第26話 〝いま〟だ‼ 撃て!

 カルタヒヤ星系内──。

 シング=ポラスからの跳躍点付近の空域に息を潜めていた〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉は、初めて帝国軍艦HMS〈アスグラム〉を出し抜くことに成功した。



6月12日 0422時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所CIC


「やった! 熱源発生──〝エコー1〟と呼称──前方グリーンアウタ2時、距離5千2百キロ、相対速度マイナス8キロ毎秒……」

 ツナミ艦長はCICの自席でタカハシ・ジュンヤ宙尉のその声を聞いた。声音トーンが抑え切れずに上擦った響きだったことに、逆に口元を引き締める。

「熱紋照合──帝国宇宙軍ミュローン装甲艦〈アスグラム〉です!」 主管制卓からシンジョウ・コトミ宙尉が補足した。

「──〝エコー1〟、加速開始!」

 再びタカハシ宙尉が声を上げ、敵艦の動向を報告すると、ツナミは艦橋を呼び出した。

「艦橋-CIC──機関始動! 主砲射線上に敵装甲艦エコー1を捉える。砲雷長操艦」 

『──艦橋了解。CIC指示のもと、艦首を敵艦に指向する』 副長のミシマの声が応じる。

 それからツナミは、CICの主役である砲雷長を向いた。

「主砲、発射用意‼ 砲雷長 ──主砲操艦せよ」

「砲雷長、操艦頂きました──」

 砲雷長のクリハラ・トウコ宙尉は復唱し、自席の制御卓コンソール敵艦アスグラムの座標へと艦首が指向するよう操艦の指示に入る。



6月12日 0425時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】


 主砲の射線が艦首進行方向であるため、操艦する操舵士が砲の向きを決めることになる。時は〝航宙長操艦〟でなく〝CIC指示〟による操艦となる。


『──zヨー回頭ー、おもーかーじ330度ー、yピッチ回頭ー、アップ2度ー』

 クリハラ・トウコの操艦指示は、航宙長のハヤミ・イツキ宙尉よりも冷静なのだが、声質が高く、ややもすると機械的に聴こえて正直落ち着かない──。舵輪を握るコウサカ・マサミ宙尉は、そんな思いを胸にクリハラ宙尉の指示に復唱し〈カシハラ〉を操艦する。

 正面──直上0時に対し2時方向に漂う敵艦に艦首を向けるべく、艦の姿勢制御装置モーメンタムホイールが唸りを上げて回転を始める。同時に艦体各所の姿勢制御スラスタから断続的な噴射が行われた。

 主砲操艦は火器管制システムFCSに連動された自動操艦でも出来た──むしろそれが基本であった──が、微調整というものはやはり必要で、そういった調整はいつの時代でも『手動操作マニュアル』で行うのが『航宙軍』の〝伝統〟なのであった。


 〈カシハラ〉の艦首が敵艦へと向くまでの〝じりじり〟とした時間の中で、舵輪を預かるコウサカ宙尉は、心の中で叫んでいる。

 ──回れ……回れっ! 回れ~~~っ‼


 艦橋の面々だけでなく、CIC、機関制御室、艦内の各処でモニタ越しに戦況を見つめる全ての人間が──エリン・エストリスセン皇女殿下も例外なく──焦燥のなかで固唾を飲んでいる。

 やがて──実際にはそれ程に時間は掛かっていなかったが──〈カシハラ〉は〝回り〟始めた。コウサカ宙尉は、その時にはもう〝当て舵〟を当て始めている。



6月12日 0425時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所CIC


 砲雷長の指示のもと回頭を始めた〈カシハラ〉が、その艦首の先に敵艦アスグラムを捉えようとしていた──。

 艦首に固定装備された主砲の広くない射界の中にようやく敵影が入ってきた。火器管制系FCSがそれを認識し照準追尾に入る。


 砲雷長席でそれを視界に留めつつ、実はクリハラ宙尉は心のうちの〝怖れ〟に葛藤していた。

 実際に主砲を〝撃つ〟のは初めてだった。

 模擬演習シミュレーションでは何度かある。が、強力な荷電粒子を人の乗るふねに向けて撃つということの意味を、自分は本当に理解していたのだろうか……。


 じつはこの作戦に先立って、艦長──訓練航宙では戦術長補だったツナミ──から射手を替わるかと訊ねられていた。

 その時には『砲雷長は自分だから』と断ったけれど、いま、テルマセクでパルスレーザを照射──帝国の機動機を撃墜──したときの、あの〝気持ちの悪さ〟が甦ってきていた。


「──砲雷長! 〝いま〟だ‼ 撃て!」

「(え⁉ あ……)──はい!」 出し抜けに耳に飛び込んできたツナミの声に、クリハラは反射的に引き金トリガを引いていた。


 ──まだ早い……?

 〈カシハラ〉の艦首から禍々しい火線が伸びたのを見た──荷電粒子のイオン流ビームはレーザと違って可視光を伴うためだ──そのほんの半瞬の間に、砲雷長のクリハラは思った。

 ──タイミングは敵装甲艦の機動うごきに先んじたかもしれない……でも、確実な直撃を期待できる〝捉え方〟には、まだなってなかったように思う……。


 半瞬か一瞬して、その火線の先で〝火球〟が弾けた様に思えた。

 ──当たった⁉


 CICが反応できない中、拡声器スピーカから左舷観測室ウイングのジングウジ・タツカ宙尉の声が響いた。

『着弾らしき発光を確認!』

「やったか?」

 艦長席からツナミが確認を促す。主管制卓のコトミが先ず応えた。

「──熱紋に変化ありません!」

「長距離射撃です……光学情報を解析しなければ詳細は──」

 射撃管制・解析の制御卓からユウキ・シンイチ宙尉が心許ない声を上げると、ツナミはそれを遮って次弾発射の指示を飛ばした。

「──次発充填! 急げ!」

「主砲、第二射、用意──」

 砲雷長のクリハラは主砲の第二射の発射手順シーケンスに入る──。



6月12日 0426時 【帝国軍艦HMSアスグラム/第一艦橋】


 巡航艦カシハラの放った荷電粒子のイオン流は〈アスグラム〉の艦尾を掠め、左舷張出部バルジ推進器エンジンナセルを戦闘時で収容されていた放熱翼ごといていた。左舷推進器はその膨大な熱量に熔解し、2枚の放熱翼は衝撃に四散した。

 対エネルギー防御スクリーンから変換器を介して流れ込んだ膨大な熱量に、蓄熱系が過当状態オーバーフローとなった左舷機関区は緊急閉塞されスクラムし、全艦に異常事態を告げる警報〝レッドアラート〟が鳴り響く。

 直撃の衝撃とそれに続く推進軸の偏向──左舷側の推力が失われたことの影響──で生じた不規則加速スピンによる慣性力は艦の対加速度慣性制御イナーシャル・キャンセラーで何とか抑えることができたものの、艦内は〝被弾〟の衝撃に打ち震え続けている。


「機関長──」

 アルセ艦長は、機関制御室で事態に対処するセーデルバリ機関中佐をメインスクリーンの小窓の中に見た。彼女は被害対処の手を緩めずに艦長に向け首を小さく〝横に振って〟返した。それでアルセは決断することになったのだった。

 左舷の推力が復旧する見込みはない──。片舷の推進力を失った航宙艦にもはや戦闘艦としての機能は期待できなかった。

「機関出力を最小運転に──」

 そのアルセの指示に今度は機関長は首を縦に振って返した。アルセは次いで艦橋の通信士に指示する。

「停戦信号を送れ! 急げ!」


 手元の端末を操作し二人の副長を呼び出す。ほどなくスクリーンの中に二人の副長が小窓出力ワイプされてきた。アルセは簡潔な命令の後、短く謝罪した。

「──戦闘を断念する。すまんな」

『艦長──』 第一副長マッティア中佐が口を開く。『私は艦長の判断を支持します』

『私も、同様に支持いたします』 隣に映る第二艦橋のネイ少佐も、同じ表情で敬礼した。

 戦闘艦としての〈アスグラム〉の命運は尽きたのだ。この上は速やかに戦闘を停止し、無用の人的損失を避けねばならなかった。

 アルセ艦長と二人の副長は、戦闘停止の意志を確認したのだ。



 宇宙歴SE四七九年六月十二日〇四二八時── 〈カシハラ〉の探知機器が帝国装甲艦アスグラムの推進器の停止と機関出力の低下を確認し、停戦の信号を受信した。

 それは主砲の第二射をクリハラが発射する数秒前のことであった。


 〝皇女殿下の艦H.M.S.〟〈カシハラ〉は、初の本格的戦闘航宙の末に、帝国軍艦HMS〈アスグラム〉の追跡を退けることに成功したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る