第28話 獅子だよね…どこから見ても立派なライオンちゃん
6月13日 1205時 【H.M.S.カシハラ/士官食堂】
追尾する
その食堂はいま、戦闘後の昂揚感に包まれていた。そもそも総員配置が続いて皆まともな食事にありついていなかったこともあって、仲間──誰も欠けることなく──と共に安心して食卓に着けるというこの〝平穏無事〟な状況を久しぶりに皆が満喫している。
メイリー・ジェンキンスや
「──あの
副菜のカウンターへと並んだ列の中で、そう言って纏わりつくキム・コーウェルの得意顔にメイリー・ジェンキンスは適当な笑顔を作って返した。そうすると
「──あ、メイリーさん、午後一に血圧見てもらいに行きます……いいですか?」
「はい、だいじょうぶです。お待ちしてます」
そんな〝男の子〟に笑顔で応えるメイリーに、キムはここぞとばかりにニヤついた
「なーんかメイリー、モテモテだねー……?」
そんな〝
そんなふうな愛想の振り撒き方には疑問──というか抵抗を、最初は彼女も感じていた。
でも、長時間の総員配置でキリキリしていた候補生たちが、手をそっと握ってあげただけで不思議と落ち着きを取り戻すのを見てしまうと、それが女性を貶めている、と目を吊り上げるほどのことだろうか、そんなふうに考えるようにもなっていた。
そんなメイリーは、副菜のメニューを選ぶキムの頭越しにエリン・エストリスセンの姿を、ふと目に留めた。
「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
そのメイリーの言葉に、士官食堂の片隅のテーブルにぽつりと座って食事をしていたエリンは手の動きを止めた。
「はい」 エリンはそう応え、
去年の秋、メイリーは大学の『星系自治論』で提出したレポートの評価に納得することができず担当講師の部屋を訪ねたことがあった。殿下はそのときに偶然その場に居合わせていたという。言われてメイリーは、皇女殿下が〈
「──お恥ずかしい限りです」
さすがに赤面して顔を伏せたメイリーに、同席するキムが驚いたように声を上げる。
「メイリーがわざわざ抗議しに行ったなんて、よっぽど採点がおかしかったんだ」
相手が貴族でも皇族でも、人を見て立ち振る舞いを変える様なことのないのが、キムという娘のいい所だ。そうメイリーは思っているが、この時はそんなキムの言葉にいよいよ恥ずかし気な顔を俯ける。
「…………」
「そうではないのです」
そんなメイリーに代わってエリンが説明をしてくれたのには──そしてちょっと可笑しそうにしたことに──、キムだけでなくメイリーも驚いた。
「──メイリーさんは、自分のレポートが不当に高く評価されたのではないかと、そうフンボルト先生に抗議に来られたのです」
「へ──⁉ あ、あぁ……」
それでキムはメイリーがいつもの〝お父さま〟コンプレックスから異議を唱えに行ったことを理解した。──何であれ、高い評価を受けると過剰に反応してしまうのがメイリーの〝良くない〟ところだ、とキムは思っている。
メイリーの方は、
「──クラスでただ一人〝A
そう言ってむくれた彼女に、ナプキンを置いたエリンは小さく小首を傾げてみせる。
「そうなのですか? わたしは、そのように思いはしなかったのですが──」 それから事も無げに言った。「そもそも謹厳実直なフンボルト先生です。先生はそのように個人におもねる様なことはしないでしょう」
「──そうです」 メイリーの声がちょっとささくれた。「……立派な先生がするべきことではなかったんです」
一歩も退かない様子のメイリーに、エリンは〝ここだけ〟の話です、とばかりに囁いてみせた。
「わたしは先生のこの春の講義で〝B〟を返されました」 そして控え目に、無邪気な微笑みを浮かべてみせる。「──権勢におもねる人とは思えないのですが」
メイリーはその一言に恐縮し、それから言い訳がましいことを何やら口にしかけたものの、結局、背筋をしゃんとして皇女殿下に向き直ってみせた。──その
そんなメイリーにエリンは続けた。
「メイリーさんは常に自分に厳しいのですね。それは〝美徳〟ですが、そこまで思いつめることはないと思います ──ミュローンの言葉にもあるよう〝獅子のこどもが獅子であるからといって、その爪の鋭さを気に病む
言って、メイリーの複雑な表情に慌てて付け加える。「──ああ、ミュローンの言葉です。言い回しがキツイものだったでしょうか?」
「私は自分が獅子なのかどうかわかりません」
そう言って返したメイリーだったが、
──獅子だよね……どこから見ても立派なライオンちゃん。ガオーッ! ってやつ。
「…………」
「──なに……?」 ちょっとバツの悪そうな
キムはふるふると顔を横に振って返す。
そんな二人に破顔したエリンは、あらたまって言った。
「あの
メイリーは表情をあらためキムと目線で頷き合うと、その皇女の申し出を受けて返した。
「……ではメイリーと、そう呼んでください、殿下──」
6月13日 1410時 【H.M.S.カシハラ/艦長公室】
深手を負った
主計長として艦の搭載装備品の消耗に目を光らせる立場のアマハ・シホは、艦長公室に集められた幹部らに厳しい見解を述べていた。
装甲艦〈アスグラム〉との先の戦闘において、〈カシハラ〉は搭載する軌道爆雷の40%を撃ち尽くしていた。
弾薬以外でも、反応剤、推進剤、冷却剤の消費量が予想をはるかに超えており、オダ・ユキオ機関長による詳細報告を待たずとも、あと1、2回の戦闘を行うのが
1回の戦い……ただ1回の戦闘で〈カシハラ〉はその能力の限界──練習艦にすぎないという
そしてそれにも増して、補給を望めないという
「──つまるところ巡航艦という
航宙長のハヤミ・イツキの言葉に、艦長公室の長机の上座でツナミ・タカユキは渋い
それは知識としては理解していたことで、今更口にしてみたところでどうなるというものではない。──しかしまぁ、目論見の甘さは今に始まったことではないが、何と能天気な
誰も何も応えないので、最年少、技術長のマシバ・ユウイチが仕方なく口を開く──。
「でも僕たちに補給の当てはないんですよ……
「いっそのこと〝宙賊〟でもやっちまおうか? ──ミュローンだって
イツキのその軽口に、堅物のツナミはさすがに黙ってられなかった──が、実際に声を上げたのは副長のミシマ・ユウである。
「バカなこと言うな」
それは然程の語気ではなかったが、イツキは片手を挙げて反省の意を示して返した。ミシマは憮然として続けた。
「──どのみち民間船を襲ったところで、武器弾薬や軍用反応剤は手に入らない……」
副長の〝身も蓋もない〟言葉が、
その副長の思案気な表情を向いて、目の奥を探るようにしていたアマハ・シホは、意を決したように静かに口を開いた。
「……では、〝宙賊の
その不穏当な発言に、場の皆の視線が集まる。アマハはその中のミシマの視線に向いて、静かに頷いてみせた。
ミシマは硬い表情でアマハを見返していたが、やがて探るように声を潜めて言った。
「──マレア星系……〝マレイズ
アマハは黙って肯いて返した。
ミシマの言葉には、応急長のクゼ・ダイゴが反応していた。
「マレア星系、〝マレイズ
クゼの裏返った声にアマハの
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