第2部 若者は戦い、今日を足掻く
第18話 すっかり〝候補生虐め〟が板についてきましたね?
シング=ポラスの星系辺縁部を、点在する
〝航宙軍艦〟から〝
6月8日 2220時 【H.M.S.カシハラ/
「爆散散布界 ──距離4200、相対速度マイナス79キロ毎秒で
第1配備中の艦長席でツナミ・タカユキ艦長は、主管制士のシンジョウ・コトミ宙尉からの報告を聞いた。
「──対空警戒監視を解除」
ツナミは、戦闘宇宙服の襟元が息苦しいと感じながらそう告げた。すると管制卓から、控え目な声になったコトミが訊いてくる。
「警戒レベルを下げますか?」
コトミのその確認にツナミは迷ったが、結局、警戒レベルの維持を告げた。
「いや、当面は第1配備を維持する」
「了解……」 コトミは微かに浮かんだ疲労を振り払うように全艦に通達する。「──総員、引き続き第1配備を維持せよ」
〈カシハラ〉は追跡してくる
最初に〈アスグラム〉から切り離れた〝投射質量〟に推進剤の点火──この時点で質量体が〝爆雷〟であることを判断──を確認したのは12時間ほど前──〈カシハラ〉は直ちに対軌道爆雷の戦闘配備を発令し、総員による対空監視に入っている。そしてその後は機動爆雷の投射が確認される都度に戦闘配備または第1配備が繰り返されることになり、いま4発目の爆雷が形成した爆散散布界が艦の
6月8日 2225時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
対空監視が解除された〈カシハラ〉艦橋のミシマ・ユウ副長兼船務長は、傍らの指令席に座るベイアトリス王室の皇女エリン・エストリスセンをちらと見遣った。表情の消された皇女の
艦長であるツナミが
エリンはこの危険な航宙にあってせめて自らの身は陣頭に〝
とまれ殿下の戦闘配備時の定位置が艦橋ということになれば、その殿下の私的軍事顧問を兼務するミシマも共に艦橋が定位置となるのだった。だから二人は艦橋に居る。
順序が逆なようだが副長の定位置が艦橋と決まれば、戦闘時のリスク管理から艦長のツナミがCICへと移動する。もともとツナミは戦術長補でCIC付き、ミシマは船務長補で艦橋が定位置であったこともあり、彼らに違和感はなかった。
そのエリン皇女殿下はミシマの視線に気付くと、どういう
無理もない、とミシマは思う。断続的ではあるがもう20時間余りをこの艦橋の指令席に居るわけで、ミシマ達のように訓練を受けた身ですらキツイ状況だ。正直、いつ倒れられてもおかしくなかった。
──お疲れになられたでしょう そう言って休息を勧めるべきだとは思ったが、
そんなミシマの耳に、艦橋に隣接する
「──くそっ……やってくれるぜ‼ これで4回目だっ!」
イツキは苛々とした口調で誰にともなくそう声を出すと、複合スクリーン上のいましがたの対空警戒監視の原因たる「爆散散布界」の軌跡を睨んだ。コイツのお陰で
──これを繰り返されたら、〈カシハラ〉はどこにも行くことが出来なくなる……。
航宙長を預かったイツキは、想いもしなかったこの事態に己が未熟さを今更ながら思い知らされていた。
宇宙船の移動──航宙とは、推進器を動かさず慣性による等速度運動を続けるか、推進器で得られる加速で速度を積上げ星系軌道を遷移することの何れかを指す。後者の場合、当然、推進器から推力を得るために推移剤の燃焼を必要とするわけなのだが、宇宙船の限られた積載
この〝経済性〟というのがが非常に
そんな航宙艦の戦闘とは、手持ちの推進剤を原資とする
そう考えたとき、推進剤を満載した航宙艦と言えども、その〝加速量〟と〝タイミング〟の選択肢はそれ程多くはならない。後の作戦行動を継続するのに十分な推進剤を確保しつつ、最大効率の相対速度を合成することのできる加速度とタイミングを模索することになるからだ。
いま〈カシハラ〉の場合、この後の
そんなイツキの声に、副長席のミシマもまた痛恨の念に内心で
エリン皇女殿下を艦に迎えることで直接攻撃はないと断言したのは自分だったが、いざ幕が上がってみれば
──なるほど……。真っ直ぐ進んでいる分には当てはしないが、行きたい先の軌道へは爆雷の散布界を広げて加速は許さない、というわけか。それは想定できたはずだ。迂闊だった。
〈カシハラ〉の艦橋でミシマが内心で苦虫を噛みつぶし、イツキが唸っている頃、それを追尾する
6月8日 2235時 【
「〝
装甲艦〈アスグラム〉の第一副長を務めるマッティア中佐は、手元の複合スクリーンで2時間ほど前に投射した軌道爆雷の爆散散布界がいま〈カシハラ〉から離れていくのを確認していた。程なくして艦橋当直の観測要員から報告が上がってくる。
「爆散散布界、
その報告にマッティアは頷き、内心ほくそ笑む。
これで彼らは5つ有った
──
そんなマッティアの手元の端末が
『──すっかり〝候補生虐め〟が板についてきましたね?』
──5時間ほど前のこと、候補生の操る〈カシハラ〉は1時間ほどの時間を掛け、総計11発もの軌道爆雷による飽和攻撃を仕掛けてきた。
時間差を置いて艦の進行方向より3群の軌道爆雷が7つの交差角度で〈アスグラム〉を襲った。それらの爆雷が形成した爆散散布界の網は
その候補生らの〝一矢〟を〈アスグラム〉の火器管制を統べる〝
「──思いのほか『優秀』、という評価はしているんだがね……」
マッティアは傷心の優男よろしく肩を竦めてみせる。作戦行動中であったが〈アスグラム〉の艦内には余裕があった。
『確かに優秀と言っていいかと』
彼女は正直に事実を述べた。マッティアも肯く。
この事実から導き出される解は二つ。──航宙軍の士官候補生の能力はどうやら水準に達しており、能力不足からパニックとなり不測の事態を引き起こす
もう一つ──『カトリ型』4等級練習巡航艦は、宙雷発射管に次発装填の機能を持たないらしいこと。このことは今後の
『──ところで』 ネイが物憂げに訊いてきた。『……彼らはちゃんと眠れてるのでしょうか?』
「さあな……」
マッティアは曖昧に応えた。自分が士官学校を卒業したての頃にこのような事態に直面していたら、しっかりと睡眠を取れるほどの肝が据わっていただろうか……。そんな〝剛の者〟だったとは我ながら思えない。
相手の衰弱を待つのは定石としても、追い詰め過ぎれば不測の事態を引き起こしかねないと、あらためて思う。
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