首を見た。案の定、絞めた手のあとが残っていた。あの女は、私が寝ている時に時々現れる。間隔的には、大体三〜六ヶ月に一回くらいだ。現れ始めたのは小学校の頃だったか。最初はただ部屋の隅に立っているだけだったが、やがて首を絞めだし、中学に入ったあたりから「どうして」と呟き始めた。

 この女は他の霊とは少し違った。長い髪に白い服。どうしてと呟きながら首を絞めるという、ホラー映画等で見慣れた光景。在り来たりワンパターンな脅かし方。当然恐怖なんて微塵も感じない。そのはずなのに。どんなに平然としていても、その女は関係なく首を絞め続けた。普通の霊なら、平然としてさえすれば接触なんてできないはずだ。

 これは私にかけられた呪いだ、と、いつしか思うようになった。これはただの想像ではなく、予感と言った方がいいかもしれない。そう思うのではなく、のだ。そしてこの呪いは、そう遠くない未来に私の命を狩りとるものだということも、分かっていた。


 「私、転勤で来月からこの家離れる事になったから」

 朝食をとっている途中、急に母さんが淡々とした声で切り出した。母さんは土日は休みだが、普段朝食の時間が被ることなんてない。基本的に各々の時間で、家にある食パンを食べている。それが今回時間を合わせてきたからなぜだろうと思っていたら、そこそこ大事な話があったようだ。

 私はその発言に少し驚いたが、「そう」とだけ返した。

 「生活費は毎月口座に振り込むから」と言われたので「うん、ありがと」と返した。そんな必要事項だけを述べていく、義務のような会話が続く。

 家事、できるかな。まあ、なんとかなるか。母さんの業務連絡を聞きながら、他人事のようにそんな事を考えていた。

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