飛花流転

里見絵馬

プロローグ

 ――――この世には、二種類の人間がいる――――



 この後に続く言葉は人によって違うだろう。「賢者」と「愚者」、「強者」と「弱者」・・・。

 私だったら、迷う事無くこう続ける。


 「視えない人間」と「視える人間」。



 青く晴れ渡った空。微かに冷たい風。緩く傾斜になっている前方の道を降りてくるのは、ぴかぴかの制服に身を包み、これからの新しい生活に胸を躍らせているであろう女の子三人組。

 穏やかな朝の空気に包まれた住宅街の中で、私――宵村よいむら維純いずみは、男に後をつけられていた。

 恐らく、先ほど電柱の陰からこちらを見ていた男だろう。血痕の滲むぼろぼろの作業着姿の、白目がない真っ黒な目をした男。まあ、よくいる見た目ビジュアルの奴だ。

 横を談笑しながら通り抜けていく先程の女の子三人組は、恐らく「視えない人間」なのだろう。


 私は小さく溜め息をつく。やはり、自転車に乗っている時より徒歩の時の方が面倒なものに絡まれやすい。本来だったら、高校には自転車で通学するはずだった。だが、昨日入学式が終わって自転車で帰路についてる時に、突如チェーンが切られてしまった。その後すぐに修理に出せばよかったのだが、久々に学校という人間が密集する空間に行ったせいか、疲れて修理に行く気力がなかったのだ。まあ、学校自体は徒歩で20分位で着く場所にあるのでいいのだが。

 因みにこのチェーンを切ってきた奴は、怨念はさほど強くなかった為、悪戯感覚でやったのだろう。迷惑なのに変わりはないが。


 彼奴等きゃつら――霊も人間と同様、二種類に分けられる。「悪戯感覚でちょっかいをかけてくる奴」と「明確な殺意のある奴」だ。

 チェーン切りは前者に該当するだろう。・・・一歩間違えば死亡事故にも繋がりかねないが。

 さて、今つきまとってきてる奴はどうだろう。ぼたぼたと体液が滴るような音をさせながらついてくるそいつからは、明らかな強い怨念――殺意を感じた。


 霊は、生きてる人間に無差別に殺意を抱く。ただ、驚きや恐怖などで精神が揺らいだ人間にしか手を出せないらしく、それ故に「視える人間」は無条件に標的にされる。

 だったら、何をされようが無関心でいればいい。――誰に教わったわけでもない、これまでの経験で身に付けた処世術だ。


 ただストーカーをするだけでは気を引けないと気付いたのか、奴は「ああ、ああ・・・」と呻き始めた。

 その方法で私を怖がらそうと仕掛けてきたのは、お前で464人目だよ、と心の中で嘲っていると、ふと、頬に強い風を感じた気がした。だが、背中の中ほどまで伸びた髪も、ブレザーのケープ風のデザインのビラビラした部分もなびいていない。ましてや、スカートがめくれてしまうという誰得な展開にもなっていない。

 霊的なものか、と理解する前に背後からぐわああぁぁ、と何の個性もない断末魔が聞こえた。と同時に、先程まで感じていた怨念が消えた。


 しかし、先程とは別の気配を背後に感じていた。振り返ると、茶色い翼が視界に飛び込んでくる。雀や鳩よりも大きくてしっかりとした体付き。鷹だ。鷹はピヨォーと鳴きながらゆっくりと旋回し、近くに佇んでいる男の元に降りる。と同時に、鷹の姿が消え、鳥の形をした紙が男の手元に収まった。

 長袖のシャツとジーパン姿のその男は、二十代前半~半ば位だろうか。少しきつい印象の顔つきだが、美形ハンサムといえる容姿をしていた。

 「少しヤバい奴につけられてたな」と男が言う。

 その言葉に、「そうですね、怨念は結構強かったです。脅かし方がワンパターンすぎたけど」と答えると、男が少し驚いた表情をした。

 「随分落ち着いてるんだな。霊能者の家系か?」と聞かれたので、「家族に霊感体質の人間はいません」と正直に答える。


 男はまた少し驚いた表情をした後、考える素振りを見せ、口を開いた。


 「お前、除霊師になる気はないか?」











 

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