第1話 歯車は回った

 物語の舞台は、人類発祥の地である地球から遠く離れた辺境宇宙──18の恒星系と21の居住惑星とで構成されるエデル・アデン星域となる。

 エデル・アデンは超光速航法を手にして銀河系宇宙へと散った人類の打ち立てた恒星間国家のうち、今なお強大な力を行使する『地球帝国』の支配を跳ね除けている数少ない統一政体──より正確には寡頭政体──の星域である。


 宇宙歴SE四七九年。そのエデル・アデン星域の政情は混迷を深めていた。

 星域を統治するベイアトリス朝ミュローン帝政連合は複雑な背景と統治機構を持つ二重帝国である。覇権国家であるベイアトリス王国の権威の下、アルファ・ケンタウリ系移民のミュローン連合と地球東欧諸国を起源とするアデイン連邦が同君を仰ぎ、さらにそれ以外の惑星国家諸邦=星系同盟が同じベイアトリス王家を仰ぐ、というモザイク国家は、現在いま、何度目かの経済大国化で肥大する星域の主導権を巡り、二つの勢力が相争う事態となっている。

 片や後発の入植となった日系植民の惑星オオヤシマが主導する『星系同盟同盟』。彼らは経済力を背景に自治権の拡大を求めていた。

 片や建国以来、『地球帝国』の干渉を跳ね除け続けてきた『連合ミュローン』。これまでの特権を維持した上で帝国主義的な拡大膨張政策を掲げている。

 この両者の睨み合いは、帝国のもう一方の雄『連邦アデイン』を間に挟み、確実に緊張の度合いを高めていた。


 もともと軍事偏重の支配階級たるアルファ・ケンタウリ系移民のミュローンと、宇宙開発黎明期からの地球本星移民であり特権的地位を有したアデインとの妥協の産物であった帝政連合は、〝良識の国父〟と評された皇帝グスタフ22世(アデイン連邦の国王位も同時に兼ねる)が病床に伏すと、たちまち危機に陥ることとなった。

 統治機構の根幹とされていたはずの帝政連合議会が機能不全に陥ったのだ。

 帝政連合政府の『第一人者』の地位にあったフォルカー卿は、帝国の国利と繁栄はミュローンのそれと共にあると膨張政策を推進してきたが、折しもの皇帝不在で開催されぬ議会の頭越しに、ミュローンの筆頭国家『ベイアトリス王国』と『連邦アデイン』双方の影響力を排除し国家権力の『連合ミュローン』への集中を更に推し進める構えを見せた。

 背後には〝ミュローン二十一家〟と呼ばれる帝国貴族ミュローンの有力家門と財界・軍部閥の影が見え隠れしている。


 この時代とき、二重帝国の共同軍事組織──通称『国軍』は、その恒星間規模での戦力投射能力の7割までをミュローン連合が供出する事実上のミュローン軍閥であった。


 その『国軍』が帝政連合政府の『第一人者』の意思を体現することになったのは、物語の幕開けを飾るここシング=ポラス星系においては、銀河標準時で六月六日の朝のことである──。



6月6日 0500時 【帝国軍艦HMSアスグラム/第一艦橋ブリッジ


『暗号電、届きました──〝歯車は回った〟 ……状況、動きます』

 星系同盟諸邦の有力星系の一つシング=ポラス。そのラグランジェ点の一つL5近方の空域に漂う小惑星群に潜んでいた帝国宇宙軍ミュローン装甲艦〈アスグラム〉第一艦橋。情報担当士官が艦長へ支援室からの報告を伝えてきた。

「〝かくて賽は投げられる〟、か…… よし始めよう」

 ミュローン宇宙軍大佐アーディ・アルセは落ち着き払った声で通話機越しに第三艦橋に詰める第一副長マッティア中佐に告げた。すかさずマッティアが航行管制を担当する第三艦橋クルーに号令する。

「抜錨! 輻射管制解除、〈アスグラム〉発進する!」

 号令一下、ミュローン装甲艦はその小振りだが凶暴な外見の艦体を小惑星帯から現し、するすると小惑星群からの離脱を開始する。そしてL5近傍の安定した軌道に在って星系シング=ポラスの表玄関たる第一軌道宇宙港テルマセクへの最短進入コース──経済コースではない──に乗ると、巡航加速を上回る加速度で接近を始めた。

 SE四六七年就役の〈アスグラム〉は、ミュローンの戦闘艦艇としては加速行き脚の速いふねではなかったが、独行での通商破壊戦を想定して設計された重武装艦であり、いまその重厚な艦体が兵器としての威圧感を存分に発揮し始めていた。

 第二艦橋より艦の各種センサーが軌道宇宙港を捉えた旨の報告を受けると、アルセ大佐は戦闘出力での電波妨害を命じ、さらに艦を前進させるよう命じた。程なく宇宙港中央構造部ハブに閃光らしきものを光学映像で確認する。──宙港内ステーションで所定の工作活動も始まったようだった。


 * * *


 4時間後──。シング=ポラス第一軌道宇宙港テルマセクの管制室は警報と飛び交う管制員オペレータの怒号に包まれていた。どの声も混乱した様子で上擦っている。

「──こちらテルマセク管制室。接近中のミュローン艦、応答願います。ミュローン艦、応答願います!」

 そんな中で管制室の扉が開き、管制長の徽章のついた制服の女性が管制長の席へと流れてくる。

「管制長!」

「みんな落ち着いて── あーん誰か…その警報ウルサイのを止めて!」

 管制長は部下を制するようにジェスチャーをして、接近中のミュローン艦に通話回線を開くよう指示を出し、自らは強張った表情ながら努めて冷静な声でミュローン艦に呼びかけた。

「接近中のミュローン艦に通告する。貴艦の行動は我が……」 しかし返答はなく、拡声器スピーカから聞こえてくる雑音ノイズはいよいよ大きくなるばかりだった。「──…違反するものである。直ちに停船されたし。ミュローン艦! 直ちに停船されたし!」

 管制員の一人が蒼ざめた表情かおで管制長を向いた。

「強力な電波干渉、ミュローン艦より発信されています。これは…… 明らかに戦闘行為です!」


 * * *


 その帝国宇宙軍ミュローン艦──装甲艦〈アスグラム〉第一艦橋。


「このままステーションごと宙港を押さえる」 アルセ艦長は全艦に簡潔な指示を伝え、第二艦橋の第二副長を呼び出した。「──ネイ少佐、機動機隊発艦準備よいか?」

 程なくして手元の通話スクリーンにヘイゼルグリーンの瞳の美女が現れ、キビキビとした口調で答えた。

『準備完了してます ──接舷攻撃支援機、9機が出撃します』

 頷くアルセ艦長の隣に、中佐の階級章をつけた痩身の男が流れてきた。

「機動機を出しますか」 そう言って艦長席の横、アドバイザの予備席に収まる。艦長は短く答えた。

「暴動の鎮圧だ。港内を制圧する必要がある ──問題でも?」

「治安出動となりますよ」

 艦長はふんと鼻先で笑うと、予備席の男──情報本部の制服を纏った中佐の男と薄く笑い合う。それから艦内の各部署へ制圧に必要な指示を次々と下していった。

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