第13話(前) でしょうね。でも、そのことからあなたは逃れられません

6月6日 1540時 【航宙軍艦カシハラ/士官室】


「──それで、いったいどこまで〝本気ヽヽ〟なんだ?」

 他の幹部生らが退出すると、ミシマに対しツナミは開口一番にそう訊いた。

 ミシマは、そんなツナミにすぐには応えなかった。何事か考えをまとめるふうな、そんな表情かおで目線を下げている。

 ツナミは重ねて訊いた。

白馬の王子ホワイトナイトにでもなったつもりか?」

 その険のある言い様に、ようやくミシマは面を上げた。

「そうだと言ったら、一緒にってくれるか?」

 これは本当に予想外の言葉だった。ツナミは思わずミシマの目を見てその真意をはかりつつ、声に出しても訊いていた。

「……おい……正気か? 貴様らしくないぞ」

「正気だよ、俺は……」

 同期クラスで私事を語るときには『貴様』『俺』を使いたがるツナミに合わせてミシマは言う。

「彼女は得難い資質を持っている。星系同盟が星域内で帝国ミュローンとの全面的な衝突を避けつつ現在いま以上の自治権拡大を模索するには、彼女との共闘が最善策ベストだ──」

「共闘だと…──」 ツナミはその単語の険呑さに言葉を失いかける。「まだ十代だぞ、殿下は ……そんな少女こどもを、本気で利用するのか?」

 それこそミシマらしくない。そうツナミは思っている。同期の首席トップでツナミも一目置く男だ。

 だがミシマは、そんなツナミに淡々と言い放った。

「我々が利用しなければ連合ミュローンの方が彼女を利用する」

 断言したミシマに、その論法に納得しかねるツナミはやはり噛みついた。

「だがミシマ……卑怯なんじゃないか…… 〝洗脳〟という言葉を使って女性を嚇すような真似──」

「──〝洗脳〟の件は彼女の口から出たことだよ」

 そのツナミの〝卑怯〟という指摘は、しかし思いの外に強い言い様で遮られてしまった。


 なるほど……当のミュローン帝室の人間であるエリン殿下が言うのであれば、その可能性を否定できないか……。

 ツナミは強く出る足掛かりを失った。

 ミシマが真っ直ぐにツナミを向いて言う。

「──彼女は『国軍』に渡さない……渡したくない」 ミシマの語調が改まった。「精一杯に背伸びしてるのは自覚してる ……協力してくれ、ツナミ」

「…………」

 ミシマの真剣な眼差しがツナミのそれとぶつかった。

 ──何をこんなに熱くなってるんだ……オマエらしくない……。


 いろいろと思うところはあったが……、だがもうツナミは、こう言うしかなかった。

「……話してみよう、殿下と」



6月6日 1615時 【航宙軍艦カシハラ/特別公室】


 艦長代理のツナミと副長役のミシマが星域法に詳しいガブリロ・ブラムを伴いエリン皇女殿下とアマハ准尉の待つ特別公室に入ると、殿下が三人の前に立って出迎えた。

 かたわらにスラリとした長身のアマハを従えるように立つ彼女は、なるほど一般人だと主張するのには難しい雰囲気を漂わせている。

 ツナミは早くも居心地の悪い感じとなって、ぎこちない敬礼をした。

 気後れしている様子のないミシマとアマハに、内心、自分で自分を叱咤する。


「正規に歓待できず、申し訳ありません……殿下。今後をしたいのですが」

 そんなツナミが士官学校で学んだ対ミュローンのプロトコルをなぞって言うと、エリンは静かに頷いて真っ直ぐにツナミを向いた。

「いえ。公式な訪問ではありません。むしろ保護していただき感謝しております」

 そのとき、ちらとミシマを見たようだった。──わずかに彼女は表情を硬くしたかもしれない。

 ツナミが着席を促すと、その会談は始まった──。



「──いい加減に意固地になるのは止めたらどうです」

 珍しくイライラとした口調のミシマがそう言ったのは、カシハラ内外の現況の説明が終わりミシマの『提言』をもう一度説明され、併せてその場合──〈カシハラ〉でのエリン殿下の帝国本星ベイアトリス行──の成算を伝えられたエリンが、にべもなくその提言を撥ねつけたときだった。

 珍しく苛立ちを露わにするミシマに、エリンの方も微かに上気して赤くなった表情かおを向けている。

「意固地になどなっていません、ミシマ候補生准尉──」 慇懃な言い方になっている。

「──貴方の〝大望〟はもう解りました。先刻から聞いていますから。ですが、わたしには、このふねの乗員がそんな危険を冒す必然があるとは思えないのです」

 そう言われてしまってはミシマには返しようがなくなる。

 同席させられているガブリロも居心地の悪い表情かおになって視線を下げるだけだ。

 さすがにミシマに同情したくなったツナミは、弱気になった視線をアマハに遣った。

 けれどアマハはひょいと視線を逸らせてしまい、仕方なくツナミは自分から切り出して二人に割って入ることになった。


「理由はあります、殿下。敢えて危険を冒すだけの理由です」

 ツナミは先のミシマとのやり取りを攻守役どころを変えてもう一度演じる羽目になり、エリンもまた、もう三度目になる同じ話を繰り返し聞くこととなる。

「このまま同盟と連合の緊張状態が続けば近い将来に開戦は不可避と考えます。航宙軍はそのための実力組織として整備されており、我々はその一翼を担う軍人です。戦うのであれば少しでも有利な状況を創り出して臨みたいと、我々軍人は考えます」


 ぼんやりとそんな様子を見ていたアマハは、内心で溜息を吐いている。

 殿下はそんなことを問題にしていない。理屈の問題じゃないの! なんでわからないんだろ……。


 一方のエリンは、そんなツナミの言葉に辛抱強く最後まで耳を傾けた上で、ぴしゃりと言った。

「それは聞きました ──理由ではありますが、やはり必然とは思えません」


 〝必然〟や〝合理〟といった言葉にこだわるのは彼女が【地球-アルファ・ケンタウリ戦争】の勝者の末裔たる帝国支配層ミュローンだからだろうか…──ふとアマハは思ったりする。


「星系同盟が正式にそれを求め、あなた方にわたしに同道するようヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ命じたわけではない」 言葉を続けるエリンの声は落ち着いていた。「成功すればその通りにことは進みましょうが、失敗となればそれこそ生命の保障がない…──そんなお話です」

 言ってツナミとミシマの顔を見遣る。

「民主政体下の軍人の方々が──このふねに乗る一人一人が、果たしてそのような判断をしますか? 人の生き死にの問題なのですよ」

 その彼女の正論に、もはやツナミも何も言えなくなり、隣のガブリロは顔を白くしている。

 結局、ミシマが重い口を開いて言い返した。

「ですが、その生き死には少なくとも艦に乗る〝軍人〟のものについてです。民間人を巻き込んで星域全土にまでは及びません」

「軍人であれば死ぬ覚悟はできている、と?」

 何とも苦しいミシマに対し、エリンの口調はいっそ冷たい響きを帯びた。

「そうではありません ──戦火の拡大を防ぐことができるかもしれない、という可能性が提示されれば、その可能性を試す気概と覚悟はあると言っています」

 売り言葉に買い言葉、という言葉の響きに、エリンはミシマから視線を逸らすと落胆したふうに言った。「可能性、ですか……」

 ミシマも視線を落とした。


「──あの……よろしいでしょうか?」

 エリンの瞳に失望の色が滲んだところで、アマハが口を開いた。

「ミシマが言いたいことは、つまりはこういうことです」 アマハは皇女の頑なな顔を覗き込むようにして次のように言った。「──皇位継承権を持つというだけで一人の人間の尊厳が奪われてよいはずはありません。そんな体制に我々は決して屈しません──そういうことを言ってます」

 その言葉にエリンはアマハを向くとしばし何かに逡巡したふうな表情かおになったが、何かに納得をするように面を伏せ、それからゆっくりと視線をミシマへと巡らした。

 そんな彼女と目線が合うと、ミシマは隣のツナミと共に頷いた。

 エリンは、不承不承な──と言うより少しむくれたようにも見える表情でミシマを見返したあと、溜息と共に小さく言った。

「もう少しだけ…… 時間をもらえますか?」

 そう言って再び目線を下ろした皇女に一同は顔を見合わせると、席を立って一礼した。


「シホさん──」

 一同を見送る際、部屋を出しなのアマハにエリンが声をかける。

「もう少し、いいでしょうか?」

 アマハはツナミとミシマをちらと見遣る。二人が小さく頷くと、アマハは皇女に向き直った。



 三人の男性陣おとこどもが退室すると、室内に残ったアマハにエリンはぽつりと言った。

「わたしのために、人が死ぬかも知れません……」

 アマハの方も静かに返した。

「でしょうね。でも、そのことからあなたは逃れられません」

 その言葉にエリンの顔がアマハを向いた。──頼りない表情だった。

「わたし── わたしはすでに一度、間違いをしています……」

 ──ガブリロの誘いに乗ってしまったことを言っているのだろう。

 頷いたアマハが目で先を促すとエリンは続けた。

「わたしの決断は、わたし一人の問題で済みます…… それに〝不可避〟と思うことで納得することもできる…… ですがあなた方には他に選択の余地があります。愚かなことに同調すべきではないと、そう思ってしまいます……」


 ──なるほど、いじらしい……。

 貴き者であるところの帝国の支配層ミュローンにとって、「最大多数の最大幸福」のための自己犠牲は〝不可避〟なこととして納得できることなのか……。

 アマハは気に入らないと思った。

 ──それは『軍人であれば死ぬ覚悟がある』というのと何ら変わらない……。

 アマハはエリンの瞳を覗き込むようにしてハッキリと言った。

「愚かなこととは思いません」

 その語調にエリンの瞳が反応する。彼女もわかっているのだろう……。アマハは続けた。

「──殿下はいま〝選択〟という言葉を使いました。まさにそこです。

 殿下はただ帝室に列なる出自、というだけでそういう選択を〝強いられ〟ています。私たちは、少なくとも強いられたわけではありません。軍人である前に一人の人間として、個人の自由と権利を守る存在であろうと〝自分で決めた〟んです。

 軍人であるという事実は、一つの結果に過ぎません。──自分の信じるもののためには戦いますし、そのことを愚かとは思いません。

 


 エリンは、アマハの気魄に呑まれたかもしれない……。

 小さく頷いた。

 それから貴き者を自認するミュローンの少女は、真摯な瞳でアマハに訊く。

「──それは『争いを回避できる』というわたしの立場からの選択よりも、意味のある…… 大切なことでしょうか?」

 泣きそうな瞳……。

 皇女にしてみれば、精一杯、背伸びをした決意だったのだろう。──でも、それは間違ったことだと主張しなければならない。大人として。そうアマハは思っている。

「私たちは個人の犠牲を前提とはしません」 半ば以上は建前……。だがそこには嘘だけじゃない。「少なくとも、そういうことを他者に強要する社会を、私たちは否定します」

 ズルい言い方をしたくはなかった。だから自分の信じている……信じたいと思うことを伝える。

「そのためには、戦うと……?」

 短くそう訊いてきたエリンに、アマハはきっぱり肯いた。

「──そもそも無条件に差し出された犠牲に、為政者強要した者が心を動かしますでしょうか?」

 エリンは目を閉じ自らの家が代表する体制ミュローンを思う。多くの疑問が脳裏を過り、なんとか心に留めていたものが何処かへと消え去っていく。

 アマハはそんなエリンに近付くと、その小さな頭を両の手で挟んで半ば強引に自分の顔へと向けさせた。

「私なら…… こう──相手の目を真っ直ぐ向かせて、私の想いをはからせます」

 お道化るでもなく言い聞かせるように言う。「……よい女は、自らを安く売ってはダメです」

 エリンはその気魄にしばし固まってしまった。

 どう応えたものか、と、咄嗟に判断のできかねるふうのエリンの顔に、さすがに気拙くなったアマハは手を下ろして一歩下がった。


 そうしてしばらくすると、ようやくエリンは微笑をアマハに向けることができた。

「では、わたしの役回りは重要ですね……」 その微笑に少なくとも迷いはもうない。「ミュローン貴族全ての目線を、わたしに向けさせなければ」

 アマハも微笑を返して言った。

「そうなりますね」


 これが二人が同志となった瞬間だったのかも知れない。

 後年にエリンはそう思い返している。

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