第3話 〝サンタンジェロ〟に突入、〝ホリディ〟は未着

 六月六日の帝国宇宙軍ミュローン艦〈アスグラム〉の作戦行動は迅速であった。

 第一宇宙港の自由都市テルマセクの宙港中央部ハブから伸びた先、自転軸方向の接続空域に侵入後、電波管制ならびに威嚇射撃によって港湾機能を制圧、作戦の開始から20分で制宙権を確保している。その後、9機もの接舷戦闘支援機を伴う拿捕臨検の小艇を宙港内に侵入させ、宙港内の艦船を完全に手中にせんとの動きを見せる。

 折からの帝政連合政府への抗議運動に対する治安出動である旨の通告が発せられたのは、宙港へ機動機が侵入後しばらく経ってからという事後通告であった。


 その通告の30分後には、早くも皇帝グスタフ22世の崩御、並びにアルヴィド皇太子殿下の逮捕拘束の一報がシング=ポラス星系政府に伝えられている。さらに30分の後、帝政連合政府による非常事態宣言が発せらた旨の通達が届けられた。状況は帝国宇宙軍ミュローンの作戦行動に都合を合わせるかのような推移を見せている。

 シング=ポラスをはじめ星系同盟の各国政府自治体は、一切の外交的選択肢を封殺され、また国内で同時多発的に発生した暴動騒擾を鎮圧することすらままならぬ、といった状況に陥っていた。

 そんな中を、星域辺縁部で発生した反乱鎮圧の任にあった『国軍』の精鋭討伐艦隊が反転の動きを見せ、現在、自由回廊を全力で移動中であるという……。



6月6日 1000時 【第一軌道宇宙港テルマセク/大桟橋】


 港湾ベイエリアはトーラス型コロニーの中心部ハブと、ハブを貫く軸上に配置されたストロー状の構造体──通称『大桟橋』とで構成されている。中心部ハブでトーラスの自転と切り離された大桟橋には大型の恒星間航宙船が係留され、六月六日のこの時には航宙軍練習巡航艦カシハラの他に数隻の大型恒星間貨客船と小中の民間船の姿があった。

 その大桟橋に係留された高速恒星間ヨットに向かい目立たぬよう近づいていく所属不明の小艇があった。高い輻射管制ステルス性能で電子的に誰の目にも捉えられることなく接舷したことから、恐らくこの小艇は何らかの特殊任務向けに改造されたものだと考えられた。

 小艇は程なく接舷を終えた。

 接舷された方のナウティカッツ社製Type333型高速ヨットでは、乗員である5人の男女が与圧室エアロックから通じるフリースペースサロンに集まり、小艇から移乗してきた所属不明の──部隊章も階級章も一切ない──戦闘防護服バトルドレスを纏う一団を出迎えることとなった。彼ら5人は皆、緊張と興奮とで顔を上気させている。


 リーダーらしき男が、大仰に口を開いた。

「ようこそ〈オルレアンの乙女〉改め、我ら〝黒袖組〟の戦闘艦〈ジャンヌダルク〉へ──」

 防護服バトルドレスの一団は一切の反応を示さなかった。代わりに指揮官らしき人物がリーダーの口上を遮り、簡潔な口調で訊く。

「──〝ホリディ〟の到着はまだだな ……これで全員か?」

 自称〝黒袖組〟のリーダーは、害された気分を押し隠すことができずに不機嫌そうに表情を硬くした。

「全員だ… 姫君もまだ到着していない ……めずらしく道が渋滞し──」

 だが彼は最後まで言葉を発することはできなかった。消音器サプレッサによって抑えられた銃声が何回かすると男がくずおれる。防護服バトルドレスの指揮官の手には消音器サプレッサが装着された銃口から紫煙を立ち昇らせている銃がある。ほどなく他の4名も同じようにサロンの床に転がることとなった。

「〈アスグラム〉の中佐に連絡──〝サンタンジェロ〟に突入、〝ホリディ〟は未着」

 指揮官は背後の防護服バトルドレスに命じた。後はその副官格と思しき防護服バトルドレスの男が引き取って、改めて防護服ドレスの一団に命令する。

「──一班は操縦室とキャビン、二班は機関室と船倉だ! ──5分で押さえてみせろ!」

 その指示に防護服ドレスの一団は2班に分かれて散っていった。後に残った指揮官に、副官と思しき男が冷笑を浮かべてみせながら吐き捨てるように言った。彼の手の中の銃にも煙があった。

「これで〝戦闘艦〟、だそうです」

「……〝黒袖組〟にとっては、そうなのだろう」

 指揮官はそう応え、興味もない、といった面持ちでサロンを後にした。



 この大桟橋での〝殺人事件〟に先立つこと4時間前──。

 テルマセクに寄港中の星系同盟航宙軍4等級艦、練習巡航艦〈カシハラ〉艦長ゴジュウキ・シノブ1等宙佐は、テルマセクに在所する帝政連合帝国政府総領事館への出頭命令を受けている。命令を受けた艦長は、母星系オオヤシマ出航後に生起した慣性制御システムの不調の修理指揮のために機関長を残し、他の各分隊の幹部士官を伴って総領事館へ出頭した。そして彼らはそこで逮捕拘禁されることとなった。理由等の一切が非開示というのは、無論、異例のことである。

 更に〈カシハラ〉にとって不運が重なったのは、艦に残った唯一人の正規士官たる機関長が港湾当局との折衝で離艦せざるを得なかったことだった。機関長ハニュウダ・ヨイチ3等宙佐は先任宙曹長と共に小型舟艇ランチ宙港中心部ハブへ出向いて行き、そこで暴動に関係すると思われる爆発事故に巻き込まれ殉職している。

 ──その事実は、この時点で〈カシハラ〉に残る候補生らには届いていない。


 銀河標準時で六月六日正午の時点において、練習巡航艦〈カシハラ〉は航宙軍の指揮命令系統から隔絶され、大桟橋に係留されている。

 接舷戦闘支援機を伴った帝国宇宙軍ミュローンの小艇から武装解除と艦の明け渡しの要求が届くのは、この直後のことである。



6月6日 0800時 【航宙軍艦カシハラ/艦橋】


 航宙軍士官候補生准尉シンジョウ・コトミは、その日の事をよく覚えてた。

 〇七○○時、大使館経由で届けられた星系同盟国防委員長の命により、艦長以下、幹部乗組員が帝国ミュローン領事館へと赴いていった。

 〇七四○時には、カシハラに残った機関長と最先任宙曹長が港湾当局との折衝で離艦してる──。


 この時点でカシハラの指揮権者は、士官候補生准尉の中で卒業席次が艦内最上位、2番のツナミ・タカユキとなる。首席のミシマが上陸していたため、ツナミにお鉢が回ってきた形だ。

 コトミはこの時、とくに不安は感じていなかった。しかし、周囲の状況はすでにおかしな雲行きに流れている。

 未明に起きた爆発について何の続報も伝わって来ず、報道は激化するスルプスカ併合への抗議運動ばかりを伝えていた。当局からの正式な発表もなく、恐らく爆発は事故なんかじゃなくて過激派によるテロだろうとコトミたち候補生はそう考えていた。


 ステーション港町全域が暴力的な空気に包まれていくのに不安になる中、クリハラ准尉──彼女はシンジョウ・コトミの親友だった──が艦橋ブリッジのツナミに言った。

「全部の機関に──〝火〟、入れといた方がいいんじゃないかな……」

 常の彼女のままに抑揚に欠けた、ふと思い付いたから言ってみた、というような言い方だった。艦橋に正規乗組員がクルー居なかったこともあって、そう言ってみたのだろう。

 が、言われた方のツナミは大まじめに応じて、同じく手持無沙汰で艦橋に上がっていたアマハ・シホ准尉と早速協議を始めた。──その光景はコトミの心を少しざわつかせた。

 コトミにしてみれば、この三つほど年上の姐御肌でしかも優秀といったアマハのことは好きだったし、席次3番の彼女が頼りになるのもわかってはいる。それでも彼女コトミは〝先ずはわたしに相談に来て欲しい〟と思っている。なぜならその時、艦橋勤務で管制卓にいたのはコトミだったのだから……。


「シンジョウ准尉。主機を始動させようと思う。どうか?」

 ざわつく心を持て余していたコトミに、ツナミは澄まし顔を向け訊いてきた。そんな彼の表情にコトミは心の中だけで声を小さく叫ぶ。

 ──そしていつもこれだよね‼ 最後、背中を押して欲しいときだけ、決まってわたしに訊いてくる。自分でもう全部決めちゃってるくせに!


 コトミは頭を振ると、もう随分と伸ばしてポニーテールにした髪をわざと宙に漂わして見せた。それを見たツナミの口の端が、案の定、微妙に下がる。

 ツナミは軍人が髪を伸ばすのが嫌いだった。コトミに言わせればツナミはともかく考えが古い。いまは形状記憶効果のある整髪料が普通なのだし、既に軍紀に当たらなくなって数世紀が経っている……。


 同期の成績上位者の表情かおになってコトミは応えた。

「その方がいいと思う」

 言ってから、正規の言い回しに直って付け加えてみる。「──記録に残しますか?」

 可愛げのなさを自覚する自分が、コトミに目線を下げさせた。

「……そうしてくれ」

 ツナミはそう言って前方に向き直った。コトミは黙って所定の作業に入る。そして心の中で呟いた。

  ──またやっちゃった…… 最近こんなのばかりだ……


 * * *


 その後の2時間ほどで、事態は一気に急変した。

 帝国宇宙軍ミュローン艦による宙港の封鎖。

 スルプスカ併合の抗議運動から転じた星系自治獲得運動家の暴発。

 宙港みなとの内も外も大混乱だった。

 港内に侵入した帝国宇宙軍ミュローンの小艇は戦術機動機を伴っており、次々と宙港内の重要施設や警備施設を接収していく。そして遂には、幹部乗組員不在の〈カシハラ〉に武装解除と艦の明け渡しを要求してきたのだった。


「治安出動だと言ったな? ──乗艦は拒否すると言え!」

 艦長代理のツナミは断片的な情報しかない中で何とか指示を出している。「──それよりこの皇帝崩御と皇太子逮捕の報は確かなのか?」

 ツナミの声音トーンも、いつもの自信家の彼のものではなかった。

 ──そうとうテンパってる。辛いんだろうな……。 コトミも見ていて辛くなった。


 そんなツナミの立つブリッジの窓のすぐ横を、帝国宇宙軍ミュローンの接舷戦闘支援機の編隊が我が物顔で通り過ぎていった。

「コトミ……」 ──え? と思わず見返したコトミに顔を寄せるようにしてツナミが訊いてきた。「CICを開こうと思う。どう思う?」

 コトミは即答していた。

「いいと思う…… 急ぐ?」

「ああ」

 ツナミの決断を聞くと、コトミはすぐに全艦に通達した。

「──全艦に第1配備を発令、CIC開け。これより指揮情報中枢をCICへ移行します。全艦の機密扉およびハッチ閉鎖、各区画を警戒閉鎖……」


 ツナミ・タカユキのこの時のこの判断が、後の歴史に大きな影響を及ぼすことを、まだ誰も知りはしない…──。

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