第63話 こうして『ヴィスビュー星系辺縁の戦い』が始まった──。

 ヴィスビュー星系辺縁──。

 すでに巡航加速に移った〈カシハラ〉を中心に、『回廊北分遣隊〝ミュローン艦隊〟』と『第1特務艦隊〝航宙軍〟』の各艦が比較的狭い空域に展開して4日が経っている。


 その間、帝国宇宙軍ミュローンからは〝『青色艦隊』後備戦隊司令長官ポントゥス・トール・アルテアン少将〟の名で〈カシハラ〉に対し降伏勧告がなされ、ほぼ同時に『航宙軍第1特務艦隊』に対しても〝警告〟が発せられている。

 ──〝叛乱艦テロリスト〟に対する一切の処遇は『国軍』が主導する旨の通達であったが、アルテアン少将始め『回廊北分遣隊〝ミュローン艦隊〟』の首脳部は、既にエリン第4王女が〈カシハラ〉を降りて帝国本星ベイアトリスに在り、彼の地にてベイアトリス王家を相続した事実を知らない。


 とまれ〝警告〟を受けた側の『第1特務艦隊』にしたところで〝そのヽヽ事実〟は知りようもないが、その状況下で星系内ヴィスビューに〈カシハラ〉の艦影を探知している事実の一切を黙殺し、〝知らぬ存ぜぬ〟を通している。その上で星系内の航宙拠点──自航軌道船渠ドック〈アカシ〉──へ向け移動中と回答してみせ、あまつさえ〈アカシ〉への遷移加速に際しては、〝公宙〟とはいえ訓練の名目ヽヽヽヽヽで旗艦〈タカオ〉を中心に〝戦闘航宙管制の傘〟を広げることすらしているのだ。


 この辺り、航宙軍のコオロキ・カイ宙将補は帝国軍ミュローンを牽制しこそすれ、この時点での『星系同盟』の〈カシハラ〉に対する立場については韜晦することに徹している。

 むしろアルテアン少将の対応・指揮の方が精彩を欠いているのは明らかで、『回廊北分遣隊〝ミュローン艦隊〟』の各艦にとってはただいたずらに時だけが経過していた。


 一方、〝叛乱艦テロリスト〟と名指しされた〈カシハラ〉は帝国軍ミュローンの勧告に対して応答すらしていないのであるが、ガブリロ・ブラムの進言を容れ『エリン第4皇女旗』を降ろすことはしている。そうした上で艦長のツナミらは、帝国軍ミュローンの主力艦を跳躍点ワープポイントから引き離すべく、更なる〝誘引〟を企図して軌道の遷移先を選択していた。



7月22日 0750時 【航宙軍護衛艦コウヅ/艦橋】


 艦橋の天井に吊られた複合スクリーンを見上げるクサカ1佐の耳に、戦闘指揮所CICから戦況報告が拡声器スピーカを通して届けられていた。

『──第1特務艦隊は直径約3万2千kmの〝球形陣〟に展開…… 〈カシハラ〉を傘の中に収めた形で〈アカシ〉に向け遷移加速に入る構えです』

 数時間前、ようやく進入してきた〝航宙軍艦隊〟との間で戦術データリンクの同調が終わり、本国オオヤシマで分析された情勢を含む多くの情報を最新化アップデートすることができた。複合スクリーン上の戦術マップの表示も当初その所属が航宙艦隊直轄艦とあったものが、現在では『第1特務艦隊』という表示に変わっている。


「──ほ…… やるねぇ……」 戦術マップ上の第1特務艦隊の大胆な機動にいささか不謹慎な苦笑を飲み込むと、クサカ1佐はCICに確認する。「──ミュローンの方は?」

本星系ベイアトリスから出現した主力艦3隻を含む8隻は、友軍艦隊第1特務艦隊に対し3群に分進しわかれてこれを追尾してます…… 星系配備ヴィスビューの軽艦艇は会敵コースに乗れたもの──コルベット2、警備艦2、哨戒艇1…──が最短軌道を加速中…… 残りは退避に入りました』

「まー、そいつらの加速じゃ間に合わんわな…… しかし……」

 これら軽艦艇の加速性能と航続距離では、主戦域の星系辺縁に対し有意なヽヽヽ軌道に乗ることすら難しい。そのことを確認しつつも、クサカ1佐は残りの帝国軍艦艇がここヽヽ〈アカシ〉の接収へと目標を切り替えはしないかと懸念し、結んだ口の端を歪ませる。

 ──こいつはまた〝めんどくさい〟ことになってきたな……。

 オオヤシマの統合作戦本部長の直接指揮の下に編成されたという『第1特務艦隊』は、事実上独立した統帥を与えられているらしい……。その意味では〈アカシ〉派遣基地隊もまた統合作戦本部直轄の部隊であったが、この場合の指揮系統は『第1特務艦隊』に隷属するのであろうか。甚だ曖昧と言えた。


「──その〝第1特務艦隊〟の指揮官はコオロキ宙将補ヽヽヽに間違いないんだな?」

 クサカ1佐は艦橋の管制員オペレータに確認した。第1特務艦隊司令官コオロキ・カイ宙将補──。かつてクサカは1佐のときのコオロキの下で巡航艦の戦術長を務めたことがあった。

「ハッ ──データリンクの指揮統制情報は更新されています」

「なるほど……」

 ──こういう事態を見越して艦隊本部は〝コオロキさん〟を張ってきたわけだものな……。

 コオロキ司令の艦隊内での評価は概ね『帝国宇宙軍ミュローンと対峙して艦艇を縦横フルに運用できる数少ない航宙軍人』ということで一致している。それについてクサカも異存はない。

「──…こいつはアレか……」 戦術マップの上の光点を確認すると、薄く口元が綻んでしまう。「……ってやつだな」

 5隻の巡航艦から成る『第1特務艦隊』が、3隻もの帝国軍ミュローン主力艦を向こうに回し一歩も退く気配がない。


 航宙軍は艦隊の中でも〝一、二を争う〟喰えない男を引っ張り出してきたのだった。どうやらオオヤシマ──『星系同盟』は本気ヽヽらしい……。



7月22日 0810時 【帝国軍艦HMSエクトル/第一艦橋】


「──〝叛乱艦〟よりの応答、ありません」 通信士の報告が耳に届く。

 『回廊北分遣隊』旗艦艦長ラルス=ディートマー・ヴィケーン帝国宇宙軍ミュローン大佐は、内心の溜息を飲み下すと、ほどなく発せられるであろう命令を待って分遣隊を指揮するアルテアン青色艦隊少将の方を見遣った。

 この4日間ですでに7度試みられた〝通話〟の呼掛けは、またしても無視された。

 さすがにこれほど露骨に〝無視〟をされ続ければ、それは明確な意図で行われたと判断せざるを得ない。ミュローンに対するここまでの礼を失する行動は──まことに遺憾な表現ながら──〝ミュローンの寵児たる〟アルテアン少将ならずとも〝実力を以って〟当る以外なかった。

「艦長── 軌道爆雷の投射を開始する。〈エクトル〉が雷撃統制せよ」

 ヴィケーンにしてもその命令に異存はなかった。ただ帝国軍艦HMS艦長として一応訊く。

「よろしいのですか。エリン殿下の救出を事実上放棄することになります。それに周辺には航宙軍も展開していますが」


 本来であれば既に軌道爆雷を投射していてもおかしくはない状況ではある。

 それを二つの〝要素〟が遅らせていた。

 一つはエリン・エストリスセンの身柄確保の要求。

 いま一つが〝戦場〟に乱入してきた〝招かれざる客人航宙軍の任務部隊〟という存在──。

 だがポントゥス・トール・アルテアン少将は、帝政連合ミュローン政府の『第一人者』より〝エリン皇女排除ヽヽの密命〟を受け行動しているのだ。それはヴィケーン大佐も既に理解している。

 それでも単独で航行しているのであれば、強攻接舷をして艦を制圧することもできたであろうが、現状では航宙軍の艦艇が間に割って入る形で展開しており不用意に近付くこともできなくなった。そうなれば邪魔立てをする存在航宙軍も共に排除するのがミュローンの習いである。


「〝警告〟は十分したのだ。後は先方の責任だよ」 アルテアン少将は酷薄そうな微笑を浮かべると改めて命令を下した。「──攻撃を開始する。弾着には一応の注意を払うが、標的の損壊の程度については考慮せずともよい。また第一撃については航宙軍艦艇は無視せよ」

 その指示は明瞭であった。それに応えるヴィケーン大佐の声もまた簡潔であった。

了解しました、閣下Yes, My Lord.



7月22日 0900時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉とその乗組員クルーを取り巻く状況はいよいよ正念場を迎えつつある。帝都上空の宇宙ベイアトリスから3隻もの主力艦──それは恐らく配備されていた全て──を誘引することに成功したのであるから、ほぼ作戦の目的は達していた。後はこれらの艦艇が帝都への〝反転〟を企図したとしてもできるだけ遅滞せざる得ないよう、どれだけ〝引きずり回す〟ことができるかである。


「よかったのかねえ、帝国軍の〝通話呼〟 無視し続けて……」

 第2配備中の艦橋で何とはなしにそう口にした航宙長イツキに、側らに立つ副長ミシマは説明口調で返した。

「仕方ないんだよ。いまここで〝状況を察知〟でもされて取って返されたら、全てが無駄になる」

「いや、そりゃ理解できわかるよ… でもさ……」 そこまで言って、可笑しそうに口元だけを綻ばす。「──こうまで無視されると、あちらヽヽヽさんだってあったまくるだろうな… ってな……」

「〝喧嘩は高値で〟……って言うだろ?」

 手にした個人情報端末パーコムで艦の状態を確認しながら、涼しい顔でそう言ってのける副長に、航宙長は小さく肩を竦めて同意してみせる。

 そんな副長に、船務科通信長のシュドウ・ナツミ宙尉が口を挟んだ。

「航宙軍の方とはデータリンク、繋げなくていいんですか?」

 同空域に球形陣を広げる第1特務艦隊からは、戦術データリンクのシグナリングプロトコルSSPを捉えている。接続しようと思えばすぐにでもそれができる状態である。


「──いま繋げたら、先方ヽヽに迷惑が及ぶだろ……」 応えたのは艦長のツナミだった。

 艦長席上でわずかにきまりの悪そうな表情の〝同期次席ツナミ〟に、シュドウは少しだけ呆れてみせた。

「だからって通話回線まで封止しなくていいんじゃないの? レーザー回線なんだから帝国軍ミュローンにだってバレやしないよ」

「…………」 珍しく煮え切らないでいるツナミ。

 艦長のその様子にシュドウは小さく息を吐いたが、それ以上は何も言わなかった。

 そんなツナミの態度を〝同期4番〟のイツキは何となく理解している。──第1特務艦隊の司令コオロキ宙将補はつい先日まで士官学校の術科教官を務めており、言わば彼らの恩師である。

 ミシマと違い〝個性を余すことなく発揮する〟を旨としていたツナミやイツキは、何度も特別に指導──平たく言えば〝説教〟──を受けた人物なのだ。……まあ、苦手意識というヤツである。


 そんな間の抜けたやり取りは、主管制卓に座るイセ・シオリ宙尉の切羽詰まった声に破られた──。

「帝国軍各艦の周辺に熱源……軌道爆雷の推進剤点火と推定── その数……22!」

「きたか……」 手元の端末の画面から目線を上げた副長ミシマは主管制士に指示を返す。「──着弾までの時間を」

「第1配備── CIC開け」 艦長のツナミは全艦に総員配置を告げる。

「観測、加速データ、こっちへ回してくれ」 航宙長イツキもまた回避機動を検討すべく、素早く統括制御卓に着いて指示を飛ばしている。「──22発だって? 〝本気でマジ〟怒らせたか、こいつは……?」 減らず口も忘れない。



 七月二十一日の時点で〝皇女殿下の艦〟から〝女王陛下の艦H.M.S.〟となっていた航宙巡航艦〈カシハラ〉は、その事実を知らぬまま、最後の戦闘〝終劇〟に向けての総員配置に入っている……。



 こうして『ヴィスビュー星系辺縁の戦い』が始まった──。


 先手を打ったのは『回廊北分遣隊〝ミュローン艦隊〟』だった。

 その動きを察知した〈カシハラ〉であったが、同じ空域に展開する『第1特務艦隊〝航宙軍〟』との間に連携はない。

 この段階の『第1特務艦隊』は、まだ〝どちらヽヽヽに組するか〟明確にしていない。

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