第43話 その〝小さな反乱〟は、そんな折で起きた──。
7月1日 0020時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
スプラトイ星系から2パーセクの距離の離れたイェルタ星系──。
その辺縁の
「
副長──ミシマ・ユウがそう告げるや、艦長席のツナミ・タカユキは口を開いた。
「……各科、状況を知らせ」
その指示に応え、航宙長のハヤミ・イツキが航宙科の
「──針路及び座標の確認、急げ!」
同様に各科も所掌に従い、確認作業を進めていく。
「──どうだ?」
ミシマが各科の責任者を見遣る。
『
両舷の
「──電測、各機器に問題はなし。
各科の報告を受けつつ、ツナミは徐に口を開いた。
「……機関室より状況確認後、
そのツナミの
一見すると常の彼の姿に戻っているようにも思える。が、イツキや艦橋の
ツナミは、船外作業準備室でのこと以来、ほぼずっと艦橋で指揮を執り続けていた。
直交代で入れ替わる艦橋詰めの
実際には〝あの事故〟の後ほとんど休息らしい休息を取っていないのだろうから、丸一日以上……下手をすれば二日の間、まともに寝ていない計算となる。
さすがにこれはマズイと誰もが思い休息を取るよう勧めるのだが、『艦隊服務規程』を持ち出そうがリスク管理の基本を説こうが、当のツナミは無理矢理に浮かべてみせた笑顔で「大丈夫だ」と応えるだけで、そのまま艦長席に居続けている。
もともと
「艦長──」 主管制卓から報告が上がってきた。「──機関制御室からオダ機関長です」
「──問題の発生か?」
すぐにツナミは応じた。だがやはり声には常の張りはない。
確認をされた主管制卓のイセ・シオリ宙尉は、思わず目線を副長に遣ってしまった。
いまのツナミは、その
ミシマが肯いて返すと、シオリは機関制御室のオダ機関長を艦橋の複合スクリーンに
ミシマはそんな一部始終を見やっていたが、やがて難しい
* * *
同日、
六月二十七日にキールストラの放った先遣艦──〈デルフィネン〉は、六月二十九日の時点でスプラトイ星系へ到達するや
程なく
〈デルフィネン〉は直ちに航宙艦の追尾・監視に入ると、約4時間半ほどの追尾の末に当該艦を〈カシハラ〉と推定した。そして〈カシハラ〉の針路がイェルタ星系への
パルセラ星系で〈デルフィネン〉と再合流を果たしたキールストラ大佐は、〈カシハラ〉の所在を知るや指揮下の僚艦〈ヴァリェン〉を通報艦とし直ちにシング=ポラス星系のイェールオースの許へと遣わしている。
同時に〈デルフィネン〉には再度スプラトイ星系への跳躍を命じ〈カシハラ〉の追跡を再開させた。
そして自らは〈カシハラ〉との邂逅を果たすべく
キールストラはベイアトリス小艦隊を率いる〝盟友〟カール=ヨーアン・イェールオース代将から、とある『密命』を帯びている──。
この『密命』を果たすためには、何よりも先ず〝ベイアトリス王家エストリスセンの後主〟、エリン・ソフィア・ルイゼと〝単独の接触〟を持たねばならなかった。
既に回廊中に
時間との勝負であった──。
7月1日 0045時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
オダ機関長が機関設備に発生した不調を報告してきてから30分ほどが経過していた──。
ツナミは、機関長に加え応急長と技術長を交えて──〝気の抜けた炭酸飲料〟のようなあの
報告された不調は深刻なものだった──。
練習航宙に出た直後から〈カシハラ〉の慣性制御システムは不調を抱えていたのだが、遂にこの状況下で障害を発生し、0.6G以上の加速に対応することができなくなったのだ。
現在、機関長、応急長、技術長らが対応に当たっているが、復旧には2時間程度が見込まれる、との報告があった。
この状況では
そしてその〝小さな反乱〟は、そんな
*
本来
メイリーは艦橋に入るや、真っ直ぐに艦長席に座るツナミに近寄って行った──。
「ジェンキンスさん?」
ツナミは少し不思議そうな表情で、やや探る様に彼女の方を向いた。
そんなツナミに、メイリーが機械的な
「──
「あの……私なら〝大丈夫〟ですよ……何も問題はない──」 ツナミは少々警戒気味の目線になる。
「──睡眠は取っていますか?」 メイリーは事務口調で応じた。
「……いや、それほど取れてはないが──」 ツナミは〝劣勢〟であることを自覚した
「──困ります」 メイリーは簡単に遮った。
それからメイリーは、
「せめて栄養剤は投与してくるようにと、
「腕を出してください」
「…………」
のろのろと抵抗するツナミに、にべ無くメイリーは応じる。
「──…早く出して」
それで観念したツナミは、渋々とキャプテンコートを
メイリーはツナミと向き合う位置に立って、黙って無針注射銃を二の腕に充てた。
シュッと小さな音がする。
それからしばらくすると、ツナミの長身が艦長席の前で
──
メイリーがその細い身体で
ミシマだけがそれを予期していたように、メイリーの横からツナミの身体に腕を回していた。
「大丈夫だ ……皆、心配ない」 ざわつく艦橋でミシマは皆に聞えるように声を上げる。「──
それで何名かは〝諒解した〟というふうに、あらためて小柄な看護兵が受け止めている艦長の方を見遣った。
艦長席の前では、ぐったりとしたツナミの長身をメイリーが脇から抱えようと
「ともかく……」 ミシマから
どうやら一人で運ぶ
東洋風の美しい彼女の横顔が、何かに怒っているふうに見える。
ミシマは彼女が何で怒っているのか何となく解る気がした。──自分もまた、その〝怒り〟の対象なのだろう……。
ミシマは視線を外すと艦橋内を見渡し、手持ち無沙汰な面持ちでコトの成り行きを注視していた
「ミナミハラ ──ジェンキンスさんに手を貸して艦長を運んで行ってくれ」
「──了解」
非直ながら名指しされたミナミハラ・ヨウは、始めからそのつもりだったのだろうか、了解と手を上げるとメイリーとは反対の側からツナミを抱えて艦橋を出て行った。
こうして、ごく内輪の〝反乱〟は成功し、
ようやく眠ったツナミは、しばらく起きてこれないだろう。
自由回廊内には帝国の航宙艦が遊弋し始めてきている。
そして〈カシハラ〉は慣性制御系に不調を抱え、十分な性能を発揮することができない。
この
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